第114話
ギルドへと向かう途中で暇潰しとして鍛冶屋の子供であるクミトを助けたおかげで、レイとセトがギルドへとやって来た時には既に混雑している時間は過ぎており、ギルドの中には冒険者の数は疎らにしか存在していなかった。
もちろん人混みを嫌っている冒険者達はそれなりにいるのでがら空きという程でもないが、少なくても身動きするのにやっとという程でもない為にギルド前の騎獣や馬車の待機スペースにセトを置いてきたレイはそのまま受付へと向かう。
そしてそんなレイにいち早く気が付いた人物が1人。
「あ、レイ君じゃない。暫く見なかったけど依頼で遠出をしてたんだって? 苛められたりしなかった? もしそんなことになったら私に言ってね。いつでも慰めてあげるし、レイ君を苛めた冒険者の悪い噂を流してやるから」
カウンターの向こう側に座っていた猫の獣人でもあるケニーがレイの姿を見つけた途端に大声で声を掛けてくる。
そうすると、当然ギルド内にいた冒険者達の視線がレイへと向けられ……特に男の冒険者達の視線がきつくなる。
何しろ男好きのする豊満な身体を持ち、受付嬢を任せられる程には美形のケニーだ。当然ファンや狙っている者も多く人気が高い。そんな人物が見るからに嬉しそうに大きく手を振っているのを見ればそうなるのも無理はない。
そしてその人物へと視線を向けた者達の反応は2つに分かれる。即ちレイのことを知ってる者と知らない者だ。エレーナ達と共にダンジョンへと出発してからそれなりに日数が経っている為に、レイの事を知らない冒険者もそれなりに増えている。ましてやケニーを狙っていながら食事やデートに誘ってもあっさりと袖にされた者達は、特に厳しい視線を向けていた。元々年下好きだったケニーだが、レイと会ってからは趣味と実益を兼ねて猛烈にアタックをしているのだ。そんな者達がレイへと視線を向けている中、幸いにもレイのことを知っている冒険者とパーティを組んでいたりする者はレイという冒険者がどういう存在であるのかを聞かされて迂闊な行動は起こさない。……否、起こせない。
だがレイがどういう存在かを知らず、尚且つ知っている者と関係がなかったり、あるいは知ってる者がこの場にいない者達は険悪な視線をレイへと向けていた。そんな雰囲気を感じ取ったのだろう。ケニーの隣にいたポニーテールの受付嬢のレノラが口を開く。
「ちょっとケニー!」
「ん? 何?」
「あんたねぇ、少しはレイ君の立ち位置ってものを……」
そんないつものじゃれ合いに笑みを浮かべつつ、真っ直ぐにカウンターへと向かうレイ。
「暫くぶりだが、いつものように元気で何よりだ」
「あはははは。レイさんも長期の依頼お疲れ様でした。今日は何の用事でしょうか?」
これまで通りにケニーではなくレノラの下へと向かい、ローブの中から一枚の書類を提出する。
ラルクス辺境伯のダスカーから貰った依頼完了を証明する書類だ。
するとケニーのファンだけではなく、レノラのファンからの視線も向けられることになるのだが、レイはそれに全く構わずに口を開く。
「依頼完了の報告と報酬を貰いにだな。モンスターの素材についてはまだ素材を剥いでない状態でアイテムボックスに入ってるからまた今度になる」
「分かりました。少々お待ち下さい」
レノラが頷き、書類を持ってカウンターの奥へと入っていく。指名依頼であっただけに普通の依頼とは色々と違う面があるのだろう。
「ね、レイ君。今回の依頼でダンジョンに行ったんでしょ? どうだったの?」
レノラがいなくなった途端ケニーが目を好奇心に輝かせて尋ねてくるが、さすがにヴェルが裏切ったこと、あるいは継承の儀式といった内容を喋る訳には行かないので当たり障りのない内容を口にする。
「そうだな、まず一番驚いたのがダンジョンの中に森があって川があって、太陽みたいなのすらあったってことだな」
「え? それ本当? だってレイ君が行ったダンジョンって地下にあるんだよね?」
「ああ、実際地下1階と2階は普通の……と言ってもいいのかどうか分からないが、とにかく普通のダンジョンだった。それが地下3階で巨大なキノコが林立している所で、地下4階が森。地下5階がアンデッドの住処、地下6階がトラップの山で、最下層には普通のモンスターは存在していなかったな」
