第24話

 早朝。いつも通りにギルドの中は冒険者達で混み合っていた。そんな中に既に慣れた様子で入ってくるローブ姿の男が1人、レイだ。

 ちなみに今日はギルドに向かおうとした時にセトがまだ眠っていたので、ギルドにはレイ1人で来ていた。

 まだギルドに登録してから数日なのでレイのことを知らず、低い身長と一見すると華奢な体格をしているのを見た冒険者達の中でも数名がカモが来たとばかりに絡もうとしたのだが、周りの者達に鷹の爪の末路を聞かされると頬を引き攣らせて見ない振りをするのだった。

 そんな冒険者達を横目にFランクの依頼が張ってあるボードの前へと向かおうとしたその時……突然大声がギルド内部へと響き渡る。


「聞いてくれ、緊急依頼の募集だ! 依頼内容はギルムの街から1日程離れた場所にオーク共が集落を作ろうとしているので、それの殲滅。報酬は、前報酬として金貨5枚。依頼達成後に白金貨2枚だ。他にも貢献度合いによっては別途報酬を出す。また、オークの討伐証明部位である右耳の買い取りも普段は銀貨3枚だが、今回は銀貨5枚とする。尚、知っての通りオークはランクDモンスターだが、集団になるとランクC扱いだ。それでもやれると判断した者だけ参加を許可する。言うまでもなく最低でもオーク単体を1人で倒せる実力を持っている者に限らせて貰うがな。希望者は1時間後までに受付で依頼の登録をしてからギルド2階にある会議室に集合だ!」


 元冒険者なのだろう。右耳の上半分が無いその男の声はギルド内の隅々まで響き渡った。


「オークの数は!?」


 Cランクの依頼が張られているボードの前にいた男が大声で尋ねる。


「不明。ただし最低でも50匹以上は確実とのことだ」


 50匹。その数が知らされた途端、周囲の冒険者達がざわめく。


「おい、オークが最低でも50匹ってことは」

「ああ。間違い無く希少種、あるいは上位種が率いているだろう。そうなるとオークメイジなんかの魔法を使える奴等も混じってる可能性が高い」

「……どうする?」

「当たればでかい。何せ、参加しただけで金貨5枚に白金貨2枚だからな。だが、それだけの高額報酬ってことは当然危険もそれ相応にある訳だが……」

「俺はやめとくわ。以前オーク3匹相手にパーティが半壊したことがあってな」

「俺は参加だな。その報酬はでかいし、何よりオークの集落がここから1日程度の場所に作られてみろ。ギルムの街にオークの被害が広がるぞ」


 そんな話を聞きながら、レイは久しぶりにゼパイルの知識からオークの情報を引き出す。


『オーク』

 顔が豚の亜人型モンスターの総称。身長は成人男性並。基本的には剣や槍、棍棒といった接近戦を行う為の武装を好むが、弓を使うオークアーチャーや魔術を使うオークメイジ、全ての能力がオークより上のオークジェネラルといった上位種も存在している。ただし、上位種の数は通常のオークに比べると絶対数は少ない。

 戦闘技術自体は高くないのだが、力はかなり強く小手先の技は力で押し負けることが多い。

 オークの種族は基本的に雄のみであり、繁殖には他種族の雌を使用する。この時、一番多く使われるのが人間の女である。

 群れる、ということの有用性を本能レベルで知悉しており、基本的には数匹~十数匹の群れを作って暮らしている。

 ただし希少種や上位種が現れた場合はより多くの群れを纏め上げる為に100匹単位の群れを率いていることも珍しくない。


(さすがにオークの知識はあったか。まぁ、ファンタジー物の定番と言えば定番のモンスターだしな)


 ゼパイルの知識を引き出し、オークの情報があったことに満足そうに笑みを浮かべるレイ。


(さて、どうするかだが……まぁ、参加で問題無いだろう。何しろ緊急依頼ということだからギルドへの貢献度も相当期待出来る。報酬も同様に他の依頼に比べて破格だ。そして参加条件がランクに関係無いというのもありがたい。ランクの高いモンスターの討伐依頼が出た時の為に顔を売っておくというのも有りだ。マイナス要因としては不特定多数に俺の戦闘力が知られることだが……まぁ、ゴブリンの涎相手にやりあっておいて今更それを言ってもな。ただ、この依頼が終わった後に煩わしい勧誘が増える可能性は考えておくべきか)


 領主からギルドマスターへと、ギルドマスターから顔見知りの受付嬢であるレノラへと、レイが他の冒険者達に絡まれたらすぐに知らせるようにという通達が出ていることを知らないので、この依頼を受けることのメリット・デメリットを比較してあっさりメリットがデメリットを上回るのだった。

