第78話

「レイ! 背後のキノコは任せるぞ!」


 エレーナの声が周囲へと響き、レイもまたデスサイズを横薙ぎにして襲い掛かってきたキノコの胴体を切断しながら叫ぶ。


「セトと一緒なので、こっちはまだまだ余裕があるから大丈夫です!」

「グルルルルゥッ!」


 レイが返事をする横で、セトもまた前足を振るいキノコの胴体を破壊する。

 ダンジョンで一夜を過ごしたパーティと遭遇してから1時間程。順調に地下4階へと向かう階段へと向かっていたエレーナ達だったが、今いる区域に入り込んだ途端に周囲のキノコが襲い掛かってきたのだ。

 体長は小さいもので1m程度。大きい物は3m程もあるだろうか。その巨大なキノコに何故か樹の根のような物が生えており、それによって移動してくるのだ。幸いなのは攻撃手段が体当たりだけだということだろう。キノコの身体を切断する度に胞子が広がるが、特に毒性は無いらしく被害は無い。


「ちぃっ、キノコ自体はこの地下3階に生えてる物と殆ど変わらないってのに……擬態するにしても上手すぎるだろっ!」


 再び襲い掛かってきた2m程のキノコの胴体をデスサイズで切断し、上半身の部分がレイへと向かって倒れてくるのを柄の部分で殴り飛ばす。

 チラリと前方の方を見たレイは、そこで圧倒的多数のキノコに囲まれているエレーナ達の姿を見る。

 

(このままじゃ拙い。……というより、俺やセトはともかくエレーナ達の方が先に体力が尽きてしまう。くそっ、さっきのパーティの奴等もこういうモンスターがいるのなら教えてもいいだろうに。もしかして知らなかったとでも言うつもりか? ……待て。知らなかった? それはつまり奴等はここでこいつらに襲われたことがないとかか?)


 そんな風に考えている間にもキノコは休みなく襲い掛かってきており、デスサイズを横薙ぎにして3匹程のキノコを纏めて斬り伏せながらセトへと叫ぶ。


「ええいっ、しつこいっ! セト、少し時間を稼いでくれ!」

「グルルルルゥッ!」


 レイの声にセトが高く鳴いて了承の意を伝える。その声を聞いたレイは背後へと跳躍し、魔力を込めて呪文を紡ぐ。


『汝は炎で作られし存在なり。集え、その炎と共に。大いなる炎の翼を持ちて羽ばたけ!』


 呪文を唱えるごとにデスサイズの刃の部分へと炎が集まり、それがやがて鳥の姿へと変わっていく。

 そして次第にその大きさを増し、やがて羽を広げた状態で直径3m程の体長を持つに至る。


『空を征く不死鳥!』


 呪文が完成し、炎で構成された不死鳥が羽ばたいたその瞬間、セトは最後の土産とばかりにキノコを後ろ足で蹴りつけ、その反動を使ってレイの隣へと着地する。

 そしてセトがレイの隣へと着地したのと同時に、キノコの中へと不死鳥がそのまま突っ込んでいく。レイの魔力によって操られている不死鳥の形をした炎は、その名の通りに鳥の如く羽ばたきながらキノコの間を通り抜けては接触したキノコを次々に燃やしていく。その火力がどれ程の物かと言えば、キノコが不死鳥に触れるとその瞬間に炎が燃え広がり数秒で消し炭と化す光景を見れば理解出来るだろう。不死鳥はキノコ達の中を思う存分に飛び回り、次々とキノコを燃やしていく。そしてレイ達の後方へと回り込んでいたキノコ達全てが燃え尽きるまでには数分と時間は必要としなかった。そして……


「エレーナ様、そちらのキノコ共も片付けます! 一旦退いて下さい!」


 その声が聞こえたのだろう。一瞬だけ振り返り後ろを確認し、後方のキノコ達が既に全滅しているのを見たエレーナはすぐに決断する。


「キュステ、アーラ。聞こえたな? 一旦退け!」


 前衛を務めている2人にそう言葉を掛け、連接剣を振るうエレーナ。

 鞭の如く伸びた連接剣はアーラの横から飛びかかろうとしていたキノコの胴体を貫き、同時にエレーナが手首を返すとその内部から刺さっていたキノコの胴体を真っ二つにする。


(このキノコ共、痛覚がないのか? 稀に痛覚の無いモンスターもいると聞くが……)


