第73話
宿で部屋を取り、一息吐いたレイ達は早速ギルドの出張所へと向かうことにした。
緊急の用事が何も無いのなら既に夕方ということもあり明日に回しても良かったのだが、何しろ道中で戦ったカマキリの件がある。その特殊性を考えると、翌日に回すと言った悠長なことをしていられないとエレーナが判断した為だ。
宿でヴェルが聞いた情報によると、ギルドの責任者が暫定的にこのダンジョンを囲んだ村の責任者という扱いになっているらしいというのも決め手の一つだったのだろう。
「おい、あれ見ろよ……」
「誰だあの美人。ここで見た覚えがないぞ?」
「いい女ってだけじゃないな。腕の方も相当だぞありゃ」
「それにあの女と一緒にいる奴等もそれぞれがかなりの腕を持ってそうだな」
「しかもあの身体付きとか。一晩でいいから相手をして欲しいな」
元々エレーナ自体が震いつきたくなると言ってもいいような美貌や非常にメリハリの利いたボディラインを誇っているので、村の中を歩けば非常に目立つ。
そしてダンジョンを中心にして作られた村なだけに、そこにいるのはその多くが冒険者でありお互いの名前は知らなくても顔を見知っている者というのは存外に多い。そんな場所に見たことも無いような美女であるエレーナが歩けばどうなるか。その答えが今、レイ達の目の前に広がっていた。
エレーナを見た男の冒険者は殆どがその場で立ち止まってその美しさに見惚れ、近くにいる仲間と噂をする。
……もっとも、その中でも一晩相手をして欲しい云々と呟いた者はアーラとキュステに半ば殺気の籠もった目で鋭く睨みつけられてその迫力に息を呑んでいたのだが。
そんな風に怒っているキュステやアーラとは違い、エレーナは周囲の様子を全く気にした風もなく道を歩き続ける。戦場を渡り歩いて来たエレーナだけに、周囲の様子をそこまで気にしてもしょうがないと無視しているのだ。
当然そういう風に出来る理由としては自らの腕に対する自信もある。何しろ自分を口説きたいのなら最低でも自分よりも強くなければ駄目だと公言しているのだから、血迷って襲ってきても返り討ちにしてやると思っているし、また実際にこれまではそうしてきた。
そんな風に非常に目立つ一団となりながらも、エレーナ率いる面々は村の中を進む。
……もしこの場にセトもいたのならさらに目立っていたのだろうが、幸いセトは厩舎でリンデから餌を貰ってそっちに集中していたのでこの場にはいない。一応一緒に来たがってはいたのだが、レイが説得したのだ。
「えーっと……うん、ギルドはここだね」
一同の先頭を歩いてギルドへと案内していたヴェルが立ち止まってその建物を見上げる。
そこに建っていたのはギルムの街のギルド程ではないが、かなりの大きさを誇る建物だった。ただし、あくまでもダンジョンがある間だけの期間限定として建てられたギルドなので、端から見ても色々と雑な作りであるというのはレイ達にもはっきりと見て取れた。
「うむ。では入るぞ」
その雑な作りのギルドに眉を顰めていたキュステをそのままに、ギルドの扉を開くエレーナ。
そして中に入ってギルドの中を見回していく。
「ふむ、こういう作りか」
エレーナの姿を見て思わず固まる冒険者やギルドの職員を横目にギルド内部の様子を確認していくエレーナ。
レイもまた、そんなエレーナの横でギルドの中を見回していく。
やはりこれもダンジョンの近くに臨時で作られたということが関係しているのか、ギルムにあるギルドとは大分違っていた。一番大きな違いはギルドと酒場が一緒になっていないという所だろう。素材の買い取りやパーティ申請等、一度に大量の冒険者がギルドに集まることが多い為に酒場のスペースを作るくらいならギルドを広く使えるようにとの配慮からだ。
例えばギルムにあるギルドでは依頼ボードに大量の依頼が常に発注されており、その終わる時間や始まる時間といったものも依頼ごとに違うので朝や夕方といった混雑する時間というのはあるが、それでもまだ余裕がある。だが、ここにあるギルドはその殆ど全てがダンジョンに潜ることを目的とした冒険者達が集まる為に酷く混雑するのだ。
ダンジョンの中でも夜になればモンスターがより好戦的、あるいは活動的になるというのは外と変わらない為、冒険者達がダンジョンに潜っている時間帯は大体共通しているのでそのような現象が起きる。
もちろん冒険者の中には夜だけ出て来るモンスターの素材を欲したり単純に強いモンスターと戦いたいといった者もいるが、それらは高ランク冒険者の為に人数的には極少数だ。
あるいはギルドに出される数少ない依頼である商隊の護衛を引き受けたりする者もいたりするので特定の時間以外はギルドに冒険者の姿が無いと言う訳でもないのだが。
「カウンターは……あそこか」
ギルドの中にいる冒険者やギルド職員達がようやく我を取り戻して動き始めたのを横目に、エレーナはギルドのカウンターへと向かう。
「いいか?」
「あ、は、はい。もちろんです。何か御用でしょうか?」
「ここのギルドを統括している人物にちょっと用があるのだが、取り次いで欲しい」
「その、ご用件の方を伺っても? さすがに誰にでも面会を許可する訳にもいかないのですが」
