第113話

「あー……しくじったな」


 街中を歩きながら思わず呟くレイ。その横にはいつものようにセトの姿がある。

 エレーナを送り出してからこのギルムの街の領主でもあるダスカーに色々と詮索され、それでもどうにか言い逃れて依頼達成の書類を貰って屋敷を脱出したレイは、セトを伴って街中を散策していた。

 本来であればギルドで書類を渡して報酬を貰いたい所なのだが、現在はまだ朝の9時を過ぎたばかり。今ギルドへと向かっても、依頼を求めてギルドへと集まってきた他の冒険者達の混雑に巻き込まれて報酬を受け取るのも一苦労だろう。それなら少しばかり時間を潰して混雑が収まってからギルドに向かった方が楽でいいと判断したのだが……その中途半端に空いた時間をどう使うかで悩んでいたのだ。


「んー、どうするセト? 素材の剥ぎ取りをするにはちょっと時間が足りないし、かと言って宿で一休みするというのもなぁ」

「グルルゥ」


 同感、とでも言うようにセトが頷くのを見ながら街中を歩いているレイの目に、ふと数人の人影が映った。

 ただ数人の人間がいるだけならそのまま通り過ぎていただろう。だが、レイと同い年くらいの15歳前後の少年4人が10歳くらいの子供1人を囲んでおり、人のいない方へと連れて行くのを見て思わず目を止める。

 荒くれ者である冒険者の数が多いギルムの街では、ある意味で力が全てといった行動を取る者が少なくない。そして子供が大人の言動を見て育つ以上、その行為に影響を受けるのは当然だ。そんな少年達だったが、彼等にとって最大の不幸だったのはレイが時間を持て余していたということだろう。普段であれば路地裏に連れ込まれる子供の姿を見てもスルーしていたのだが、中途半端に時間の余っている今のレイにとっては格好の暇潰しにしか見えなかったのだ。


「セト、ちょっと覗いていくか」

「グルゥ」


 セトも同様に暇だったのか、レイが差し出したビックボアの串焼きからクチバシで器用に肉を食べながら喉の奥で鳴く。


「さて、まぁ、無難な所では良くあるパターンなんだろうが……これで実はあの子供が貴族か大商人の隠し子でした、とかそういう展開は……ないだろうなぁ」


 視線の先にいる4人の少年と1人の子供。それぞれの服装は誰もがその辺の一般市民といった感じであり、何か訳ありのようには見えなかった。

 いや、本人達にしてみれば色々と訳ありなのかもしれないが、ベスティア帝国に裏切ったセイルズ子爵家のように大掛かりなものを体験したばかりのレイにしてみれば子供同士の戯れにしか見えなかったのだろう。……レイ自身もその外見年齢は15歳程度と視線の先にいる者達とそう変わらないのだが。

 前を進む5人に見つからないように少し離れて後を付けていく。そのくらいの距離を空けていたとしても、レイの身体能力や五感を以てすれば会話を盗み聞くのはそれ程難しくはないからだ。


「クミト、言われた物は持ってきたか?」

「……」

「おい、聞かれたら返事くらいしろよな」

「……ない」

「何?」

「持ってきてないって言ったんだ! 誰がお前達の言うことなんか聞くもんか!」

「ぐっ!」


 4人の少年に囲まれていた子供が、唐突に取り出した20cm程の鉄棒を先程から話していた少年の鳩尾へと思い切り突き立て、すばやく鉄棒を手元に戻すとその隣にいた少年の脇腹目掛けて振り回し……


「おっと、危ないな」


 脇腹を鉄棒で殴られる前に子供の手を押さえつけてその動きを止める。

 最初の鳩尾への一撃は不意をついてのものだったので無事に成功したのだが、さすがに腕を押さえ込まれては10歳程度の子供に為す術はないらしくあっさりと押さえ込まれる。


(にしても、あいつ等妙に腕が立つな)


 今の一連の出来事を目で追いながら内心で呟くレイ。

 もちろん腕が立つとは言っても冒険者としてやっていける程と言う訳ではない。だが普通の一般家庭で育ってきた者と比べると明らかに身体のキレが違うし、場慣れをしている。


(まぁ、無難に考えて冒険者の知り合いか家族からある程度の訓練は受けてるって所か)


「グルルゥ?」


 あのままにしておいていいの? と小首を傾げて尋ねてくるセト。

 その様子に小さく頷き、先程セトが食べきった串焼きの串を構える。


「クソがっ、不意打ちなんて汚い真似しやがって! 自分の立場ってのを教え込んでやるよ!」


 鳩尾を突かれて踞っていた少年が立ち上がり、押さえ込まれている子供の顔面を蹴ろうとして……

 ヒュンッ!

