第76話

 階段を下り無事地下3階へと降り立ったレイ達。だが地下3階へと1歩足を踏み入れたその瞬間、レイは殆ど反射的にデスサイズを振るっていた。


「っ!?」


 同時に、レイの隣にいるアーラもまた剣を振るい飛んできた何かを弾く。


「ちっ、なるほど。そういうことか」


 デスサイズの柄に絡みついている物へと視線を向け、忌々しげに呟くレイ。

 そこにあるのは白い糸だった。その白い糸はダンジョンの天井へと向かって伸びている。そしてその視線の先には体長が2m程もあろうかという大きさの蜘蛛が、レイ達を感情の感じさせないような20個以上の目で観察するようにじっと視線を向けていた。


「階段の所にあったトラップもこいつの仕業か。そして……」


 アーラやその背後にいるエレーナ、キュステ、ヴェルと睨み合っているのは人間よりも一回り程大きく、そこから伸びている手足は緑色の鱗で覆われている。そして太く長い尾を持つ爬虫類の顔をした亜人、リザードマンだ。

 それぞれが弓や剣、槍といった獲物を構えて敵意を込めた目でアーラ達へと視線を向けている。


「レイ、お前はその蜘蛛を何とかしろ。出来れば早めにそっちを片付けてこっちの援護に回ってくれると嬉しいがな」


 連接剣を振り下ろし、鞭状にしてリザードマン達へと叩き付けながらエレーナが鋭く叫ぶ。

 剣の刀身が伸び、鞭のようにしなって襲い掛かる連接剣に先頭の数匹が小さくない傷を負い、リザードマン達に混乱をもたらす。それに付け込むように長剣を持ったアーラが突っ込んでいき、レイがいない為に前衛へと回ったキュステもまた魔槍を構えて突っ込んでいく。そしてそんな2人を援護するのが弓を構えたヴェルであり、エレーナだった。リザードマンの中でも弓を装備している個体が矢を放とうとした瞬間にまるで空中を移動する蛇のような素早い動きで連接剣がリザードマンへと襲い掛かる。

 そんな様子を横目で見ながらも、レイは天井に張り付いている蜘蛛を引きずり下ろそうと糸が絡んでいるデスサイズを引くが、蜘蛛としても下に落とされれば自分がどうなるのかは分かっているのか天井へと爪を突き立てて必死に抵抗している。


「ちぃっ、時間の無駄か。セトッ!」

「グルゥッ!」


 待ってました、とばかりに翼を羽ばたかせて地を蹴るセト。そのままの勢いを使い、まるで壁を走るかのように駆け上がり蜘蛛を目掛けて鷲爪を振るう。


「キキキッ」


 金属を擦り合わせたような鳴き声を上げつつ蜘蛛は天井を蹴ってセトの一撃を回避する。だが……


「そう来ると思ってたよ!」


 セトの攻撃を回避するということは、天井に張り付いたままの状態から動かないといけないということだ。つまりは天井に突き立てていた足の爪を動かす必要がある訳で、その状態で糸の絡みついたデスサイズを強引に引っ張られて抵抗出来る筈もなかった。


「キィッ!」


 本来の蜘蛛であれば鳴き声といったものは一切無いのだが、悲鳴や威嚇の声を上げるのはモンスターだからこそか。

 地面へと落とされたことにより相応のダメージがあったのだろう。動きの鈍くなった蜘蛛へとデスサイズで斬りかかろうとしたレイだったが、その瞬間に蜘蛛の口が開き、何らかの液体を吐き出す。


「ちぃっ!」


 蜘蛛の吐く液体ということで殆ど直感的に地を蹴り蜘蛛から距離を取る。それが正解の選択肢であったのは地面へと落ちたその液体が煙を上げながら周辺を溶かしているのをみれば明らかだった。そして巨大蜘蛛はその複眼故に上空から自分へ攻撃をしようとしているセトの姿にも気が付いていた。


