第12話

 ギルムの街の大通り。現在そこはざわざわとした声に包まれていた。

 いや、それ自体はいつものことであり、特におかしいことはない。いつもと違うのはそのざわめきの中心に1人の男――というよりは少年と言った方が正しいかもしれない――と1匹のグリフォンがいたことだろう。


「グルルゥ」


 周囲から晒されている視線が気になるのか、小さく鳴くセト。その声が聞こえた一瞬、周囲のざわめきが静まるがすぐにまた元のざわめきが戻る。

 だが、それも無理はない。何せグリフォンというAランクの魔物が街の中を堂々と歩いているのだ。その首に掛けられている2つの首飾りの内の片方が、テイムされたモンスターや召喚獣であると明確に現している為にまだこの程度で済んでいるのだ。もしこれが野生のグリフォンだった場合は大通り一帯の一般人は逃げ、冒険者や騎士、兵士といった存在が武器を構えて向き合っているだろう。


「気にするな。お前が何もしなければ向こうも何もしないさ」


 そう言ってコリコリとセトの頭を掻くレイだったが、そのレイからにしていかにも高級そうなローブと柄の長さ2m、刃の長さ1mという大鎌を持っているのだ。もしセトがいないとしても注目の的だったのは間違いないだろう。

 尚、そのローブはドラゴンローブという超のつくレベルの一級品なのだが、制作者である錬金術師エスタ・ノールの付与で一見して強力なマジックアイテムであるというのは分からないようになっている。それ故一見すると単純に悪目立ちするローブにしか見えなかったりする。

 そんなざわめきとともに大通りを歩くこと10分程。ランガに聞かされていた通りに冒険者ギルドと大きく書かれた看板の掛かっている建物がレイの視界へと入って来た。


「セト、あそこに動物や馬車用の待機スペースがあるから、そこで待っててくれ。この首飾りがよく見えるようにな。何か危害を加えられたら多少なら痛い目に遭わせても構わない」

「グルゥ」


 レイの声に頷くセト。そして周囲の人々はそんなレイの言葉を聞いて頬を引き攣らせるのだった。

 そしてそんなセトが指定された場所に移動するのを見送り、レイもまた冒険者ギルドの中へと向かう。


「さて、どんな場所なのやら」


 ギィッと扉を開けて建物の中へと入る。そこでレイの目に入ってきたのは予想外の光景だった。荒くれ者が大勢集まり、好き勝手に酒を飲んで時には喧嘩をし、時には下品な程の大声で笑い声を上げている。……そんな光景を予想していたレイだったが、そこに広がっていたのはかなり予想とは違っていた。確かに冒険者ギルドでは簡単な酒や食べ物を出すスペースがあるが、そこには5人程の冒険者らしき者達が酒を飲んでいる他は数人程がポツポツといるだけで、殆どの席は空いている。


「いらっしゃいませ。用件の方は何でしょうか?」


 レイがギルドの中を物珍しそうに眺めていると唐突に声を掛けられる。声のした方へと視線を向けるとそこには受付らしき場所が複数あり、その中の1人がレイへと声を掛けていた。

 さすが冒険者ギルドの顔というべき受付を任されているだけあって、数人いる受付嬢達は皆が皆美形と言っても構わない容姿を誇っている。猫耳や犬耳をした獣人や、エルフらしき耳の尖った女性。そして当然いる普通の人間。その中でもレイに声を掛けたのは茶髪をポニーテールにした人間の受付嬢だった。


「ギルドの登録を頼みた……」


 そこまでレイが口に出した時、酒を飲んでいた集団の方から唐突に声が飛んでくる。


「ぎゃはははは! ここはお前みたいな貧弱なガキが来る場所じゃないぞ! 僕ちゃんが行くのはママのスカートの中だろう?」

「おいおい、バルガス。そうからかうなよ。ほら、見てみなよ。ビビッちまって声も出せないじゃないか」

「坊主、お前がここに登録に来るには10年……いや、15年は早いんじゃないか? そんな貧弱な身体で冒険者が出来るとでも思ってるのか?」

「そうそう。武器だけは大きいのを持ってるようだが、モンスターに対してハッタリなんか意味がないんだぜ?」

「おい、絡むな。打ち上げだってのに余計な騒ぎを起こしてどうするんだよ」


 5人のうち素面気味の1人が止めようとしているものの、残りの4人は既に大分酔っ払っているのだろう。そんな仲間の声も関係ないとばかりにレイに対して小馬鹿にするような野次を飛ばしている。


