第77話

 シン、と静まり返ったダンジョン内。

 現在そこにあるのは胴体を上下2つに切断されたリザードマン・ジェネラルと、連接剣を振り抜きそれを行ったエレーナのみだった。

 そしてエレーナは一瞬だけ絶命した決闘相手へと視線を向けると、連接剣を大きく振るいリザードマンの血を飛ばして鞘へと収める。


「……さすがエレーナ様、見事です」


 最初に口を開いたのはアーラだ。

 エレーナの強さを信じてはいても、それでも戦闘に絶対は無い。それを知ってるだけに安堵の息を吐きながらも惜しみない賞賛をその一言に込める。


「確かに素晴らしい剣捌きでしたが、自分の立場というものも少しは考えて下さい。エレーナ様はそこらにいるただの冒険者という訳では無く栄光あるケレベル公爵家の令嬢でもあるのです。それが敵国の将軍とならともかく、モンスター相手に一騎討ちなど」

「あははは。キュステ、ベスティア帝国の将軍とうちの女王様が一騎討ちをやった時も同じようなことを言ってたよね」

「ヴェル! 私は別に好き好んで諫言している訳ではないぞ」


 キュステとヴェルが言い合っている間に、レイはミスティリングから清潔なハンカチを取り出してエレーナへと手渡す。


「返り血が付いてます」

「うむ、助かる」


 ハンカチで頬に跳んだリザードマン・ジェネラルの返り血を拭き、それをレイに手渡しながら全滅したリザードマン達へと視線を向ける。


「レイ、リザードマンの死体の回収を頼む。魔石や素材に関してはこのダンジョンから出てから改めて分配しよう。……私としてはお前に全部やってもいいと思うんだがな」

「それは嬉しいですが、エレーナ様の周辺にも色々と都合というものがあるんでしょう。まぁ、俺としては出来ればそうして貰えると嬉しいですけど、無理にとは言いませんよ。ラルクス辺境伯からの指名依頼ということで破格の成功報酬が約束されてますし」

「そうか?」

「ええ。それにエレーナ様のような人とも顔見知りになれましたしね」

「ふふっ、確かにそうかもしれないな。私としても今回の件で一番の収穫はレイという人物を知れたことだよ」


 つい数分前までモンスターとの一騎討ちをしていたとは思えないような、まさに薔薇を思わせるような笑顔を浮かべるエレーナ。

 思わずその笑顔に魅入っていたレイだったが、セトにドラゴンローブをクチバシで引っ張られて我に返る。


「っと、すいません。それ程時間に余裕があるという訳でもないですし、さっさと収納してきます」


 慌てたようにそう言い、セト共にリザードマン・ジェネラル、リザードマン、そして身体の半分程が焼け焦げて炭と化している巨大蜘蛛の死体をミスティリングへと収納していく。

 その様子を見ていたキュステは思わず眉を顰める。先程の自分の上司であるエレーナとレイの会話が聞こえていた為だ。


「ありゃりゃ。うちの女王様もさすがだね。出会ってまだ数日程度だっていうのにもうレイを墜としかかってる」

「ヴェル、エレーナ様に失礼な物言いは許さんぞ」

「なんでさ。俺は本当のことしか言ってないと思うけど?」

「……ヴェル」


 先程までの半ばじゃれ合いとも取れるような話をしていた時のような声ではなく、一段低い声を出すキュステ。そして声と同様に、視線もまた先程までとは違い鋭いものになっている。

 だが、それでも尚ヴェルは飄々とした態度を崩さずに笑みを浮かべながら言葉を返す。


「だってさ、普通に考えてみなよ。見たことがない程の美人で、身体付きも最高レベル。でもってさっぱりとした気性で、誇り高い。そんなうちの女王様相手に接してて好意を持つなって方が無理だろ? それが恋愛的な好意か友情的な好意かは別にして」