 その瞬間、レイが素早く投げた串が少年の頬に掠りながらそのまま突き進み、背後にある煉瓦で作られた家の壁へと深く突き刺さった。


「……え?」


 何が起きたのか分からず、そっと頬へと手をやる少年。するとその頬には数cm程の傷が付いており、掌へと血が付着する。


「だ、誰だよ!」


 叫んだのは子供を蹴ろうとしていた少年でもなく、あるいはその子供を押さえつけていた少年でもない。残り2人のうちの片方だった。


「ん? ああ、俺だが……何か問題でもあったか?」


 そう言い、物陰から姿を現したのはレイ。ただしセトの姿は無い。さすがにこの場にグリフォンが現れれば大きな騒ぎになるだろうと判断してセトは少し離れた場所の物陰で大人しく待っているように言ってから姿を現したのだ。


「あ、当たり前だろ。いきなり何しやがる!」


 現れたのが自分達と同じくらい。あるいは背の高さから考えて年下だろうと判断して強気でそう叫ぶ少年。だが、その隣にいた最後の少年は唖然として煉瓦に突き刺さっている串へと視線を向けている。

 本来であればただの木の串が煉瓦に突き刺さるなんてことは有り得ない。それを理解しているからこそ何が起きたのか分かっていないのだろう。


(……上手くいったな)


 内心で呟くレイ。何しろ木の串に魔力を込めて投擲したのだ。本来であれば魔力を通すような特殊な金属でもない限りは魔力を込めてもすぐに魔力が散ってしまうのだが、何しろ規格外の魔力を持つレイだけに力押しで魔力を込めて投擲した結果が煉瓦に突き刺さる木の串という、本来であれば有り得ない結果だった。


「んー、こういう時は何て言うんだったか。あぁ、そうそう。義を見てせざるは勇無きなりとか言ったか」

「はぁ? 訳の分からねぇこと言ってんじゃねぇよ。何だ、俺達に喧嘩売ってるのか?」

「いや、単に暇つぶし」


 義を見てせざるは勇無きなり、つまり正義であると知りながらもそれを行わないのは勇気の無い人である……と言った割にはあっさりとそう告げる。

 そんなレイの様子にからかわれていると思ったのだろう。子供を押さえつけていた少年が子供をその場で解放して前へと進み出る。


「あのさぁ、俺達は見ての通り忙しいんだよ。悪いんだけど邪魔だから消えてくれないか? お前も怪我をしたくないだろ?」

「ふむ……まぁ20点って所か」

「はぁ? 何を言っ……」


 少年が何かを言おうとし、気が付くとその目の前にはレイの拳が現れていた。少年にとっては、ほんの一瞬。いや、その一瞬ですら長いと思える瞬間に目の前に拳が現れていたのだ。


「お前程度の実力があれば、俺との力の差は分かるだろ。まだやる気があるか?」

「っ!?」


 息を呑み、拳を握りつつもレイへと殴り掛かるのを躊躇う少年。この場にいる4人の少年の中で最も腕が立つからこそ自分の目の前に立っているローブの男が生半可な使い手ではないというのは理解していた。

 ……それにしても、わざとレイが力の差を推し量れるようにした結果なのだが。


「……どうする?」

「っ! 行くぞ!」

「お、おい! 何でだよ。あんな奴1人俺達が揃ってればどうとでも出来るだろ!」

「いいから行くぞ!」


 少年が吐き捨てるようにそう言うと、頬を串で薄く斬り裂かれた少年、煉瓦に串が刺さっているのを見ていた少年の2人が後を追い、最後まで残っていた少年もさすがに1人では勝ち目が無いと考えたのか地面へと唾を吐くと仲間の後を追っていく。