(まさに小説とかでは良くある展開だな。ギルムの街に来る時に山賊とかに襲われている商人や貴族といった展開は無かったが、冒険者ギルドで絡まれるというイベントは発生するのか。山賊とかに襲われてる相手を助けるんなら謝礼とかでこっちにも見返りがあるんだろうが、酔っ払い相手に……いや、待てよ? 最後の男が打ち上げがどうとか言ってたな。ギルドに併設されている酒場で打ち上げをやってるってことは、つまり何らかの依頼を成功させた直後と見て間違い無いない訳だ。なら……)


「フン」


 野次を飛ばしている男達へとまるでゴミでも見るような目で視線を向け、わざと聞こえるように鼻で笑ってからギルドの受付嬢の方へと向き直るレイ。


「てめえっ、今俺達を鼻で笑いやがったな!?」

「クソガキが! ギルド登録に来たばかりの新米如きが自分の立場ってものを教えてやろうか? あぁん!?」

「おいおい、バルガスもゾリトも落ち着けよ。あいつは所詮ゾリトの言ってる通り登録に来たばかりの新米だぜ? 無理して強がってるのさ」

「けど、新米だからこそ年上に対する礼儀ってのはおしえてやらなきゃいけねぇだろ」


 そんな風に言ってる4人と、頭を抱えている1人。そんな5人を無視して受付嬢へと口を開く。


「で、ギルドの登録は大丈夫なのか?」

「え、ええ。こちらの用紙に名前、年齢、戦闘で使える特技があったら書いて下さい、代筆はいりますか?」

「いや、大丈夫だ」


 受付嬢の言葉にそう返してペンを手に取る。


(考えてみれば文字はともかく、言葉も普通に通じてるのか。ゼパイルの融合に感謝だな)


 そんな風に思いつつ、渡された紙に名前をレイ、年齢を15、特技の欄に火の魔法、テイマー、近接戦闘と書き込んで受付嬢へと手渡す。

 ちなみに、エルジィンでは名字を持っているのは貴族やそれに準じる者。あるいは何らかの偉業を成し遂げた褒美として与えられるのが一般的だ。なので当然この世界に来たばかりのレイは紙にレイとだけ書き込む。


「はい、ありがとうございます。ギルドカードが出来るまで多少ありますのでギルドの説明に移らせて貰います」


 受付嬢は軽く一礼をしてギルドの説明を始める。

 冒険者ギルドに登録した冒険者はランク制となっており、そのランクはH~Aとなっている。一応その上にSというランクがあるが、エルジィン中の冒険者でもSランクは3人しか存在していない程の狭き門らしい。ちなみにギルムの街が所属しているミレアーナ王国にもSランクは1人いる。

 最下級ランクのHランクは街中で済む依頼を専門に受ける者達専用のランクであり、街の外に出る依頼を受ける場合は最低でもGランクを得なければならない。HからGに上がるには、ギルドの試験官が戦闘可能であると認めれば登録初日にでもランクアップ可能。

 依頼はボードに貼られている依頼用紙を受付に持ってきて依頼の受領が完了となる。依頼用紙に書かれている報酬金額は既に街に収める税金やギルド側の手数料といった諸経費を抜いた額を表示しているので、そのまま全額が依頼を受けた者の報酬となる。また規定日数以内に依頼を達成出来ない場合は報酬の3割を違約金として冒険者ギルドに支払わなければいけない。

 尚、依頼については自分のランクの一段階上まで受けることは可能で、下限はない。例えばGランク冒険者が受けられる依頼はF、G、Hとなる。

 基本的には規定回数依頼を成功した後に申請すればランクアップが可能。ただし、EからDに上がる時、CからBに上がる時はギルドの出すランクアップ試験を受ける必要がある。

 これらを見ても分かるように、E~Gが駆け出し。C~Dが一人前。A~Bが腕利きという目安になっている。

複数人でパーティを組んでいる場合はメンバーの平均ランクがパーティランクとなり、その旨がギルドカードに明記される。また、パーティを組んでいる場合はパーティランクより2段階上のランクの依頼を受けることが可能。

 冒険者としての登録は無料だが、ギルドカードを紛失した場合は再発行手数料に金貨5枚必要。

 モンスターからの素材は冒険者が自分の判断で得意先等に販売しても構わないが、その際に何らかのトラブルがあっても冒険者ギルドは関知しない。

 尚、冒険者ギルドでもそれ等の素材の買い取りは行っているが、基本的には街にある武器店、防具店、魔導具店といったような店で買い取る値段より1~2割程安い買い取り金額となる。ただし、買い取り査定が素早い、市場に同じ素材が大量にあっても買い取り金額は一定といった利点もある。

