第72話

 カマキリとの死闘を繰り広げてから数時間。晩夏、あるいは初秋ということもありなんとかまだ太陽が沈みきらない夕方のうちにレイ達の乗った馬車はダンジョンへと辿り着くことが出来た。


「……うわ。村とかいう規模じゃないですね、これ」


 馬車の窓から外を窺っていたアーラが半ば呆れ、半ば感心したかのように呟く。

 その声にレイやエレーナ、キュステもまた窓から外の様子を窺う。

 事前の情報収集ではダンジョンの近くにあるのは自然発生した村という話だったのだが、馬車から見える限りそれは既に村というよりは街という規模だった。さすがにギルムの街と比べるとかなり小規模ではあるが。

 そして村の出入り口となる門の前には、恐らくダンジョンからの品を目的にしているのだろう商人達がそれなりの数並んでいる。

 当初、馬車の姿が見えた時には正門前に並んでいた商人達は反射的に逃げだそうとし、兵士達は武器を構えた。何しろ、馬車はともかくこの辺境でも滅多に見ないグリフォンが存在したのだからそのような行動も無理はない。

 だが御者を務めていたヴェルが貴族派の大物であるケレベル公爵とこの地を治めるラルクス辺境伯の名前でセトの安全性を保証し、同時にセトも暴れたりせずに大人しくしていた為に村の中へ無事入ることが出来たのだった。

 現在のセトはギルムの街でも付けていた従魔の首飾りをその首に掛けて大人しく馬車の横を歩いている。

 村の住人達もグリフォンを見て最初は驚くものの、従魔の首飾りを見て安堵の息を吐く。

 ギルムの街と違い、この村にいる者の殆どは冒険者であり、あるいはその冒険者を相手に商売する為にわざわざここまで来たような者達である。その為に一般人よりも肝は据わっており、自分達に危害を加えないと知ると逆にこの村の防衛戦力として期待出来ると判断し受け入れたのだった。それにダンジョンに潜る冒険者にしても、召喚獣やテイムしたモンスターを連れて行く者というのはそれなりの人数がいるというのも影響しているだろう。

 当然そのような者達だけではなくグリフォンに嫌悪の視線を向ける者も多少はいるのだが、戦力として使えるというのは事実なので黙認しているという感じだ。


「辺境に街を作るのは非常に困難で、ギルムの街を作るのにも国軍の兵士を大量に使ってようやく……という風に図書館にあった本で読んだんだが……さすがダンジョンと言うべきか」


 感心したように呟くレイ。

 この村の構造を説明しようと思えば簡単だ。村の中心部にダンジョンへと続く入り口があり、その入り口を囲むようにしてダンジョンの中からモンスターを出さない為の防壁が築かれており、そこを中心として簡素ではあるが色々な建物が広がっている。そしてその建物を守るように村全体を頑丈な木材を使って作られた大きめの柵で覆われているといった所か。

 目の前に広がる光景の謎についてはここ暫く読んでいるダンジョンについての本に載っていたので必要以上に驚くことは無かった。

 最奥にあるダンジョンの核がダンジョンを守る為に周辺にいるモンスターを強制的に転移させてダンジョン内へと取り込む為、自然とダンジョンの周囲はモンスターの数が減るのだ。その影響でこうしてギルドの者や冒険者。あるいはそれを目当てにした商人達がダンジョンの周囲へと村を作ることが可能になっている。もちろんダンジョンの周囲にいるモンスター全てを転移させる訳ではない為に、稀にではあるが村へと襲い掛かってくるモンスターも存在する。そのモンスターに対抗する為に村を防衛する冒険者が雇われているのだ。

 尚、この村の防衛についてはモンスターの襲撃が無くても多少の報酬は貰える為に、冒険者達のちょっとした小遣い稼ぎとして重宝されていたりもする。

 ただし周辺のモンスターを転移させられるのはあくまでもダンジョンの核である為、その核を破壊してしまうと周辺のモンスターはダンジョンの中に転移されなくなり他の辺境の地同様に危険極まりない土地へと戻ることになる。また、ダンジョン自体からモンスターが出て来ることも本当に稀にだがある為、ギルムの街のように内部の人間が安心して暮らせる村、あるいは街という訳ではないのだ。

