第25話

 自分の胸元を掴み上げている男……というよりは少年の顔を見ながらレイは無表情な目でその少年の目を見返す。

 それが気に入らなかったのだろう、少年は先程よりも大きな声でレイへと告げる。


「答えろ。母さんに何をしたのかと聞いてるんだ」

「……離せ」


 不愉快そうに眉を顰めながら口を開くレイ。

 それも当然だろう。レイ自身はまるで身に覚えがないことで絡まれているのだから。


「いいから答えろ。そっちがその気なら俺も相応の態度を取らせて貰うぞ? ……これが最後だ。答えろ」

「……」


 これ以上は話しても無駄だと判断したのだろう。レイは無言で自分の胸元を掴んでいる男の手首へと手を添える。

 そしてひと思いにその手首の骨を握りつぶそうとしたその瞬間。


「ロドス、手を離せ。その少年は正真正銘私には何もしていない。私が勝手にこの少年を見て驚いただけだ」


 ロドス、と呼ばれた少年とレイの顔の間に1本の杖が差し入れられた。


「けど、母さんっ! 母さんが何もしてないのに後ずさるなんて普通じゃない! きっとこいつが母さんに何かをしたのは間違い無いんだ」


 どこか男っぽい口調で言葉を発する女にロドスは言い募るが、女は溜息を吐いて持っていた杖をロドスの頭へと叩き付ける。

 ボグッ! と、まさに鈍器で肉を殴ったような音が周囲に響き渡り、レイの近くにいてその音を聞いてしまった冒険者達は思わず痛みを想像して眉を顰める。


「がっ!」


 ロドスもまた当然のことながら頭を押さえて床へと踞るが、そんな様子には目もくれずに女はレイへと頭を下げる。


「すまない、少年。息子が無礼を働いた。許して欲しい」

「……」


 無言で視線を返すレイに、女は床に踞っていたロドスをひょいとばかりに持ち上げて強引に頭を下げさせる。


「この通りだ。ロドスも反省しているし、二度とこのような失礼な真似はさせない。だから今回のことは水に流してくれると嬉しい。もちろん無条件で、とは言わない。何かあったらAランクパーティである雷神の斧が力を貸すと約束しよう」


 Aランクパーティ、という単語にピクリと反応するレイ。

 早くギルドのランクを上げてより強力なモンスターとの戦闘を望むレイにとっては、Aランクパーティというのは繋がりを持っておいて損になるものでは無い。そう判断したレイは小さく頷く。


「何か実害があった訳じゃないからな。Aランクパーティに貸しを作ったということで納得しておこう」


 レイのその言葉を聞き、安堵の溜息を吐く女。


(あの瞬間、この少年は間違い無くロドスの手首を砕くつもりだった。それにこの馬鹿げた魔力。こんな相手と敵対する羽目にならなくて助かったと言うべきか)