 小さく頷き、ギルド登録の時やその後の依頼で担当したポニーテールの受付嬢、レノラの下へと足を運ぶ。


「あ、レイさんお早うございます。依頼ですか?」


 ニコリ、と笑顔を浮かべながら尋ねてくるレノラへと小さく頷くレイ。その隣では猫の獣人族らしい受付嬢が他の冒険者の依頼書を処理しながらチラリチラリとレイへ視線を向けていたのだが、レイがそれに気づくことは無かった。


「それで、依頼書は?」

「さっきのオーク討伐の依頼を頼む」


 オーク討伐。その言葉を聞いたレノラは数秒固まる。


「えっと、レイさん。一応言っておきますがオークはランクD。群れているとランクC扱いのモンスターですよ? さすがにランクGのレイさんにはちょっとお薦め出来かねますが」

「依頼の募集条件はオークを倒せる戦力を持ってることだと言っていたが?」

「その、まぁ、そうなんですが……」

「なら問題無いだろう。少なくても俺はランクCのウォーターベアを魔の森で仕留める程度の実力は持っている」

「ウォーターベアッ!?」


 思わず大声を上げ掛けたレノラだったが、すぐに自分の口を塞いでそれを防ぐ。


「それに魔の森って……なんであんな危険な場所に行ってるんですか。もしかして昨日ギルドに来なかったのは魔の森に?」

「いや、あー、まぁ、話せば長くなるからこの話はまた機会があったらだな。それでオークの件は?」

「……まぁ、確かにウォーターベアを倒せる実力があるのなら問題は無いでしょうが……でも、Gランクのレイさんがこの依頼に参加するとなるとまず間違い無く悪目立ちしますよ? 鷹の爪みたいに絡んでくる人達もいるでしょうし」


 心配そうにそう言うレノラだったが、レイはむしろ望む所とばかりに口元に笑みを浮かべる。


「その時は、また賭け試合をやるというのもいいかもな」

「……出来れば止めて下さい……」


 レイの言葉に、諦めの息を吐きながら手元の書類にレイの名前を書き込むレノラだった。


「オーク討伐の受付完了です。後は2階にある会議室で待っていて下さい。依頼の詳しい説明がありますので」


 その言葉に頷き、ギルドの2階へと続く階段へと向かうのだった。






 ギルドの会議室、と言っても日本と違ってプロジェクターやら黒板やらがある訳でもない。広い空間に椅子が乱雑に並べられているだけの部屋でしかない。本来は会議室の中央に置かれているであろう大きな机は部屋の隅に寄せられていた。

 既に登録を済ませたのだろう。20人程の冒険者達が既に部屋の中へと集まっている。

 恐らくパーティを組んでいる者達なのだろう。3~5人程のグループで集まっており、オーク討伐をどう進めるべきかで話しを進めていた。そんな中へとレイは歩を進めていく。

 他の者達は数人のグループを作っているというのに、そこに1人で入って来たローブに身を包んだ小柄な少年。当然その姿は非常に目立ち、会議室にいた者達の視線を一身に集める。

 ガタッ! そしてそんな視線を送っていた者達のうち、唐突に数人程が思わず椅子に座ったまま後ずさり、その音が会議室へと響き渡る。


「おい、どうしたんだ?」

「……いや、何でも無い」

「あいつに何かされたのか? 何なら俺が話を付けてもいいが」

「やめろ! 奴には関わるな!」


 窓際の近くにいるパーティがそんな会話をしていたが、それと同様の会話はレイが会議室へと入ってきた時に様子のおかしい者達の殆どが仲間としていた。様子のおかしい者達に共通した点は1つだけ。すなわち全員が何らかの魔法を使うことが出来るというものだった。

 レイ自身は炎の魔法に特化しているので分からなかったのだが、魔法使いの中には他人の魔力を感知出来る者もいる。そしてその能力を持っていた魔法使い達がレイの身に宿る圧倒的とも言える魔力を感じ取ったのだ。


(……何だ? ドラゴンローブの価値に気が付いた奴でもいるのか?)