 ダンジョン付近に出来上がる村や街というのはダンジョンに挑む冒険者やそれを目当てにした商人達の為の物であり、基本的にはあくまでも一時的な物なのである。

 ここで基本的には、と付けたのは中にはしっかりと国やその地の領主が計画性を持っていざという時に備えた騎士団なり国軍なりを配備して迷宮都市としているような場所もあるからだ。現在レイ達がいるのは辺境なのでモンスターの量が多いが、国の中心部に近い場所では街道に出て来るモンスターは辺境程に多くない。ミレアーナ王国に数ヶ所ある迷宮都市もそのような場所に作られている。

 

「さて。無事中には入れたが、これからどうするか」


 商人達に混じりギルドカードやらエレーナ達が持っていた身分証を使って村の中に入り、踏み固めて作られた道を馬車で移動しながらエレーナが呟く。

 その視線を向けられたレイは、少し考えて口を開く。


「大まかに2つありますね。ギルドに向かってあのカマキリについて知らせるか、あるいは先に宿を決めてからギルドに向かうか。……俺としては後者をお薦めしますが」

「ほう、何故だ?」

「ご覧の通り、この村は冒険者やら商人やらが大量にいます。なので出来るだけ早く宿を取っておかないと泊まる場所が確保できるかどうかの問題が」

「ですがレイ殿、そもそもこの村にあるような宿ではエレーナ様がお休み頂けるような場所を見つけるのは無理かと思いますが」


 レイの提案にアーラがそう反論してくる。

 アーラにしてみれば、その辺の冒険者達が使っているような安宿にエレーナを泊めなければならないというのは我慢が出来ないのだろう。

 だが、そんなアーラの言葉にエレーナ自身が首を振る。


「アーラ、あまり無理を言うな。元々私は戦場にその身を置く者だ。余程酷い場所でない限りは問題無いさ」

「戦場であればそれはしょうがないかもしれませんが、ケレベル公爵の血に連なる者としては地位と相応の場所に泊まるべきかと」


 キュステもまたエレーナへとそう告げる。


「……お前達2人の言うことも分かるが、そもそもここはダンジョンに挑む為の冒険者達を相手にした宿が大半なのだろう? お前達の言うような宿があるのか?」

「一応、その辺は前もって調べてあります。確かにこの村は冒険者達を目当てにした宿が一般的ですが、エレーナ様のように何らかの理由で高貴なる方がダンジョンに来られるというのも実はそれ程珍しくはないのです。まぁ、頻繁にということは無いらしいですが」

「そうなの?」

「……アーラ、話の腰を折るな。まぁ、アーラの質問に答えるならその通り、としか言えないな。貴族の中でも腕に自信のある者達がダンジョンに挑むというのはそれ程珍しい話ではないらしい。そして貴族たる者が平民と一緒の宿で過ごすというのが我慢出来ない者も多いのでな。その為に大抵ダンジョン付近には貴族用の宿が存在しているとか。もっとも今も言ったようにダンジョンに挑む貴族はあくまでも少数だから基本的には大規模な商会がメインの客層らしいが」