 内心で呟きながら、レイを目の前にして改めて口を開く。


「すまない、自己紹介がまだだったな。私はミン。今、少年に絡んだ馬鹿息子の母親だよ」

「母さんっ!」


 ロドスの言葉を無視して、面白そうに3人の様子を眺めている男の方へと視線を向ける。


「アレが残念ながら私の夫で、雷神の斧のリーダーでもあるエルクだ」


 自分を紹介する声が聞こえたのだろう。エルクと呼ばれた男が口元に笑みを浮かべながら3人へと近付く。


「おう、うちの息子が絡んで悪かったな。女房に紹介されたようだが、エルクだ。ま、よろしく頼む」


 見た目そのまま、といった感じで豪快に笑うエルク。レイにしてもその様子を見て毒気が抜かれたのか軽く溜息を吐いて口を開く。


「レイだ」

「って、それだけかよ。もっと何かこう、ないのか? 好きな食べ物とか、好みの女のタイプとか」

「エルク、お前は少し黙っていろ」


 ミンの声に不承不承といった感じで黙り込むエルク。少なくてもこの3人の中ではミンが一番発言力を持っているらしいと脳裏に刻んでおくレイ。


「一応私達は長いことこのギルムの街で冒険者をやっているんだが、レイ君と言ったか。君の顔を見た覚えは無いんだが、最近この街に来たのかな?」

「そうだな。ギルドに登録してからまだ数日といった所か」


 その言葉に最初に反応したのは、話をしていたミンでもなく、そしてミンの後ろにいたエルクでもない。ミンの隣で胡散臭げにレイへと視線を向けていたロドスだった。


「はぁ!? お前、ここの冒険者達が何の為に集まってるのか分かってるのか!?」

「オークの討伐だろう?」


 さらりと返すレイだったが、それが自分を馬鹿にしているように感じたのだろう。ロドスは顔を真っ赤にしてレイを睨みつける。

 だが、再度暴発するかと思ったその瞬間、再びその後頭部にミンの持っていた杖が振り下ろされる。


「がっ! か、母さん。そうポンポンと息子の頭を殴らないでくれよ。っていうか、その杖は魔法発動体であって棍棒じゃないだろ」

「黙ってろ、私が話している所に口を突っ込んで勝手に険悪になるな」

「けど!」


 ロドスがさらに何かを言い募ろうとした時、先程下で緊急依頼だと叫んでいた男が会議室の中へと入ってくる。

 それを見たミンも話はここまでと判断したのだろう。夫と息子を引っ張ってレイの近くにある椅子へと座る。


「皆、良く集まってくれた。人数的には……」


 そう言い、会議室の中を見渡す男。


「30人といった所か」


 レイが会議室に入ってきた時には20人程度しかいなかったのだが、ロドスやミン、エルクと話している間にも数人来ていたらしい。

 それ等を確認してから口を開く。


「今回の依頼を仕切らせて貰うボッブスだ。依頼の大まかな内容は先程も言ったが、オークの討伐任務だ。報酬は前金として金貨5枚。依頼終了後に白金貨2枚。また、貢献度によっては追加でボーナスも検討しよう。それとオークの討伐証明部位である右耳もこの任務に参加している者に限り通常は銀貨3枚の所を銀貨5枚とする。ここまではいいな?」


 ボッブスの声に皆が頷く。


「オークが集落を作っている場所は、このギルムの街から1日程の距離にある。数に関しては最低50匹。……いいか! あくまでも最低で50匹だ。当然これより多い数がいると想定してしておくように。また、その数からいって希少種や上位種が率いているというのもまず間違い無いだろう。出発は今日の昼過ぎになる。準備が出来た者から正門前に集合するように。予定としては道中で一泊して集落付近に明日の昼過ぎに到着。その後は夜まで休憩して夜中に夜襲を行う予定だ。質問はあるか?」


 質問はあるかとの問いかけに、冒険者の1人が口を開く。


「オークメイジの存在は確認されているか?」

「現在はまだ確認されていないが、まずいると思った方がいいだろう」

「この依頼を達成した場合のギルドへの貢献度は?」

「当然次のランクへ上がる際には考慮させてもらう。ただし、あくまでも活躍した者に限るがな。この依頼に参加しただけで無条件に、とはいかない」

「集落まで移動する為の馬車はギルドの方で用意してくれると考えていいのか?」

「ああ。ただし、独自に用意出来るというのならそれでも構わない。その場合は空いたスペースに物資を積み込んで行くことになるだろう」

「その物資はギルドの方で出してくれるのか?」

「そうなる。ただし、これも独自で用意出来るのならそちらを使っても構わない」

「指揮系統は?」

「指揮に関しては、俺が執ることになっている」


 冒険者達からの質問に淀みなく答えていくボッブス。

 その質問を聞いていたレイもまた手を上げる。


「物資の輸送手段に協力出来ると思うが、それも貢献度にプラスされるのか?」

「物資の輸送手段に協力? それはどのような手段だ?」


 ボッブスの言葉に、右手に嵌っているミスティリングを見せる。


「これはアイテムボックスの一種でミスティリングという。これを使えば物資の輸送に関しては問題無いだろう」


 そう言いながら、ミスティリングの中からポーションを取り出して見せ、その後再びミスティリングへと収納する。


「アイテムボックスって……本物か!?」

「俺、初めて見たぞ」

「俺もだ。と言うか、あんな高額なマジックアイテムは普通一生に一度見れるかどうかって所だろ?」


 会議室の中にいる者達は、レイと鷹の爪が揉めたと知ってる者も多いようだったが、どうやら賭けの賞品としてアイテムボックスを賭けたというのを知ってる者は少なかったらしい。

 そして、それを知ってた者の中でも数名はレイへと観察するような鋭い視線を送っていた。

 そんな視線を意図的に気が付かない振りをして、レイはボッブスへと視線を向ける。


「……いいだろう。そのアイテムボックスを利用して物資の輸送に協力してくれるというのならギルドに対する功績とさせてもらう」


 それからも細々とした質問が飛びボッブスがそれに答えていった。


「よし、他に質問は……無いな? それでは最後にそれぞれがどのようなスキルを持っているかを俺に教えてくれ。当然隠しておきたいものに関してはそれでも構わない。扉に近い方の先頭から順番にだ」


 その言葉を聞き、4人程の冒険者グループが前へと進んで行きボッブスへと自分達が使えるスキルを説明している。

 ギルドとしても今回の依頼の戦力として冒険者達のスキルは知っておきたいが、この依頼以外では競争相手となる他の冒険者達の前で自分のスキルを教えるようにとは言えなかったのだろう。ボッブスに教えるスキルに関しても隠しておきたいものは言わなくてもいいという寛容振りだ。


(結局、ソロは俺1人か)