さすがにダンジョンの側にあるギルドに勤めているだけのことはあるのだろう。その若い男の職員はエレーナの存在に唖然とはしていたものの、話をしているうちにやがて落ち着き、いつも通りに対応する。
そのプロ意識に内心で感心しつつも、エレーナは話を続ける。
「そうだな、用件は2つある。まず1つはこの件についてだ」
そう言い、差し出したのは手紙の入った封筒が2通。それぞれにラルクス辺境伯とケレベル公爵の紋章により封蝋が施されている。
ギルドの職員もケレベル公爵家のものはともかく、自分達の住んでいる地を治めているラルクス辺境伯の紋章は見知っていたのだろう。鋭く息を呑んで手紙とエレーナの顔を2度、3度と見比べる。
「分かりました。すぐに支部長にお取り次ぎしてきますので少々お待ち下さい」
「うむ、分かった」
エレーナが頷き、ギルド職員が足早にカウンター内の階段を駆け上っていく。
その背を見送り、エレーナは興味深そうにギルドの中を眺める。
基本的にはケレベル公爵でもある父親からの任務を言い渡されるということが多い為、ギルドに入るという機会はそれ程多くない。ましてや元々は公爵令嬢という関係もありキュステやアーラがなるべくエレーナをそのような場所へと近づけないようにしていたという事情もある。
これがヴェルの場合は情報収集を効率的に行う為に旅の途中で手に入れた魔石や素材といったものを売ったりとそれなりに機会があるのだが。
「おい、一体何者だ? 誰か知ってる奴がいるか?」
「いや。初めて見るな。あんなに目立つ奴等なら一度見れば忘れるなんてことは無い筈だから、最近ここに来たんだろうが」
「あの立ち居振る舞いから考えると、恐らく冒険者じゃないな。俺の知ってる騎士のそれに良く似ている」
「……騎士? 騎士様がなんだってこんな辺境の、しかもダンジョンなんて危険極まりない場所に来るんだよ」
「それを俺に聞かれてもな。気になるなら本人に聞いて来いよ」
そんな風に周囲の顔見知りや仲間と話している冒険者もいれば、魔法使いとして優秀であるが故にレイの持つ莫大な魔力を感じ取り動きを止めたり挙動のおかしな者もいる。
「っ!?」
「おい、どうした?」
「……」
「なんだ、お前の所もか? うちの魔法使いもあいつ等が来た途端黙り込んで震えてるんだが……」
そんな風に騒がれる中、先程のギルド職員が階段を下りてきてエレーナ達へと近付く。
「遅くなりました。代表がお会いになりますのでどうぞ」
「世話を掛ける」
エレーナが頷き、案内するように階段を上がっていく職員の後に続く。
もちろんキュステ、ヴェル、アーラ、レイの4人もその後に続いていった。
そしてギルドの1階に残ったのはエレーナ達の正体を推測する冒険者達と、レイがいなくなった為にようやく我を取り戻した魔法使い達だけとなる。
そしてこの出来事が切っ掛けで、魔法使い達によりレイの存在がパーティの仲間へと伝わり、そのパーティと友好的なパーティへ、という具合に広まっていくのだった。
「代表、エレーナ様御一行をお連れしました」
ギルド職員は既にエレーナがどういう存在なのかを知っているのだろう。丁重にギルドの代表がいるであろう部屋まで案内するとノックをしてそう声を掛ける。
その職員の声に返ってきたのは意外なことに若い声だった。
「はい、どうぞ入って下さい」
中からの声に従い、扉を開けて中へと入る職員。その後に続くようにしてエレーナ達も中へと入る。
「ようこそいらっしゃいました。私はここのギルドの代表を務めておりますワーカーと申します」
そう言い、執務用の机から立ち上がって頭を下げてきたのはまだ20代、どんなに上に見積もったとしても30代前半といった年代の男だった。どこか柔和な顔立ちをしており、人当たりの良さそうな雰囲気を放っている。
予想していた人物像とは随分と違っていたのだろう。ヴェルとアーラは意外そうな表情を浮かべ、キュステにとっては平民であるというだけで皆一緒なのか、特に表情を変えず観察するような目で代表へと視線を向けていた。
そんな中、レイもまた驚きに眉を軽く動かす。
何しろダンジョンのすぐ側にあるギルドなのだ。当然冒険者の数も多く、その分荒くれ者も存在するだろう。そういう存在を纏め上げているギルドの代表だけに、それこそラルクス辺境伯であるダスカーのような人物を想定していたのだ。
(これがギルドの代表か。まぁ、優しいだけで冒険者達を纏め上げるなんてことは出来ないだろうから、色々と裏の顔とかがありそうな気もするが……)
レイが内心でそう考えている中、来客用のソファへと座ったエレーナが特に表情を変えることなく口を開く。
尚、それ以外の面々は護衛としてエレーナの背後に立っている。
「封書の方を読んで貰えれば分かると思うが、改めて挨拶をさせて貰おう。私はエレーナ・ケレベル。ここのダンジョンで見つかったという継承の祭壇と呼ばれる場所へと向かうべく父上であるケレベル公爵から派遣された。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします。……とは言っても、公爵令嬢が仰った継承の祭壇というのはダンジョンの最下層である地下7階、それこそボスの近くにある場所です。幾ら姫将軍と噂される方でも辿り着くのは難しいかと思いますが……」