「セトッ、退け!」

「グルゥッ!」


 咄嗟のレイの叫びを聞き、横にあった壁をその獅子の後ろ足で蹴ることによって落下速度を殺して空中で方向転換をする。殆ど同時に巨大蜘蛛の腹部から上へと無数の糸が射出されるが、セトを捕らえることなく糸は天井へと張り付いていた。もしあのまま上空から襲い掛かっていれば空中で絡め取られていたことは間違い無いだろう。


「毒液に糸、どっちも俺やセトにとっては厄介な遠距離攻撃だな。……しょうがない、魔石や素材は諦めるとするか」


 呟き、魔力を集中させていくレイ。そしてレイが何をしようとしているのかを理解しているセトが巨大蜘蛛の注意をレイへと向けないように隙あらば蜘蛛へと攻撃を仕掛ける仕草をする。


『炎よ、我が意に従い敵を焼け』


 魔力を込めた言葉で呪文を唱え、世界の理を歪めてデスサイズの柄の先端に直径50cm程の火球を作り出す。


『火球!』


 そして柄が振りかぶられ、放たれる火球。巨大蜘蛛が自らに迫る熱気に気が付いた時には既に回避のしようがなく、ただ黙って自らの身を焼かれ、同時に体液が沸騰するのを受け入れるしかなかった。

 レイは火球が命中したことを確かめると、すぐにリザードマンの方へと視線を向ける。

 リザードマン。モンスターランクはDで以前に倒したオークと同程度なのだが、明確に違うのはオークよりも知性が高いということだろう。自分より上位の存在から下される命令にただ従うだけだったオークとは違い、リザードマンそれぞれがその時々で何が最適な行動なのかを判断し、実行してくるのだ。本来ならその知性からもっと高ランクに数えられてもいいのだが、繁殖力自体はそれ程高くはない為にリザードマンとは逆に繁殖力が高いが個々の能力はそれ程高くないオークと同ランクとされている。尚、討伐証明部位は尾の先端で、ギルドでは銀貨5枚で買い取って貰える。

 そんなリザードマンも、さすがにエレーナが指揮するキュステ、ヴェル、アーラ達と戦うとなるとそう簡単にはいかないらしくほぼ互角の勝負を繰り広げていた。


(いや、この場合はリザードマン達を褒めるべきか。前の階で戦った同数程度のゴブリン達はそれこそ簡単に蹴散らされたしな)


 そんな風に考えつつ、リザードマンの前衛はエレーナ達との混戦となっているが後衛が遊兵となっているのに気が付くレイ。


「エレーナ様、後衛を魔法で攻撃します。巻き込まれないように注意して下さい!」

「魔法? 分かった。各自聞いたな。レイの魔法に巻き込まれないように注意しろ!」


 エレーナの声を聞きつつ、精神を集中して魔力を言葉へと乗せていく。


『炎よ、全てを燃やし尽くす矢となり雨の如く降り注げ』


 呪文を唱えるのと同時に、レイの周囲へと腕の長さ程の炎で出来た矢が形成されていく。その数は約50。


『降り注ぐ炎矢!』


 そして魔法が発動するのと同時に、凡そ50の炎の矢が山なりに放たれ、リザードマン達の後方へと向かって文字通りに降り注ぐ。

 突然現れた無数の炎の矢。それが降り注がれた後衛のリザードマン達は咄嗟に回避や盾で防御を選択した個体もいたが、回避を選択した個体は1本、2本の炎の矢はともかく10本以上の矢が殺到してはその全てを回避出来る筈も無く、回避しきれなくなった瞬間に炎の矢が突き刺さる。そして一瞬にして全身に激しい炎が燃え広がり、仄かに光っているダンジョンの壁よりも尚明るい松明となって周囲を照らし出していた。また、回避ではなく咄嗟に盾を持ち上げたリザードマンはさらに悲惨だった。確かにレイの放った物が普通の矢であるのならその行動は正解であっただろう。だが、今回放たれたのは普通の矢ではなく炎によって形成された矢なのだ。