 アーラの質問に答えるキュステだが、エレーナは微かに眉を顰めて口を開く。


「キュステ。貴族として誇りを持つのは良いことだが、だからといって平民達を馬鹿にするのは感心しないぞ。我々貴族とて平民からの税があってこそ生きていけるのだからな」

「……はい。申し訳ありません。口が過ぎました」


 エレーナへと謝りつつも、レイへと鋭い視線を向けるキュステ。

 キュステにしてみれば、エレーナがレイに興味を覚えるようになったからこそ平民を重視するような発言をしているように見えるのだろう。

 そんなキュステの視線を内心で苦笑を浮かべながら受け流し、エレーナへと視線を向けるレイ。


「エレーナ様、どうしますか?」

「ふむ、そうだな。私としてはその辺の宿でも構わないのだが……」


 数秒だけ悩み、すぐに結論を出す。


「私達が泊まると色々と問題も起きる可能性があるし、キュステの言う貴族用の宿に向かうとしようか。キュステ、ヴェルに連絡を」

「分かりました」


 エレーナの言葉にキュステが頷き、御者席に通じている扉を開けて目的地を告げる。

 その様子を横目で見ながら、アーラが満足そうに頷いていた。


「……そんなに普通の宿が嫌なのか?」


 その態度に疑問を感じたレイがアーラへと尋ねると、呆れた視線を返される。


「レイ殿、一応言っておきますがエレーナ様のこの判断は私達の為でもありますが、レイ殿の為でもあるのですよ?」

「俺の為?」

「ええ。普通の宿には当然質の悪い冒険者がいる可能性もあります。そういう相手の場合は、例えばこの馬車の価値やウォーホースの価値に気が付いて盗もうとする者もいるでしょう。ですがそのような者はこの馬車よりも先にまず確実にセトへと目をつける筈です。何しろランクAモンスターなのですから。上手く捕獲出来て表沙汰に出来ない市場に流したとしたらどれ程の金額になるか。あるいは、暴れるようなら殺してしまって魔石や素材を剥ぐという可能性もあります」

「……なるほど」


 これまで拠点にしていたギルムの街では夕暮れの小麦亭というテイムされたモンスターや召喚獣に関して理解のある宿に居を構えていた為に、そういう心配をしたことが無かったレイはアーラの言葉に頷く。


(まぁ、セトを襲おうとしてもその辺の冒険者じゃ返り討ちに遭うだけだと思うがな)


 何しろグリフォン本来の能力に加えて、魔石を吸収して得た数々のスキルや1度だけとは言え飛び道具を無効化、筋力アップ、常時回復の効果を持つマジックアイテムを装備してるのだ。それこそランクBやC程度の冒険者が数人いた程度では文字通りに一蹴されるのは間違い無い。

 そんな風に考えている間にも馬車は進み、やがてそこそこ豪華な宿が馬車の中からでも見えてくる。

 通路の脇に時折建っている冒険者用の宿と比べると確かに豪華だろう。だがその程度ではいまいち納得出来なかったらしく、アーラにしろキュステにしろ微妙に不満そうな表情を浮かべてその宿へと視線を向けていた。


