第13話

 冒険者ギルドの建物の前。現在、レイはそこで自分に絡んできた冒険者4人と向き合っていた。……正確には対峙していた、と表現するべきか。


「へっ、今更泣いても腕の1本や2本じゃ許してなんざやらねぇからな」

「鷹の爪を侮辱した報いを受けさせてやるよ」


 バルガスがバトルアックスを、ゾリトが長剣を手に持ちながらレイを相手に凄みを効かせる。

 その後ろでは2人の連れである冒険者2人がそれぞれ弓と短剣を持ってニヤニヤとした笑みを浮かべながらレイの方を眺めていた。

 4人とも、打ち上げということで武器はともかく防具は装備していなかったのか普通の服のままだ。

 そしてそんな4人とレイの周囲には距離を取りつつも街の住人が野次馬として群がっている。

 この時バルガス達4人が酔っ払ってなく、尚且つ注意深く周囲に集まっている物見高い者達の声を聞いていたらレイがセトと共に大通りを歩いてきたと野次馬が近くの者達に話している声が聞こえただろう。

 ちなみにセトはと言うと、レイが冒険者ギルドから出て来た時には既に気配や魔力といったもので気が付いていたのだが、首を上げた所でレイの目配せを目にして再び寝転がったまま目を瞑ってしまう。

 いつもレイに甘えているセトだが、今レイの目の前に立っている冒険者達の腕を殆ど本能的に察して特に問題が無いと判断したのだった。

 尚、バルガス達は酔っ払っている影響や、こんな街中にグリフォンがいる筈がないという思い込みもありセトの存在には気が付いていない。

 いや、普通は街中にグリフォンがいると予想出来る方がおかしいのは事実なのだが。


「さて、ゴブリンの涎の能無し共。折角だから賭けをしないか?」

「……賭け、だと?」


 ゴブリンの涎、という不名誉極まりないパーティ名に額に青筋を立てながらもレイに話の先を促す。

 ちなみに、それを聞いた野次馬達も余りに余りなパーティ名に失笑を浮かべていたのだが、弓矢を持った男が鋭く周囲を睨みつけて黙らせる。


「ああ。賭けだ。さっきの話を聞いていたんだが、お前等は奇跡的にも、一生分の運を使い尽くして、ようやく依頼を成功させたんだろう? で、その打ち上げをやっている時に冒険者登録をしにきたばかりの俺に絡んできて、本当のことを言われてその無意味に高いプライドが……」

「黙れ! さっきから黙って聞いてれば何を好き勝手に言ってやがる! 一生分の運を使い果たした? 運良く? ようやく? てめぇこそ登録したばかりの新人が何を偉そうに俺達を見下してやがる!」


 一々挑発してくるレイに、バトルアックスを思い切り振って威嚇しながら吠えるバルガス。

 その斧を振った時に出た空気を切り裂く音は、バルガスが決して口だけの男ではないことを証明していた。


「まぁ、難しい話はいいだろう。そこで賭けの内容だ。俺がお前達ゴブリンの涎4人と順番に1人ずつ戦っていく。それでお前達が勝ったら……そうだな」


 懐から金貨の入った袋、ミスリルのナイフを取り出し、右腕からミスティリングを外す。


「金貨7枚に、最上級のミスリルで作られたナイフ。そしてアイテムボックス機能が付いているマジックアイテム。これ等をお前達にくれてやろう」


 レイの差し出したものを見たバルガス達が大きくざわめく。それだけではなく、周囲の野次馬達の中でもある程度マジックアイテムに詳しい知識を持つ者は、信じられないとばかりの視線をミスティリングへと向けながら周囲の者達にレイの出した品がどれだけの価値があるのかを説明している。


「ふざけるな! 今日ギルドに登録したばかりの、しかもお前みたいなガキが何でそんな物持ってる! 偽物で俺達を誤魔化そうったってそうはいかねーぞ!」


 バルガスの咆吼のような怒声。それも無理はない。金貨はともかく、ミスリルのナイフにアイテムボックス。それ等を実際に買うとしたら、それこそ光金貨が数十枚、下手をしたら数百枚は必要になるだろう。ミスリルのナイフはともかく、アイテムボックスというのはそれ程の稀少品なのだ。