「シャーーーーッ!」


 盾を身体の前へと出したリザードマンは炎の矢がその盾へと突き刺さり、同時にその突き刺さった部分から炎が燃え広がる。その炎は当然盾だけではなくその盾を装備していた腕へも広がり、腕ごとその盾を燃やし尽くしていった。そして腕を失った激痛やショックにより動きの鈍ったリザードマンに後続の炎の矢を回避出来る筈もなく、その身体に1本、2本と炎の矢が突き刺さり回避を選択したリザードマン同様身体全体が激しい炎に包まれるのに大した時間は掛からなかった。 

 一撃。たった一度の攻撃魔法で自分達の後衛が半ば壊滅状態に陥ったのを見たリザードマン達はその様に半ば恐慌状態となる。


「シャアアアアアアアアアッ!」


 リザードマン達の中でもリーダー格の存在なのか、他の個体よりも一回り程身体の大きいリザードマンが高く鳴き一喝する。本来であればその声で我に返る者が出たのだろう。……そう。何事も無ければ、だが。


「敵は混乱している! 立て直さないうちに切り崩すぞ!」


 そう。姫将軍とも呼ばれているエレーナが、敵が混乱したという致命的な隙を見逃す筈もなかった。

 後衛をレイの魔法によって半ば壊滅させられ、同時にこれまでのエレーナ達との戦闘で既に10匹を切っていたリザードマン達にその攻撃を受け止めるような力は既に無く、1匹、また1匹とその数を減らしていく。

 そしてレイの魔法が放たれてから数分も経たないうちに、生き残っているリザードマンは先程大きな声を上げていたリーダー格の1匹のみとなっていた。


「シャシャシャシャッ!」


 そのリザードマンは他のリザードマンを率いるのに相応しい姿をしていた。他のリザードマンよりも1回り以上大きい、2mはあろうとかというその身長。そしてはち切れんばかりの筋肉を何らかのモンスターの皮で作ったと思われるレザーアーマーで覆っている。その右手に持っているのは1.5mを優に超える巨大なグレートソードであり、反対側の手はリザードマン達の中で唯一金属製の盾を持っていた。