 内心で呟き、そのまま再度手首を返して斬り裂いたキノコの横に存在している別のキノコの胴体も切断する。

 そもそも連接剣という武器は、鞭状態の刀身に刃が付いているという形状だ。攻撃範囲はかなり広いのだが、一撃の威力その物はレイの持っているデスサイズやキュステの魔槍のように強くはない。一撃の威力を求める時は連接剣を長剣の状態に戻せばいいだけなのだから普段は問題無いのだが、中衛や後衛として行動しなければいけない時にはそれが問題となる。……もっとも、それも今回のキノコのように痛覚のないような相手でなければ全く問題は無いのだが。何しろ普通のモンスターは痛覚があるので怪我をすれば当然痛みを感じる。それを利用しての牽制という手段も取れるのだから。

 そんなことを考えている間にアーラが目の前のキノコを唐竹割にし、同時にキュステが魔槍をそのキノコの胴体へと突き入れ……次の瞬間にはキノコの内部に突き刺さった魔槍の先端から大量の水球が生み出されてキノコの胴体を内部から破裂させる。

 そして目の前のキノコを倒した2人がエレーナの指示に従い後方へと一旦退こうとするも、再び2匹のキノコが目の前に現れる。


「させんっ!」


 2人へと飛びかかろうとしたキノコのうち片方の胴体を連接剣で先程同様に切断するエレーナ。


「やらせるかってね!」


 そしてもう1匹のキノコにはヴェルが連続して矢を撃ち込む。

 矢を1本程度撃ち込まれたくらいではキノコは全くダメージを受けた様子も無く前へと進もうとするのだが、矢でキノコを倒せずともその衝撃は十分に足を鈍らせる。そしてそのまま続けて2本、3本、4本と連続して矢を撃ち込まれれば2人が撤退するする時間を稼ぐには十分だった。

 そして……


「あれが、レイ殿の魔法……」


 後方へと退いたアーラが自分達の上を通り過ぎていく炎で作られた鳥、不死鳥を目にして呆然と呟く。

 魔法の才能が無い身でも、その不死鳥にどれ程の魔力が込められているのかを戦士としての直感で感じ取ったのだ。そしてその美しさもまた。

 アーラの隣では同様に後退したキュステもまた、この男にしては珍しく感心したように不死鳥を眺めている。


「おや、キュステもようやくレイを認めたのか?」

「ふんっ、奴の腕はとうに認めているさ。認めていないのは奴の性格だけだ」


 からかうように尋ねてきたヴェルへと鼻で笑ってそう返す。

 そして不死鳥の姿が消えた後に残っていたのは数匹のキノコのみだった。

 その残存していたキノコ達もまた、エレーナ達にあっさりと息の根を止められていく。

 元々苦戦をしていたのはキノコ達の数と、多少のダメージを与えた程度では全く堪えた様子がないというその不気味さによるものだったので、ここまでくれば既に作業に近かった。

 だが……


「……何? レイ、ヴェル。もう1度言ってくれ」


 エレーナの声が周囲へと響く。その隣ではキュステが眉根を寄せており、アーラが不思議そうな視線をレイとヴェルへ向けている。

 そんな視線を浴びせられながらも、再びヴェルは口を開く。


「あのキノコ達から魔石を採取しようとしたんだけど、その体内に魔石は無かったよ。端的に言うと、あのキノコ達はモンスターじゃないってことかな」

「だが、事実私達はあのキノコに襲われたぞ?」


 エレーナの言葉にキュステもまた頷く。


「エレーナ様の仰る通りだ。ああしてこちらを前後から包み込むようにして襲ってきた以上はモンスターと考えても間違い無いだろう?」

「キュステの言いたいことも分かるけどさぁ。俺とレイの2人であのキノコの死体を隅々まで調べた結果がそうなんだからしょうがないだろ? 何ならキュステもあのキノコのどこかに魔石があるかどうか調べてみるか?」


 自分達が調べた内容が信じられないということに、不服そうにキュステへと言い返すヴェル。

 キュステにしても別にヴェルが手を抜いて調べたとは思ってはいない。何しろ普段は軽い口調や態度を見せる男だが、仕事に関しては真面目に取り組むのだ。それを知っていたとしても、思わず出て来た言葉だったのだ。