 冒険者ギルド同士はマジックアイテムにより密に連絡を取ることが可能なので、違う国、違う支部の冒険者ギルドでも今までのギルドカードとランクは使用可能。

 依頼やその他の関係で冒険者同士が何らかの揉め事を起こしたとしても冒険者ギルドは関知しない。


「以上です」


 最後の揉め事には関知しない、というくだりでチラリと先程レイへと絡んできた冒険者達に視線を向ける受付嬢。

 釣られてレイも気が付かれないようにそちらへと視線を向けると、そこではギルドの登録が終わるのを今か今かと待ち受けている4人の姿があった。尚、最初にその4人を止めていた1人は既にその4人と自分は関係ないという意思表示なのか、離れた所で1人チビチビと飲んでいた。

 その4人が何を考えているのかは、受付嬢の説明にあった揉め事には関知しないという説明が全てだ。現在のレイはまだギルド登録前のあくまでも一般人なのだ。さすがに冒険者が一般人へと暴力を振るえばギルドからのペナルティが課されるが、それが登録したばかりだとしても冒険者同士なら問題は無いと判断したのだろう。


「何か質問はありますか?」


 受付譲の言葉に、数秒考えて口を開く。


「例えばだが、HランクなりGランクなりの冒険者がCランクやBランクの討伐依頼の魔物を倒した場合はどうなる?」

「残念ですが、依頼を受けていない状態で魔物を倒してもそれは依頼達成とは認められません。ただ、その魔物の素材を買い取るのは問題無く出来ます」

「ぎゃははは。登録したばっかのガキがCランクやBランクの魔物を倒すだってさ。寝言を抜かすのもいい加減にするんだな」

「そうそう、起きた状態で寝言を言うとかどれだけ器用に寝てるんだか」


 レイの質問を聞きつけたバルガスとゾリトと呼ばれた冒険者が含まれている一団が再度絡んでくるが、レイはそれを無視したまま受付嬢との会話を続ける。


「分かった。質問は特にない。ギルドカードはどのくらいで出来る?」

「えーっと……はい、出来ました。カードはこちらとなります。表記されている内容が正しいかどうかをきちんと確認して下さい」


 受付嬢の言葉に従い、ギルドカードを確認するレイ。ギルド登録場所が冒険者ギルドギルム支部となっており、名前がレイ、ランクがH、年齢15才と表記されている。最後に戦闘技能の場所に火の魔法、テイマー、近接戦闘と表記されていた。


「問題無い。ちなみに最後に質問を1ついいか?」


 ギルドカードを懐に仕舞い込みながら受付嬢へと尋ねる。


「はい、何でしょうか?」


 その質問に、ニヤリとした笑みを口元に浮かべながらわざと先程から絡んできている面々へと聞こえるような声で尋ねる。


「さっきから妙に絡んでくる無様で醜い騒ぐしか能のない一団がいるんだが、あの酔っ払い共のギルドランクは?」

「手前っ!」


 酔っ払っている影響もあるのだろう。レイの質問を装った挑発に、即座に怒り狂う面々。


「……その、あそこにいる方々はパーティランクDの鷹の爪の方々です」

「ほう。鷹の爪……ねぇ。俺はてっきりゴブリンの涎とかそういう身の程にあった名前だとばかり思ってたんだが」


 レイがそう呟いた途端、鷹の爪の面々が座っている場所からバキィッ! という破壊音が聞こえてきた。そちらへとレイが視線を向けると、そこには先程バルガスと呼ばれた男が大ぶりの斧をテーブルへと振り下ろして破壊している所だった。


「登録したばかりのガキがいい度胸だ。ちと表にでろ。身の程というものを教えてやるからよ」

「いいだろう。どうせついでだ。ゴブリンの涎全員纏めて相手にしてやるよ」

「あぁ!? 言ったな小僧!」

「礼儀ってもんを教えてやるよ!」


 それぞれが自分の武器を持ちながらギルドを出て行くレイの後を追いかけてくる。

 そしてギルドから出ようとした所で、レイがふと立ち止まり先程の受付嬢へと声を掛ける。


「そうそう、戦闘の心得があれば登録初日でもランクGになれるんだよな?」

「え? あ、はい。その通りですが」

「なら、その辺に関して権限を持つ奴をギルドの表に寄こしてくれ。ランクGへのランクアップを申請する」

「は、はい。分かりました」


 受付嬢へとそう言い残し、今度こそ本当にギルドから出て行くレイだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る