 周囲の様子を眺めながら内心で呟く。レイ以外の者は全てが数人のパーティとしての参加者であり、1人でこの会議室にいるのはレイのみだった。


「レイ君、と呼んでもいいかな?」


 周囲を観察していたレイへとミンが声を掛けてくる。その言葉に頷くレイ。


「その、出来ればでいいんだが、後学の為にもアイテムボックスを見せて欲しいのだが。当然、それ程貴重なアイテムを見せて貰うのだから、相応の礼は後日させてもらう」

「構わないが、ミスティリングは俺以外には使えないようになってるぞ?」

「ああ、それでもいい。是非頼む」


 強引としかいいようのない態度に押されるようにして右腕に嵌っていた腕輪を手渡す。


「へぇ、これが……なるほど、確かに強力な魔力を感じる」


 感心しているミンの横では、ロドスが相変わらず胡散臭そうにレイへと視線を向けていた。


「ふんっ、結局は自分の実力じゃなくて強力なマジックアイテム頼りかよ。それなら俺だって……がっ!」


 最後まで言葉にすること無く、エルクの拳が頭へと振り下ろされる。


「と、父さん……」

「お前な、ミンの興味が他の人に向いてるからと言って拗ねすぎだぞ」

「父さん、別に俺はそんな!?」

「端から見てれば見え見えなんだよ。ったく。……悪いな、レイ。こいつは見ての通りお前と同じくらいの年齢なんだが、どうにも母親離れが出来なくてな」


 エルクの言葉に、チラリとミスティリングを熱心に調べているミンへと視線を向けるレイ。そこには当初出会った時の冷静さは嘘のように消え失せ、目を輝かせているミンの姿があった。


「気にするな。マザコンだろうと俺は気にしない」

「マザコン?」

「ああ。母親が大好きな奴の通称だ」

「くくっ、成る程。それなら確かにロドスはマザコンだな」

「父さん! お前もいい加減にしろよ。ギルドに登録したばかりの低ランクの癖にCランクの俺に偉そうな口を利き過ぎだぞ」


 そしてまたロドスの頭にエルクの拳が振り下ろされ、床で踞ることになる。


「ったく、図星を突かれたからってムキになるなよな」

「お、俺は別に……」


 殴られた頭を押さえつつ口を開こうとするロドスだったが、それよりも前にボッブスの大声が会議室へと響く。


「次、アイテムボックスを持ってるというお前だ!」


 その声に周囲を見回すレイだが、既に会議室にいる人数は当初の半分程まで減っていた。ボッブスとの会話を終えて既に出立の準備に取り掛かっているのだろう。


「っと、悪かったね。参考になった」


 ミンから返されたミスティリングを右腕へと嵌め直し、まだ何か言いたげなロドスをその場にボッブスの下へと向かう。


「名前は?」

「レイ」

「ランクは?」

「Gランクだ」


 レイが自分のランクを告げた途端、眉を顰めるボッブス。


「この依頼の最低条件はオークを倒せることだと知っているのか?」

「ああ。ギルドに登録したのは数日前だからまだGランクだが、ウォーターベアを倒せる程度の実力は持っている」

「……何?」

「それと、俺の実力に不安があるのならギルド職員のグランとかいう奴に聞けばある程度は分かる筈だ」

「……分かった。一応グランには聞いておくが、依頼を受けるのはあくまでも自己責任だ。力及ばず、何てことになっても文句は無いな?」


 ボッブスの言葉に小さく頷くレイ。


「いいだろう。それでお前が得意としてるのは?」

「炎の魔法、それと近接戦闘もそれなりに出来る。後はテイムしているモンスターがいる」


 自分の能力を端的に語るレイ。それを聞いて手に持っていた紙に何かをメモしていくボッブス。


「魔法も近接戦闘も可能だというのなら、分類するなら魔法剣士って所か?」

「そうだな。ただ、魔法剣士というよりは魔法戦士だな」

「……その違いは?」


 ボッブスの言葉に、ミスティリングからデスサイズを取り出す。

 柄の長さが2mオーバー、刃の大きさも1mオーバーというその巨大な武器がどこからともなく現れたのを見たボッブスは目を見開く。

 まだ会議室に残っていた少数の面々もいきなり現れたその大鎌に唖然とした視線を送っている。


「ご覧の通り、俺の武器はとても剣とは言えるような物じゃないんでな」

「……分かった。それと、物資の輸送に関しては期待してもいいんだな?」

「ああ。問題無い。こっちとしてもなるべく早くギルドのランクを上げたいからな」

「ならお前はこの後、昼前には準備を整えてギルドに来てくれ。そこで物資を預かって貰う」


 ボッブスの言葉にミスティリングを撫でながら頷く。


「所で、テイムしたモンスターは連れて行ってもいいんだよな?」

「ああ、それについては問題無い。こちらとしても戦力が増えるのは歓迎だ。ただし、他の冒険者相手に怪我をさせるような真似はしないようにな」

「セトは賢いから、危害を加えられなければ自分からちょっかいを出すような真似はしないさ」

「良し、行っていいぞ。昼前に来るのを忘れずにな」


 ボッブスの言葉に頷き、レイはそのまま会議室を出て行くのだった。

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