「遠くから見た時はそれなりの宿に見えたのですが……」

「そうだな。……だがまぁ、しょうがない。この村で一番いい宿であるというのは事実なのだからな」


 アーラとキュステがお互いに愚痴り合っている間に馬車は停止し、御者席からヴェルが扉を顔を出す。


「取りあえず宿には着いたから、後は手続きだね。えっと、悪いけどセトについてはレイが自分でお願い出来るかな? 厩舎に入れるにしても色々と注意事項とかあると思うし」

「ああ、了解した。……ちなみにここの宿泊料金は俺も払った方が?」


 一応金銭的に余裕はあるのでそう尋ねたレイだったが、エレーナは苦笑して首を振る。


「レイはこちらの要望で派遣されたのだ。旅の間の宿泊費や食費は全てこちらで持つから心配はいらない」

「助かります」


 エレーナへと軽く頭を下げ、厩舎に関して話を聞くべく馬車を降りる。


「い、い、い、いらっしゃいませぇっ!」


 宿の従業員だろう、10代半ばの少年が馬車から出て来たレイをみて緊張しきった様子でそう言い、小さく頭を下げる。

 その視線の先にセトがいるのを確認し、内心で苦笑をしながら口を開く。


「この宿を利用したいんだが、厩舎を使わせて貰いたい」

「は、はい。すぐにご案内します」


 手と足が一緒に前へと出るようなギクシャクとした動きで宿の裏側へと進んで行く少年。

 そのままだと色々と拙いだろうと判断したレイは前を進んでいる少年の肩を軽く叩く。


「ひぃっ!」

「落ち着け。緊張するのも分かるが、見ての通りセト……あぁ、いや。このグリフォンは積極的に人に危害を加えるような奴じゃないから安心しろ」

「グルルゥ」


 少年へと声を掛けながら、セトの頭を撫でるレイ。

 それが気持ちいいのか、セトは上機嫌に喉を鳴らす。

 そしてその様子を見て、少年の方も緊張が解けてきたのだろう。まだ恐る恐るとではあるが、どこか興味深そうにセトへと視線を向けている。


「た、確かに大人しいですね。……と言うか、ペットの猫みたいな感じが」

「そうだな、そんな感じで接するくらいで丁度いいと思うぞ」

「グルルルゥ」


 もっと撫でろ、とばかりに頭を擦りつけてくるセト。

 その様子を見ながら、チラリと少年の方へ視線を向ける。そこにはどこかウズウズと手を伸ばそうとしてそれを押さえている少年の姿があった。


「撫でてみるか?」

「い、いいんですか? その、噛みついたりは……」

「お前が余程変なことをしない限りは大丈夫だ」

「では……」


 ゴクリ、と息を呑み恐る恐る手を伸ばす少年。その手が次第にセトへと近付いていき……一瞬その背を撫でてからすぐに引っ込める。

 さすがに頭を撫でるというのはいきなりでは難しかったらしい。

 そしてセトが特に何も反応しないのを見ると、再び手を伸ばし……数回程その背を撫でる。


「グルゥ」


 セトが喉を鳴らすと素早く手を引っ込める。


「お、お客さん。今……」

「安心しろ。今のは不愉快とかじゃなくて背を撫でられて気持ちよかったから出た声だ」


 そこからは話が早かった。数分後には初めてセトを見た時に怯えていたのは何だったのかと思う程に嬉しそうにセトの頭を撫でている少年の姿があった。

 そのままセトを撫でながら話をしつつ、厩舎へと向かう。


「あ、申し遅れました。僕はリンデといって、この宿屋で主に雑用をしています」

「俺はレイ。見ての通り冒険者だ」

「レイさんはやっぱりダンジョンが目的でここに?」

「ああ、リンデも見たようにあの馬車にはお偉いさんが乗っていてな。その付添と言うか、護衛と言うか。まぁ、そんな感じだ」

「へぇ……僕と変わらない年齢なのにそんな大役を任されるなんて凄いんですね。っと、着きました。ここが厩舎です」


 リンデが案内をしたのは、レイもよく知っている夕暮れの小麦亭にある厩舎の2倍はあろうかという大きさのものだった。


「……でかいな」


 感心したように呟くレイに、リンデがどこか自慢気に頷く。


「何しろ冒険者の方にはレイさんみたいにモンスターをテイムしている人や召喚獣を連れてる人もいますからね。後は大きい商会が仕入れに来た時とかは大量の馬車や護衛が乗っている馬とかいますし」


 説明をしながら厩舎の扉を開けてセトと共に中に入っていく。

 中には数頭程の馬がいたが、それら殆どがセトを見た瞬間に固まって動かなくなる。だが、中にはセトを一瞥して再び食事に戻る馬の姿もあった。恐らくはウォーホースなのだろう。


「ここの利用料金は宿泊費と一緒に請求させて貰いますね。請求の方は貴族の方でよろしいですか?」

「ああ、問題無い。セトの食事も用意してくれると助かる」

「分かりました。何か苦手な食べ物とかありますか?」

「いや、ただ肉を好んで食うな」

「では、そのように」


 その後はリンデと話しているとヴェルが迎えに来て、そのまま部屋へと連れて行かれる。

 幸い、部屋は個室でキュステと同部屋というのは避けられたのだった。

 そして部屋が決まった後は落ち着く間もなくカマキリの件を報告する為にギルドの出張所へと向かうことになる。

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