 だがそんなことは知ったことかとばかりに、目の前にいる4人相手に見下すような目を向けているレイ。


「本物かどうかは、もし俺に勝てたらどこかで鑑定するなり自分達で使ってみるなり好きにしろ。さて、それより俺がこのレベルの品を出す以上はお前達にもそれ相応の物を出して貰わないとな」

「……」


 レイの言葉に無言で返す4人だが、それも当然だろう。所詮バルガス達はDランクの冒険者でしかないのだ。アイテムボックスというマジックアイテムは見るのすら初めてなのに、それと同等の品物などある筈も無い。ただ、脂汗を滲ませながら野次馬達に対するピエロの如く晒し上げられている現状に殺意の籠もった目でレイを睨みつけるのみだった。


「どうした? お前達の賭ける品を出せよ。……とは言っても、お前等みたいなゴブリンの涎如きじゃ無理だというのは予想出来る。だから、お前達が今持っている全財産で許してやるよ。依頼達成の祝いに来てたんなら多少ではあっても持ってるんだろう?」


 レイの言葉に、さらに殺意を込めた目をするバルガス達。

 実はこの時点でレイは勘違いをしていた。レイとしては、この場で4人が持っている全財産を取り上げたとしても宿なりどこなりに多少の蓄えはあると思っていたのだ。しかし、バルガス達は宿に金を置いておいて盗まれる可能性を考え、本当の意味での全財産を持ってきていた。だが、この判断は実はそうおかしなものではない。辺境にある街としては治安がそれなりにいいギルムの街だが、当然盗人が存在していない訳ではないのだから。


「……いいだろう」

「バルガスッ!?」


 頷いたバルガスに非難の目を向けるゾリトと残り2人の男達。


「お前等も覚悟を決めろ。ここまで虚仮にされて逃げ出したりしたら、俺達は明日からずっと笑いものだぞ! それに勝てばいいんだよ、勝てば。そしたらあのアイテムボックスにミスリルのナイフは俺達の物なんだ」


 バルガスのその言葉に物欲を刺激されたのか、それとも後には退けない状況だと理解したのか、残り3人の男達も目を据わらせてレイの方を睨みつける。


「決まったらしいな。なら、お前達の全財産もそこに置いて貰おうか」


 レイの言葉に、4人が懐から金の入った袋を取り出してミスティリングの置かれている場所へと放り投げる。

 その様子に、ニヤリとした笑みを浮かべながら口を開くレイ。丁度そのタイミングでギルドのドアを開けて1人の男が出て来たのだが、気配を殺していた為にそれに気が付いたのは少し離れた所にいるセトとレイのみだった。


「さて、このままここにこれを置いといて戦ってる時に誰かに盗まれでもしたら面白くないな。……セトッ!」


 レイの声に不審そうな顔を向けていたバルガス達だったが、誰に呼びかけたのかはすぐに分かった。……強制的に分からされた。


「グルルルルゥッ!」


 雄叫びのような声を上げながら、寝そべっていた状態から瞬発力だけで大きく跳躍して体長2mを越す大きさのグリフォンが現れたのだ。ミスティリングやミスリルのナイフをまるで守るかのように立ちはだかったセトに、野次馬の中でも半分程が悲鳴を上げながら逃げていく。それでも逃げ出したのが半分程度で済んだのは、レイがグリフォンを従えているという情報が野次馬達の間で囁かれていたのと、実際にセトの首にテイムされたモンスターや召喚獣であるとの証である首飾りが掛けられていたからだろう。 

 ……当然、一般人なら普通はまず見ることのないグリフォンを見てみたいという怖い物見たさというのもあるのだろうが。


「ひ、ひぃっ!」


 長剣を持っていたゾリトが悲鳴を上げて地面へと座り込む。腰を抜かしたのか、そのまま立ち上がる様子は無い。

 バルガスを初めとした他の面々もただただ唖然としてセトを見上げていた。

 そんな4人を相手に、レイは口元に嘲笑を浮かべつつ口を開く。


「安心しろ、ゴブリンの涎如きにセトの手は借りるまでもない。俺だけでお前等の相手をしてやる。セト、俺がこれからこいつら4人と1人ずつ戦っていく。勝者にお前の足下にある賞品を与えるんだ。それがどんなに有り得ない可能性としてこいつらが勝者となった場合でもな」