「ふむ、何やら今回は妙にトラブルに巻き込まれるな。旅の途中でであったカマキリと言い、このキノコと言い」


 エレーナが何気なく呟いたその一言。それで何かに気が付いたレイが反射的にまだ炭と化していないキノコの死骸へと振り向く。

 いきなりのその行動に驚いたエレーナ達の目がレイへと向くが、それに気が付いた様子も無くキノコの死骸へと近付いていく。


「おい、どうしたんだ? そのキノコには魔石とか取れそうな素材はないって。さっきも一緒に調べただろう?」


 背後から聞こえて来る不思議そうなヴェルの言葉を聞き流しながら、改めてその死体を調べていく。ただし今回調べるのはキノコの部分ではなく樹の根が生えている部分だ。

 その部分を手に取り、ミスリルナイフで樹の根の部分を切り取りエレーナの方へと戻っていく。


「それで、何かが分かったのか?」


 そんなレイへとエレーナは声を掛けるが、レイは小さく首を振るだけだった。


「いえ。ですが、先程のエレーナ様の言葉にちょっと引っ掛かりまして」

「私の言葉?」

「はい。あのカマキリについてです。あの時にも言いましたが、あのカマキリは恐らくですが錬金術で作られたと思われるモンスターでした。そして俺達を襲ってきたキノコ達は調べた限りではこの階層に生えている普通のキノコと同じです。何しろ胴体を切断しても内臓の類は一切無いどころかモンスターになら確実にある筈の魔石すら持っていないのですから。ただ1つ他のキノコと違う場所と言えば、足の代わりに動いていたこの樹の根」


 それだけでエレーナにもレイが何を言いたいのか分かったのだろう。その美しい眉を軽く顰めて口を開く。


「つまり、その樹の根も錬金術によって作り出された物だと?」

「あくまでも予想でしかありませんが」

「確かに魔石が無い以上はレイの言ってる話が正しいようにも思えるが……分かっているのか? このダンジョンに向かう途中でカマキリに遭遇しただけならどこかにいる外道な錬金術師の実験か何かだという可能性もあるが、私達が入ったダンジョンでも錬金術師が作った存在が再び私達に襲い掛かってきたとなると偶然では済まされないぞ?」


 エレーナが何を言いたいのか分かったのだろう。キュステとアーラ、ヴェルが微かに眉を顰めてレイもまた頷く。


「はい。もしも俺の考えが正しいのであれば……」

「カマキリやこの樹の根は私達を狙ったものだということか」

「ですがエレーナ様、私達がここのダンジョンに来ると知っていたのは貴族派でもほんの一部の筈です」


 アーラのその言葉に、ヴェルがいつもの飄々とした表情へと戻って肩を竦めながら口を開く。


「つまり、貴族派の中に俺達がいては困る奴がいるんだろうね」

「ヴェル! そんな、エレーナ様がいてこその貴族派でしょう!」

「だからさ。その貴族派の象徴であるエレーナ様がいては困るってことなんじゃないの?」

「……裏切り者がいる、と?」

「まぁ、状況証拠だけしかないけどね。そもそもこの樹の根に関しても本当に錬金術で作られた物かどうかも分からないんだし」


 レイの手に持っている樹の根へと視線を向けながらヴェルがそう告げ、エレーナの方へと視線を向けて再び口を開く。


「それにあのカマキリは倒した途端にまるで自分が存在した証拠を消すかのように溶けていった。なのにこの樹の根は倒した後もそのまま残ってる。……エレーナ様的に、その辺はどう思う?」

「無難に考えればあのカマキリは技術の粋を凝らして作られた一品物。それに対してこの樹の根がもし本当に錬金術で作られたものだとするのなら、恐らく使われている技術はそれ程重要な訳ではなく知られても特に困らないというパターンだろうな」

「つまり樹の根が本当に錬金術によって作られたモンスターでも、使われている技術とかは一般的なものであってカマキリと同じ錬金術師が作ったとは思えないってことかな?」

「そうだな。状況証拠的に見れば同一人物の仕業で間違い無いのだろうが、状況証拠はあくまでも状況証拠だ。偶然の一致と言い切られればそれを覆す証拠は何も無い。……こうなると、つくづくあのカマキリの素材なりなんなりを確保できなかったのが悔やまれるな」


 溜息を吐きながら、呟くエレーナ。

 彼女の中では既に今回の一件に何らかの理由で錬金術師が絡んできているというのは既定事項なのだろう。


「とにかく、私達が油断しなければ錬金術師が何を仕掛けてこようが問題無い筈だ。もうすぐ地下4階への階段だが、気を引き締めろよ」


 その命令に全員が頷き、樹の根は念の為にレイがミスティリングへと収納してダンジョンの中を進んで行く。

 そしてそれから1時間程進むとようやく地下4階へと降りる為の階段を発見し、警戒しつつも進んで行くのだった。

 継承の祭壇があるのは最下層である地下7階。ようやくこのダンジョンの半分程を突破したのだが……エレーナが持っている地図は地下3階までのもの。ここからは地図も無いままに、文字通りに手探りで進んでいかなければならないのだ。

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