「ま、こんなものか。……おい、大丈夫か?」


 去っていく4人の後ろ姿を見送り、地面に押さえつけられていた子供へと視線を向ける。


「……」


 だがその子供は特に礼を言うでもなく黙って立ち上がり、服に付いた土埃を払ってレイへと視線を向ける。


「お兄ちゃん、強いんだね」

「ん? ああ、まぁな。これでも一応冒険者だからその辺の奴等には負けない程度の力を持っている。……それに」


 チラリと背後へと視線を向けるレイ。その視線を追うようにしてレイの背後へと視線を向けた子供は、いつの間にかそこに姿を現していたグリフォンを見て思わず息を呑む。


「あれって……グリフォン?」

「ああ。聞いたこと無いか? 一応このギルムの街ではそれなりに人気なんだが」

「いや、僕がこの街に来たのはつい最近だから。……噛みつかない?」

「悪意を持って近付かない限りは大丈夫だ」

「……撫でてもいい?」


 セトを初めて見たばかりだというのに、いきなりのその発言に思わず子供の顔へと視線を向けるレイ。

 何しろ幾度か接してセトの気性が穏やかだと知ってから撫でてもいいか尋ねてくる者は数多いが、初対面で言われるということは殆ど無かったからだ。


「グルルルゥ」


 それはセトも同じだったらしく、子供の方を見ながら喉の奥で嬉しげに鳴き撫でやすいようにその場に座り込む。


「……」


 そっと、だが確実にセトの頭へと手を伸ばし……


「うわ、柔らかい」


 とうとうその頭を撫でるのだった。そのまま暫くの間セトを撫でていた子供だったが、やがてレイが口を開く。


「で、どうする? お前が奴等に絡まれていた理由とか聞いた方がいいのか?」

「……ううん。これは僕が解決しなきゃいけないことだから」

「そうか。まぁ、俺はどうせ暇潰しに顔を突っ込んだだけだからお前がそう言うのならそれ以上は聞かないが」

「うん、その……ちょっと遅くなったけど。助けてくれてありがとう」

「気にするな。今も言ったようにちょっとした暇潰しだったんだから」


 ペコリと頭を下げる子供に笑みを浮かべてそう告げ、ミスティリングから焼きたての串焼きを1本取り出して子供へと渡す。


「ほら、取りあえずこれでも食え」

「あ、うん。ありがと」


 自分の分とセトの分も1本ずつ串焼きを取り出し、2人は近くにあった空き箱に腰を下ろし、セトはその近くの地面に寝そべって串焼きを頬張る。


「はふっ、はふっ、……美味しい……けど、これって焼きたてだよね? どこから出したの?」

「んー、そういう物を仕舞っておけるマジックアイテムを持ってるんだよ」


 子供の言葉にレイもまた串焼きに舌鼓を打ちながらそう答え、ふと石畳の上に落ちている物に目を止める。

 それは先程この子供が少年達のうちの1人の鳩尾を突いた代物だ。

 刃の付いていないナイフとかではなく、純粋に細長い鉄の棒。短棍とでもいうような代物だった。20cm程度と長さ的には足りないが、レイの知識で考えれば警棒の類だろうか。

 興味を持ち、地面から拾い上げて繁々と見つめる。


「あ……」


 串焼きを食べることに集中していた子供がそれに気が付いたのだろう。慌てたように手を伸ばしてくる。


「か、返して!」


 その言葉に、特に奪い取るつもりも無かったレイは特に躊躇いもせずに子供へと短棍を渡す。


「ん? あぁ、ほら。それにしても珍しい物を持ってるな。お前用に作られたのか?」

「あ、うん。父ちゃんがここは色々と物騒な街だから念の為にって作ってくれたんだ」

「父親が作った? 何だ、お前の父さんは鍛冶師か何かか?」

「そうだよ。つい最近にこの街に来たばかりだけど腕がいいって評判になってる。パミドールって聞いたこと無い?」


 期待を込めた目でレイを見つめてくる子供だが、レイは小さく首を左右に振る。


「悪いな、俺がこの街に戻ってきたのは昨日なんだ。で、その後は疲れもあってぐっすりと宿で眠ってたしな」

「そっかぁ……」

「機会があったら寄らせて貰うよ。ちなみに店を出しているのはどこだ?」

「えっとね、近くに図書館があった!」


 詳しい話を聞き、図書館から徒歩10分程度の場所であると確認する。その位置であればレイにとっても行動範囲内なのでそれなりに理解出来た。


(とは言っても、俺の武器は魔獣術で作られたデスサイズだからな。これが普通のマジックアイテムだったりすれば刃を研いで貰ったりする必要があるんだろうが……あぁ、いや。でも解体用の短剣とか投擲用の槍を考えると……)


「そうだな、今度機会があったら寄らせて貰うよ」

「うん。絶対あいつ等なんかには負けないから必ず来てよ」


 その言葉で何故この子供が絡まれていたのかを大体予想出来てしまう。恐らくあの少年達はこの子供の父親の作った武器か何かを持ってくるように脅していたのだろうと。鍛冶屋の子供なら父親に見つからずに持ってこれるし、同時に子供であるのなら年上でもある自分達には逆らえないだろうと。


(あくまでも予想だが、そう間違ってはいないだろ)


 串焼きの最後の一切れを食べ終わり、座っていた空き箱から立ち上がる。


「さて、目的の暇潰しも出来たし俺はそろそろ行くけど……お前はどうする? ここにいたらまたあいつ等に絡まれるんじゃないか?」

「そうかも。僕も家に帰るよ」

「そうした方がいい」


 小さく頷き、こちらも串焼き数本を食べ終わったセトと共に路地裏を出ようとして……


「お兄ちゃん、名前聞かせて!」


 そう背後から声を掛けられる。


「レイだ。こっちのグリフォンはセト」

「レイお兄ちゃん、セト、助けてくれてありがとう! 僕はクミトって言うんだ!」


 その声に軽く手を振り、レイとセトは路地裏から出て行くのだった。

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