 もっともレイにはそのような能力が無い為、何故冒険者達が自分を見て驚いているのかが分からずに自分の身に纏っているドラゴンローブの価値に気が付いた者がいるのかもしれないと勘違いをしていたのだが。

 デスサイズを持っていればそっちの方に気を取られたのかもしれないと思ったかもしれないが、さすがにギルドの会議室へ入るのに巨大な鎌は邪魔でしかないのでミスティリングの中へと収納している。


(まぁ、いい。取りあえずは会議とやらが始まるまで待つとするか)


 内心で呟き、部屋の隅にあった空いている椅子へと腰を下ろして他の冒険者達を観察する。


「おい、あれって確か」

「ああ。鷹の爪を倒したとか言う奴だろ? 俺も今日聞いた」

「けど、それが本当ならまだGランクでしかないだろ? オーク討伐は早すぎないか?」

「まぁ、バルガスを正面から倒せる相手なんだから心配はいらないと思うがな。あいつは戦闘力だけで言えばCランク相当と言ってもいいんだし。……その分脳筋なんだが」

「戦力になればいいが……足を引っ張られるのは勘弁して欲しいな」

「そう言えば、その鷹の爪は? 奴等はオーク討伐に参加しないのか?」

「何でも、あの小僧に負けた時に武器も有り金も奪われたらしくてギルドの借金を返すのにそれどころじゃないんだろうよ」

「借金があるのなら余計にこのオーク討伐に参加すればいいものを。稼げるのは確実なんだし」

「だから、武器も奪われたんだよ。今は予備の武器を使ってるって話だ。そんな武器でオークの、しかも希少種や上位種に率いられた群れと戦いたいと思うか?」

「……まぁ、何となく分かった」


 レイから少し離れた所にいる男4人の冒険者グループが小声で話しているのだが、レイには筒抜けであった。


(借金……ねぇ。あの横暴な性格なら踏み倒しとかしそうだが。まぁ、ギルドとしてもその辺は考えてるんだろうけどな)


 一瞬だけバルガスの顔を思い出し、次の瞬間にはあっさりとそれを脳裏から消し去り他の冒険者達の様子を観察する。

 さすがにオークの群れに対する討伐依頼ということで会議室に集まっている冒険者達はそれなりの雰囲気を醸し出している。人数的には男と女の割合は大体7:3といった所で、レイが思っている程には女の数が少なくなかった。

 そしてまた冒険者達の方でもレイに興味があるのか、チラチラと視線を向ける者が多い。

 興味はあるが、人を遠ざけるような雰囲気を放っているレイには話し掛けにくい。そんな、どことなく居心地の悪い雰囲気が漂っている会議室の中へと新たに数人の冒険者達が入ってくる。

 そしてその人影を見た会議室にいた者達は、レイを見た時とは比べものにならない程にざわめく。

 その様子に興味を引かれたレイは他の者達と同様に新たに入って来た冒険者3人へと視線を向ける。

 まず最初に目に入ったのは先頭にいる男だ。年齢的には30代後半~40代前半といった所だろう。緑の髪をしており、その顔にはどこか年甲斐もない悪戯小僧のような笑みを浮かべて会議室にいる冒険者達から向けられる視線を真っ向から受け止めている。悪戯少年がそのまま大人になった人物と表現するのが正しいだろう。まるで巌のような筋肉で身を包み、身長自体は成人男性の平均程度なのだが感じる重量感はかなりのものだ。巨大なバトルアックスを背負っており、それが男の武器なのだろう。バトルアックスを武器としているという点ではバルガスと同じだが、バルガスをゴブリンとするなら、こちらはサイクロプスとでも表現すべき程に纏っている雰囲気が違う。また、その背にあるバトルアックスもどこか目を引きつけるような魅力を放っており、マジックアイテムであろうというのは魔力を感じ取れないレイにも予想出来た。

 その男の後ろを歩いているのが30代程の女冒険者。その手に杖を持っている所をみると魔法使いなのだろう。動きやすいようにしているのか、青い髪が肩口でスッパリと切られている。その女冒険者もまた部屋に入ってきた途端に反射的にレイへと視線を向けると、その魔力を直視してしまい思わず後ずさる。

 その女冒険者を受け止めた3人組の最後の人物は若い男だった。年齢的にはレイとそう大差ないか1つ2つ年上、といった所か。腰には鞘に収めた剣を下げており、動きの素早さを重視している為だろう、何らかのモンスターの皮を使ったと思われるレザーアーマーを身につけている。

 薄い青の髪や、その顔つきを見る限りでは恐らく前を歩いている2人の血を引いているのだろうと納得出来る程度には似ている顔立ち。その人物が自分にぶつかった女の見ている方、つまりレイへと視線を向けるともう片方の男へと女を任せてズカズカと近寄り、レイの目の前で立ち止まると口を開く。


「おい、お前。母さんに何をした!?」


 座っているレイの胸元を掴んで引き寄せながら。

 これが、ギルムの街でもAランクパーティとして有名な雷神の斧とレイのファーストコンタクトだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る