「……」

「でもって、エレーナ様が自分のパートナーとして迎える条件は最低限でも自分よりも強いこと。……ほら、レイが相手でも問題ないだろ?」


 そう呟いたその時。ヴェルは自分の顔の真横をキュステの持っていた魔槍が通り過ぎるのを感じた。


「ヴェル、それ以上喋るな。私はこの槍でお前を貫きたくはない」

「……ま、いいでしょ。キュステがそう言うのならこの話はこの辺にしておくよ」

「ふん」


 ヴェルの言葉を鼻で笑い、槍を引くキュステ。


「ちょっと2人とも。もしかしてこんな所で仲間割れ?」


 あれこれとエレーナの世話を焼いていたアーラがそんな2人の様子を見て呆れたように告げてくる。


「別に仲間割れとかじゃないさ。ちょっとした意見の相違って奴だよ」

「……本当に? どうせまたヴェルが余計なことを言ったんでしょ」

「ちょっ!? なんで俺が原因だって言い切る訳!?」

「そんなのヴェルの普段の生活態度を見てれば自然と分かるわよ」

「アーラ、もういい。確かにこんな所でする話ではなかったからな。次からは注意する」


 いつの間にか始まっていた言い合いに溜息を吐きながらキュステが割って入り、そこからはいつもの雰囲気に戻るのだった。

 そしてレイが死体を回収し終えた後は特に変な空気になるようなこともなくダンジョンを進んで行く。






「ふむ、ここが地下3階か。上の2階層とは随分と様子が違うな」


 リザードマンとの戦闘があった場所、即ち地下3階へと降りてきた階段から歩いて10分程。つい先程までは普通のダンジョンそのものだったのだが、今レイ達の目の前に広がっているのは巨大なキノコで出来た林とも言うべき場所だった。

 高さ2m程度の物から、大きければ高さ5m近くもあるのではないかと思える程の巨大なキノコがそこら中に生えている。


「これは……さすがに予想外だな」


 キノコのダンジョンというのはさすがに予想外だったのか、キュステですら唖然とした表情で呟く。

 ヴェルやアーラもキュステの横で同様に驚きの表情を作っている。

 レイもまた、3人程ではないが興味深そうな目で周囲を見渡している。


「グルゥ?」


 そんな中、セトのみが特に表情を変えずに小首を傾げていたのだった。

 だが一行のそんな物見遊山的な態度はすぐに終わりを迎える。

 まずその音に気が付いたのは人間より遥かに優れた五感を持っているセトだった。


「グルルゥ」


 どこか警戒するような鳴き声を上げ、レイのドラゴンローブを引っ張るセト。

 そしてレイもまたセトと同様のものに気が付く。


「エレーナ様、何かが……いや、これは声?」


 エレーナへと自分達に近付いてくるモンスターがいると注意を呼びかけようとしたその時、人の話し声が微かに聞こえたことにより混乱する。

 何故ならこのダンジョンに今日一番最初に潜ったのは自分達であり、その後も後から入って来た者達に追い抜かれた覚えがないからだ。だがすぐに納得する。こちらへと向かって来ている、つまりは上の階へと向かっているということは近付いてくる者達の目的は地上へと出ること。すなわち……


「レイ、どうした?」

「……いえ。どうやらこのダンジョンの中で一夜を過ごしたパーティがこちらへと向かって来ているようです。最初は近付いてくる音だけしか聞こえなかったのでモンスターか何かかと思ったのですが、人の声が聞こえてきましたので」

「ふむ、なるほど。確かにダンジョンの階層はそれ程でもないがフロア自体がかなり広いという話だから1日で潜れる階層には限度があるだろう。だからこそ私達もテントやその他野営用の道具を用意してきたのだからな。さて、この場合は冒険者としてはどうするべきだ?」

「そうですね。以前エルクから聞いた話によると、敵意を示さないように軽く挨拶をするというのが一般的だという話ですが……」


 そう言い淀むレイ。

 なにしろ冒険者というのはギルドで登録すれば誰でもなれるのだ。それだけに質の悪い冒険者というのも当然一定数は存在しており、中には他の冒険者を襲ってその荷物を奪うという者も存在している。そして現在レイ達がいるのは迷宮であり、ここで何らかの事件があったとしても訴える者がいなければ騒ぎにはならないし、それ以前に迷宮で命を落としたと判断されるだろう。その辺の事情をエレーナへと話すと、真面目な表情で小さく頷く。