 そしてそのリザードマンはグレートソードを片手で軽々と操り、その切っ先をエレーナの方へと向ける。


「……よかろう、一騎討ちが望みだと言うのなら。そしてその相手に私を望むというのなら受けて立とう」


 連接剣をその手に持ち、1歩前へと進み出るエレーナ。


「エレーナ様! 何もモンスター相手に一騎討ちなど! どうしてもやると言うのなら私が代わりに!」


 キュステが魔槍を手にエレーナの前に出ようとするが、それを制したのは決闘を挑まれた当の本人であるエレーナだった。


「キュステ、見た所奴はあのリザードマン達を率いる者。……それも、あの体躯から見るに普通のリザードマンではあるまい。レイ、お前は分かるか?」


 突然振られたその問いだったが、特に詰まることもなくレイは答える。


「恐らくですが、リザードマンの上位種であるリザードマン・ジェネラルだと思われます。もしそうだとするのなら、モンスターランクはC」

「ふむ、やはりな。他のリザードマン達とは風格というものが違う」

「エレーナ様、それならば尚更危険です。私にお任せ下さい」


 そう言い募ってくるキュステへと、不意にエレーナは鋭い視線を向ける。


「くどいぞ、キュステ。奴とてモンスターと言えども誇りある戦士なのだ。ならばその誇りを掛けた一騎討ちを受けないという訳にはいくまい」

「エレーナ様!」

「……キュステ。くどい、と言ったぞ。私に3度も同じことを言わせる気か?」

「ぐっ、……はい、分かりました」


 エレーナの視線に射すくめられ、不承不承槍を引いてその場から後退るキュステ。


「エレーナ様、ご武運をお祈りしています」


 次に口を開いたのはアーラだった。だがその言葉はキュステとは違い、エレーナが一騎討ちで勝つと信じ切っているものだった。


「うむ、私とて姫将軍と呼ばれた者だ。そうそう簡単にやられはしないさ」

「一応、俺の立場としては止めないといけないんだけどね」

「ほう? ならばヴェル。お前も止めるか?」

「止めて止まるようならそれもいいんだけど、うちの女王様はそれで止まるような人じゃないでしょ。なら俺に出来るのはただ見守るだけかな」


 ヴェルのその言葉に苦笑を浮かべるエレーナ。


「何度も言うようだが、その女王様というのはやめろ。気心の知れている面子だけだからいいが、妙な所でそんなことを呟いてみろ。不敬罪に問われるぞ」

「はいはい、分かってますよ」


 軽い口調でエレーナを送り出すヴェル。そして最後にエレーナへと声を掛けたのはレイだった。


「姫将軍と言われる程の強さ、この目で確かめさせて貰います」

「ふっ、そうだな。私と同等の強さを持つお前が見ているのだ。無様な戦いは出来んな」


 そう告げながら笑みを浮かべるエレーナ。その口元に浮かんでいるのは、公爵令嬢としての優雅な笑みではなく周辺諸国から姫将軍と呼ばれるに足る獰猛な笑みだった。


「グルゥ」


 その笑みを見たセトもまた、喉の奥で鳴いてエレーナを見送る。

 4人と1匹の視線をその背に、連接剣を持ったエレーナはリザードマン・ジェネラルと向かい合う。

 そして数秒、どちらからともなく動き出した。


「シャアアアアアアアアッ!」

「はあぁぁぁっ!」


 お互いが同時に地を蹴り、その間合いを急速に縮めていく。そして先手を打ったのは連接剣というグレートソードよりも間合いの長い武器を持つエレーナ。

 連接剣を大きく振るうと、その刀身が鞭のようにしなり不規則な軌跡を描きながら剣先がリザードマン・ジェネラルの頭部を斬り裂かんと迫る。


「シャアッ!」


 だが、リザードマン・ジェネラルは咄嗟にグレートソードを盾のように掲げてその一撃を防ぐのだった。しかし。


「それで終わりだと思うなっ!」


 グレートソードに跳ね返された連接剣だったが、エレーナが素早く手首を返すとその切っ先が翻って再び顔へと襲い掛かる。

 さすがにその不規則な一撃は予想外だったのか、左肩を鱗ごとざっくりと斬られて血が噴き出す。


「シャアアアアッ!」


 しかしそんなことは関係無いとばかりに、リザードマン・ジェネラルは傷ついた腕を物ともせずに金属製の盾をエレーナ目掛けて投げつけ、同時に連接剣の間合いから自分のグレートソードの間合いへと距離を詰める。

 エレーナの武器がただの鞭であればこの時点で勝負の行方はリザードマン・ジェネラルが有利になっていただろう。だが、エレーナの持っている武器はあくまでも鞭と剣両方の性能を発揮する連接剣なのだ。故に。

 ギンッ!

 力の限り振り下ろされたグレートソードは、ロングソードの状態に戻された連接剣に受け止められる。


「シャ!?」


 いつの間にか決闘相手の武器が変わっていたことに驚きの声を上げるリザードマン・ジェネラルだったが、その隙は一流を超える剣士でもあるエレーナを相手にしては致命的なものだった。


「はぁっ!」


 グレートソードと打ち合っていた連接剣を斜めに構え、刀身を滑るようにして相手の一撃を受け流し……そのまま隙の出来たリザードマン・ジェネラルの横を通り抜け様にその胴体へと刀身を当て……斬り裂く!


「っ!?」


 そしてリザードマン・ジェネラルは何が起きたのかも理解出来ないままに胴体を上下の2つに分かたれ、その生涯を終えるのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る