「その辺は理解しているつもりだ。幸い私にはそこにいるヴェルという盗賊の技能を持っている部下もいるし、他の者にしても戦力的には全く問題無いだろう。……もちろん、初めてダンジョンに潜るのだから油断をするつもりはないし慎重に行かせて貰うつもりだ」
エレーナがヴェルやキュステ、アーラ。そしてレイの方へと視線を向けながらワーカーへとそう告げる。
「……分かりました。封書の方にはなるべく便宜を図って欲しいとありましたが、何か希望はありますか?」
「取りあえず今はないな。必要な物資にしてもギルムで十分に用意してきたし戦力も十分。後はスムーズにダンジョンに潜ることが出来るのなら特に問題は無い」
「スムーズに、ですか。……なるほど」
頷きながら何かを考えるワーカー。やがて執務用の机からギルドカードのような物を取り出す。
「これをお持ち下さい。これを持つ方にはギルドの代表である私に準ずる権限を保証するものです。特にダンジョンに入る時に必要になるでしょう」
「ダンジョンに入る時?」
「ええ。ダンジョンに入る時間帯は基本的にどの冒険者達も似通っています。その為に時には待ち時間が必要な時もあるのですが、そのカードを使えば待たずにすぐに入れる筈です」
「そうか、助かる。これはありがたく受け取っておこう。……ここから出て行く時には返せばいいのか?」
「はい、そうして貰えると助かります。それと、ダンジョンの地図に関してはどうしますか?」
「ラルクス辺境伯から地下3階までの物は貰っているが、それよりも詳しい地図があるのか?」
「いえ、現在出回っているのは地下3階までの物が最新となっています。それ以降に達しているパーティもあるのですが、情報の提供はあくまでも善意ですので……」
カードを懐に仕舞い、ダンジョンについての話が一段落すると数秒程の沈黙の後に改めてワーカーが口を開く。
「それで用件が2つあるとのことでしたが、1つはダンジョンの件としてもう1つは何でしょうか?」
「うむ、実はギルムの街からここに向かってる途中で妙なモンスターに襲われてな」
「妙? それは新種のモンスターということでしょうか?」
「どうだろうな。倒した瞬間魔石も残さずに溶けて消えるようなものをモンスターと定義できるかどうか。おまけに、その強さは最低でもランクBモンスターレベルと来ている」
「……それは、本当ですか?」
不思議そう、というよりは話の真偽を疑っているといった様子で尋ねるワーカーにアーラが1歩進み出る。
「エレーナ様が虚言をしているとでも言うのですか!?」
「いえ、ですがそのようなモンスターが現れたという話をギルドの代表としてそう簡単に信じる訳にもいかないんですよ。……ただ、ちょっと事情がありましてね。納得出来ると言うかなんと言うか」
「ほう? 心当たりはあるか。続けてくれ」
エレーナの言葉に小さく頷いて口を開くワーカー。
「実は、ここ数週間程こちらから旅立った商隊が幾つか行方不明になっているらしいのです。そしてここに向かってギルムの街を旅立った商人も同様でして」
「護衛は?」
「もちろん付けていました。少々お待ち下さい」
そう言いながら机の隅に置かれていた書類を手に取ってページを捲っていく。
「最高でもランクCパーティ。一番低いのでランクFパーティが護衛についてますね。エレーナ様が仰るようにランクBモンスター相当の強さを持っているというのならちょっと荷が重かったかもしれません。……ランクBモンスター相当というのは確実ですか?」
「ああ、そこにいるレイが証言してくれる」
「……レイ?」
「ギルドの関係者ならオークの集落の話は聞いてるだろう? その時にそのオーク達を率いていたランクBモンスターのオークキングを倒した奴だ。レイ」
エレーナに促され、前へと進み出るレイ。
「レイだ。道中で戦ったモンスターは確かにオークキングクラスの力を持っていた。対象は4本の鎌と甲虫のような装甲を身に纏った巨大なカマキリだったが、風景に溶け込んで周囲から見えなくなるといった能力や風の魔法のようなものを使ったのを確認した。それを倒したら刺激臭を発しながら溶けていったよ。ちなみに、カマキリを溶かした液体は地面に生えてる草も粗方溶かす程度の毒は持っていたようだな」
「……分かりました。この件はギルムの街のギルドの方にも連絡しておきます。そのカマキリ型のモンスターが1匹だけの何らかの希少種か何かだといいのですが……」
「レイの話によると、錬金術によって作られた存在ではないかという意見もあったな」
「なるほど、錬金術師ですか。ありがとうございます、その辺の情報も同時に流させて貰います」
こうして最重要だったカマキリの件の報告も終わり、その後は宿に帰って旅の疲れを癒すことにするのだった。
翌日からダンジョンへと挑む為にも。
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