「よかろう。ならばまずは相手の出方を見るとしようか。向こうが迷宮探索に来たパーティなら何の問題も無し。だが、それがレイの言うような盗賊紛いの存在なら誰に手を出したのかを身をもって知って貰うとしようか」


 エレーナの指示に全員が頷き、その場で待機する。

 そしてやがて5分程が過ぎ、セトやレイだけではなくエレーナ達にもキノコの森とでも表現すべきこの場所を歩いてくる音が聞こえてくる。他にも鎧の擦れるような音が混じっていた。

 そして、やがて3m程はあろうかという大きなキノコの影から人影が現わす。

 その数は4つ。全員が男で盗賊らしき身軽な格好をしている男が1人に、斧と槍の両方の特徴を持つハルバードを持つ男、バスタードソードを持つ男の戦士が2人。そして最後尾を歩いているのは巨大なリュックを背負った男だった。見た所全員が20代程だろう。


「ん?」


 やがて先頭を歩いていた盗賊がレイ達に気が付き不審そうな表情を浮かべながらその歩みを止める。同時にその背後にいた戦士2人も警戒の視線をレイ達へと向け、盗賊の男の横へと進み出る。チラリ、チラリと盗賊の男の視線はエレーナだったりグリフォンであるセトへと素早く動く。


「レイ、冒険者同士だ。お前に任せる。だがいいな、奴等が襲い掛かってきた場合は躊躇無く迎撃しろ」


 エレーナからの指示を受け、頷いて1歩前へと出るレイ。その肩にはデスサイズが乗っており、構えてはいないがいざ戦闘になった時にはすぐに対応出来るのは明らかだった。

 まず最初に口を開いたのは相手方のパーティでも先頭にいる盗賊の男。


「よう、こんな所で奇遇だな」

「奇遇と言うか、ダンジョン探索に来てるんだからその中で同僚と遭遇してもそれ程おかしな話じゃないだろう。……ちなみに、俺達は今朝一番最初にダンジョンへと入ってまっすぐここまで降りてきたんだが……そっちは?」