レイのその説明に、想像力が追いつかないのか首を傾げながらも頷いているケニー。
そうして話していた時だ。間の悪い人物……というよりも、レイに絡む切っ掛けを探していた20代半ば程に見える2人組の冒険者が口を挟んでくる。
「おいおい、ケニーちゃんがギルドの受付嬢だからって余り良い格好をするもんじゃないぜ? ん? つーかちょっと顔を見せてみろお前」
腰に剣を構えている戦士風の男が無造作にレイの頭を覆っているフードを取り去る。すると出て来るのは15歳前後の、どちらかと言えばまだ幼いとすら言える容姿を持つレイの顔だった。その顔を見た戦士の男の相方、槍を持っている方の男が思わず吹き出す。
「プッ、まだ餓鬼じゃねぇか。おいおい、幾ら強がりたい年頃だからってお前みたいな餓鬼がダンジョンに行ったとか出任せを言うのもいい加減にしろよ」
その言葉に、ギルドの一部……レイという存在を知っている者達は呆れたような目を向け、逆にレイの存在を知らない者達はもっとやれと囃し立てる。
「……なぁ、これは俺が喧嘩を売られてると思っていいのか?」
「あー、その、うん。多分」
ケニーが呆れたように呟くが、2人の冒険者はそれをどう勘違いしたのかニヤリとした笑みを浮かべる。
「大体お前、自分が子供なのを利用してケニーちゃんに……ぐっ!」
再び口を開こうとした戦士の男を見ていたレイは、小さく溜息を吐いてそのまま床を蹴って一瞬で間合いを詰める。同時にそのまま男の首を右手だけで鷲掴みにして、強制的に言葉を黙らせてからそのまま持ち上げ……いきなりの事態に驚いている槍を持った男へと勢いよく投げ付ける!
「がっ!」
さすがに身長180cmを越える男がレザーアーマーを着たままで投げ飛ばされるとは思っていなかったらしく、槍の男は剣の男を受け止め切れずに床へと倒れ込み、その勢いのまま数m程自らの身体で床を磨くことになった。
『……』
その行為に、ギルド内部に沈黙が訪れる。だがその沈黙は明確に2種類へと別れている。
即ち、レイのことを知っている者達の『ああ、やっぱりか……』というものと、レイの存在を知らなかった『何者だ、あいつは』という2つに。
「お前達、最近ギルドに登録したばかりだろ」
投げつけられて気を失っている剣の男ではなく、槍の男へと視線を向けて尋ねるレイ。
何が起きたのか全く分からずに呆然としていた槍の男だったが、その言葉で我に返り頬を引き攣らせる。
今更になって自分が絡んだ相手がどんな人物だったのかを理解したのだろう。通常の人間……あるいは、それなりに熟練の戦士であったとしても鎧を装備した大の男を片手一本で振り回すなんて真似は普通は出来ない。だが目の前にいる自分が絡んだ相手はそれを難なくこなすのだ。それも、特に力んだ様子もなく自然体で。
「あ、ああ。ギルムの街には2日くらい前に来たばかりだ」
自らが絡んだ相手がどのような実力を持っていたのかを知り、顔を蒼白にしながらも何とか問いに答える槍の男。それは意地とかではなく、ただこれ以上目の前にいる存在の怒りを買いたくないという純粋な恐怖心からくるものだ。
「だろうな。俺を……」
何かを口に出そうとしたレイだったが、タイミングが良いと言うべきか、悪いと言うべきか。丁度そこにカウンターの奥からレノラが姿を現す。
いや、この場合は男達に取ってはタイミングが良かったと言うべきなのだろう。
「レイさん、報酬をお持ち……あら? どうかしましたか?」
「……いや、何でも無い」
最後に一度だけ槍の男へと呆れたような視線を向けてから溜息を吐き、レノラの方へと向き直る。
「いやん、レイ君ったら格好いいんだから。私の為に争わないで! 私はレイ君だけのものよ!」
そんな風に一人悶えているケニーは取りあえず置いておきながら。
「えーっと……その、床で倒れている人は?」
「さぁ? 多分寝不足じゃないのか?」
「あからさまにレイさんに怯えてるんですが。……はぁ、どうせまた鷹の爪の時のように絡まれたんですね?」
レノラもまた、呆れたような視線を気絶している剣の男と唖然としている槍の男に向ける。
「シェーレさん。この人はランクD冒険者のレイさん。それもギルドに登録してからほんの1ヶ月程度でランクDまで昇ってきたギルムの街の最短記録保持者です。絡む相手には注意した方がいいですよ」