「ん? あぁ、ちょっと依頼で地下のモンスターから取れる素材が必要でな。おまけにそのモンスターは夜にしか現れないって話で昨日からダンジョンで夜を過ごした訳だ」

「へぇ、ダンジョンの中でね。随分と勇敢と言うか何と言うか」

「まぁ、これでもそれなりに経験を積んだランクCパーティだ。……そっちは?」


 自分達の事情は話した。次はそっちの番だ、とばかりに話を返してくる盗賊の男。

 一瞬だけエレーナに視線を向けると、微かに頷くのが見えた為に正直に口を開く。


「俺達も地下に用があってな。あぁ、俺はランクD冒険者のレイだ。あっちは俺の依頼人の貴族御一行」

「……ほう。貴族、ねぇ」


 呟き、頷く盗賊の男。その気配から若干ではあるが警戒心が薄れていくのがレイには感じ取れた。

 向こうもレイ達を盗賊の類かと警戒していたのだろう。


「お互いに特に問題は無いようだな」

「ああ、俺としてはあのグリフォンとかそっちのもの凄い美人とかが気になるが……」

「おいザック。問題が無いようならさっさと上へ向かうぞ。いい加減、警戒しないで眠りたいんだ」

「分かったよ」


 ザックと呼ばれた盗賊がハルバードを持つ戦士にそう答え、軽く笑みを浮かべながらレイの肩を叩く。


「俺達は地上に戻るが、ここから下は色々と厄介なモンスターが多いから注意するんだな。特に5階層にいるアンデッド系は魔法が使えないと厄介だぞ」

「問題無い、俺はこの格好を見て貰えれば分かると思うが一応魔法使いだし」


 そう告げた時、目の前のパーティ一行からの突っ込みが入る。


『ちょっと待て』


 まるでタイミングを合わせたかのようなその息の合った突っ込みにレイは思わず苦笑を浮かべる。


「そんな巨大な武器を持っておきながら魔法使いとか、普通は信じられないぞ」

「そうだな、実際足運びとかも魔法使いというよりは戦士のそれだしな」


 戦士2人に口々にそう言われ、軽く肩を竦めるレイ。


「まぁ、確かにそれも間違いじゃない。正確に言えば魔法も使える戦士、魔法戦士って所だ」

「……なるほど、それなら納得かもな」


 盗賊の男が頷き、そこで巨大なリュックを背負っている男が口を開く。


「お互いに特に問題が無いようならそろそろいいんじゃないか? 俺としては早い所地上に戻って腹一杯飯を食って宿屋で命の心配をしないでぐっすりと眠りたいんだが」

「ん? あぁ、そうだな。じゃあ俺達はこの辺で失礼させて貰う。さっきも言ったが、地下5階にはアンデッドが彷徨いてるから気をつけるようにな」

「ああ。忠告感謝する。普通はそういう情報は自分達で独占する物なんだろう?」

「何、気にするな。こうしてダンジョンで行き会ったのも何かの縁だろうしお前が魔法戦士だって情報も貰ったからな。さて、じゃあ俺達はこの辺で失礼させて貰う。お前達が無事探索を終了することを祈ってるよ」


 盗賊の男がそう言い、レイやエレーナ達とその場で別れて別々の方向へと進んでいく。

 レイやエレーナ達は地下4階への階段がある場所へ。そして男達は地下2階への階段がある場所へと。






「……なぁ、どう思った?」


 レイ達と十分距離が離れた所でハルバードを持った戦士の男が呟く。

 何に関して聞いているのかは言うまでも無い。先程まで会話をしていた奇妙な一行に関してだ。


「取りあえず、女のうち金髪の方はもの凄くいい女だったな。それこそ生まれてから20年以上、それなりに色々な女を見てきたし、あるいは高級娼婦と一夜を共にしたこともあるが、あれ程の女を見たのは生まれて初めてだ。……と言うか、いい女すぎて逆に気後れしたなんて初めての経験だよ」


 剣を持った男のその台詞に仲間達が苦笑を浮かべる。この男が極度の女好きで毎晩のように娼館に通っているのは周知の事実だったからだ。それこそランクCパーティとしての稼ぎの大半――当然報酬の分配後の話だが――を娼婦に費やしているのではないかと思える程に。


「俺としてはやっぱりあのグリフォンが気になったな。と言うか、本物のグリフォンなんて初めて見たぞ」


 盗賊の男の印象に強く残っていたのはグリフォンだった。ランクAモンスターであり、空飛ぶ死神とも呼ばれる程に強力なモンスターだ。盗賊であるが故に他人の強さを計るのを得意としている男だったが、それでも尚先程見たグリフォンは男の想像を超えていた。存在そのものの格が違うと言ってもいいだろう。


「女とグリフォンもだが、俺が気になったのはポーターがいなかったことだな」


 巨大なリュックを背負った男がそう呟く。

 ポーター。それは簡単に言えばダンジョンに潜って手に入れた素材や魔石、あるいはお宝といったものを運ぶ者の総称だ。考えてみれば当然なのだが、ダンジョンに潜って行くに従って手に入れた素材や魔石を戦士や魔法使いが持つと当然動きが鈍る。そして動きが鈍った戦士や魔法使い達はモンスターへの対処が難しくなってしまうのだ。それを解決する存在が荷運びを専門にしているポーターという存在なのである。


「……そう言えば、いたのはあの馬鹿でかい鎌を持った奴と、女戦士が2人に槍使いが1人、あと弓使いだけだったな」


 剣を持った男が思い出すように呟く。


「だろう? ポーター無しでダンジョンに潜る奴がいない……とは言い切れないが、かなり珍しいのは事実だ」


 うーん、と皆で頭を悩ますが結局答は見つからないままに男達は上へと向かうのだった。

 まさか自分達と話していた相手がアイテムボックスを持っているとは思いも寄らないままに。

 この後、男達は何匹かのリザードマンやゴブリンといったモンスターと遭遇することにはなるが、無事に倒して地上へと戻ることに成功する。そして依頼の素材を提出して報酬を貰い、酒場で打ち上げをしてから宿でぐっすり眠りにつく頃にはレイ達のことはすっかり頭の中から消え去っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る