「は、はいぃっ!」
甲高い悲鳴を上げ、気絶している相棒を背負ったままギルドを走り去っていく槍の男、シェーレ。その後ろ姿を見送りながら相棒を置いて逃げ出さなかったことで少しだけレイの中の評価を上げたのだった。
「で、これが報酬です。確認して下さい」
今起こったことなど何も無かったと言わんばかりに手に持っていた小さな布で出来た袋を渡してくるレノラ。それを受け取り中を確認すると、そこには確かに依頼を受ける前にグランから言われた報酬額である光金貨2枚と白金貨1枚が入っていた。成功報酬は光金貨2枚だったので白金貨1枚というのがダスカーに聞かされた報酬に付けられた色なのだろう。光金貨2枚。これは一般的な平民の家族が10年近く働かなくても暮らしていける程の金額だ。その為に他の冒険者達の前でそれを見せない為に布袋に包んで持ってきたのだろう。それを理解したレイは小さく笑みを浮かべてレノラに礼を言う。
「悪いな、助かる」
「いえ。これも受付の勤めですから。……まぁ、違う意味でレイさんは皆の注目を集めているようですけど」
ギルド内部にいる冒険者達の視線に、小さく肩を竦めるレイ。
「ね、ね。それよりもレイ君。無事に依頼から帰ってきたんだからお祝いしないの? 私も一緒にレイ君の無事をお祝いしたいんだけど。サービスもしちゃうよ」
ケニーがその豊満な胸を両腕で挟むようにして強調し、服の胸元で深い谷間を見せつけるようにしてくる。
そしてケニーがその胸を強調したポーズを取ると、殆ど反射的にレノラが反応する。
「ちょっとケニー! まだお仕事中でしょ! そういうのは仕事が終わってからにしなさいよね」
「でもそうしたらレイ君がどこの誰とも分からぬ女と打ち上げしちゃうかもしれないじゃない」
「ケニーの気持ちも分かるけど、それでもお仕事第一でしょ!」
「全く、これだから胸が小さい女は器も小さいっていうのよ」
その言葉にピキリと額に青筋を浮かべるレノラ。その状態でも尚口元に笑みを浮かべているのは受付嬢としての職務故か。
「ねぇ、ケニー。何だったら今の言葉をギルドマスター辺りに報告してもいいんだけど……どうする?」
「にゃ!? ちょっ、それは卑怯じゃない!」
「だって同僚が仕事をサボろうとしてるんだもの。真面目なギルド職員としては上に報告するのは当然でしょう?」
「……ごめん、レイ君。打ち上げはまた今度誘って……」
降参、とばかりにカウンターへと突っ伏すケニー。そうするとカウンターでその豊満な膨らみが押しつぶされ、ギルド内にいる冒険者達の視線がそこへと集まるのだった。
「全く。男と来たら……」
視線が集まっているのを殆ど本能的に察知したレノラが不満そうに呟く。
その声を聞いた冒険者の男達はそっと目を逸らすが、レノラだけではなく女の冒険者達からも冷たい視線を向けられる。
「さて、じゃあ俺もそろそろ行くとするよ。これからセトと一緒にゆっくりと時間を過ごす……と言いたい所だけど、モンスターの素材を剥いだり魔石を取り出したりしないといけないからな。何しろ向こうの好意で今回倒したモンスターはその殆ど全てを譲って貰ったし」
そう言いつつ思わずエレーナを思い出し、済し崩し的にキスシーンを連想してしまったレイは僅かに頬を赤く染める。
そして当然ケニーはそれを見ており……
「ちょっ、レイ君。誰か分からないけど女の色仕掛けに引っ掛かっちゃ駄目だよ!」
と、まるで自分がやっていたのは色仕掛けではないと言わんばかりに迫るのだった。
「ケニー、ちょっと。落ち着きなさいって。レイさん、ケニーは私が抑えておくから今のうちに!」
「ん? あ、ああ。分かった」
レノラの言葉に小さく頷き、このままここにいては恐らく良くないことが起きると言わんばかりにギルドを去っていくレイ。
(ここは俺に任せて先に行け! とか……いや、私だったが。どんな死亡フラグなのやら)
そんな風に内心で呟きつつ。
「ちょっと、レノラ離してよ。私のレイ君が悪女に誑かされるじゃないの!」
「あんたもいい加減落ち着きなさーい!」
そんな声を背にしつつ。
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