「グルゥ」


 レイの言葉に小さく鳴いて承諾するセト。その様子を確認してからデスサイズを手にしてバルガス達へと声を掛ける。


「ということだから安心して俺に倒されろ。ほら、早速始めるぞ。まずは誰からだ?」

『……』


 そう尋ねるレイだが、バルガス達は先程までの威勢はどこに消えたのか、ただ顔を青くして黙り込むだけだった。その顔には数分前まで残っていた酔いの色も既に消え去っている。


「はぁ、だんまりか。……まぁ、いい。ならまずはそこで腰を抜かしているゾリトとかいう奴からだな。ほら、いくぞ」


 勝手に宣言し、デスサイズを構えたまま腰を抜かしたゾリトへと歩を進めるレイ。


「ひっ、ひぃっ! 来るな……来るなぁぁぁぁぁぁっっっっっ!」


 徐々に近付いてくるレイに恐怖を覚えたのか、ゾリトは地面に転がっていた己の長剣を必死に掴むと殆ど恐慌状態のまま斬りかかる。

 その一撃にはDランク冒険者としての技量や経験といったものは一切無く、ただ目の前にいるレイをどうにかしたいという思いだけで斬りかかった一撃だった。


「雑魚が」


 当然そんな一撃がレイに当たる筈もなく、遮二無二振られる長剣をしっかりとその目に捉え、小刻みに身体を動かして全ての攻撃を回避しながらデスサイズの柄を振りかぶる。


(ウォーターベアの肉体すらあっさりと貫通したんだから、取りあえず突きは余り使わない方がいいな)


 さすがに絡んできたとは言っても、それだけで相手を殺してしまってはギルドからどんなペナルティが待ってるか分からない。なので目標は全員気絶といった所か。そう判断したレイは横薙ぎにされた長剣の一閃をしゃがみ込みながらゾリトの懐へと潜り込み、目の前にある脇腹へとデスサイズの柄を今の一撃のお返しだとばかりに3割程の力で叩き込んだ。

 バキィッという、ゾリトの肋骨が砕ける感覚をその手に、特に何も感じた様子も無く自分より30cmは大きいその身体を横へと吹き飛ばす。

 肋骨を砕かれつつも、吹き飛ばされたゾリトは冒険者ギルドの壁へと叩き付けられ……


「がふっ!」


 べしゃっ、とでも表現出来そうな音を立てて地面に倒れ込み、意識を闇へと沈ませた。


「これで1人だな。次、そこの短剣使い。来い」


 気絶したゾリトには目もくれず、短剣を持って固まっている男を手招きする。


「……」


 しかし事態の成り行きについて行けていない男は身動きすらしない。


「はぁ。本当にこれでDランクなのか?」


 溜息を吐きつつ、ゾリトの時のように近付いていき柄を一閃して同じく吹き飛ばす。続いて弓矢の男も同様に吹き飛ばし、それぞれが腕や脇腹を骨折する羽目になっていた。

 そんな無様をさらして気絶している3人を一瞥し、最後に残っているバルガスの方へと振り向いたところで……


「ちぃっ!?」


 目の前に広がったバルガスの顔と、振り下ろされそうになっているバトルアックスを見て咄嗟にデスサイズの柄を横薙ぎに一閃する。

 ギィンッ! という甲高い音を立てつつ、弾かれるデスサイズとバトルアックス。

 幾ら殺さないように手加減をしているとは言っても、デスサイズの柄とまともに打ち合って刃こぼれすらしていないバトルアックスに初めて興味深そうな目を向けるレイ。

 言うまでもなくデスサイズはレイの莫大な魔力を物質化して作られた……否、正確には創られたマジックアイテムだ。魔石を吸収することによりスキルを増やしていくという特性や数々の性能を考えると、実はミスティリング以上の稀少品だったりするのだ。


「その斧、何らかのマジックアイテムだな?」

「五月蠅ぇっ! 糞っ、糞っ、くそがああぁぁっっ!」


 憎悪に染まった目でレイを睨みつけながら、バトルアックスを振り下ろし、跳ね上げ、叩き付ける。

 その速度や技術はそれなりに高度なものであり、見る者が見たらDランク冒険者以上の戦闘能力を持っていると言ってもおかしくはない技量だった。少なくても剣筋も何も無く、ただ闇雲に長剣を振り回していたゾリトよりは余程マシだろう。

 実はレイがその本性を見せてからある程度時間が経っているからこそ、多少ではあるがバルガスが我に返っているというだけだったりするのだが。

 だがバルガス必死の猛攻も、レイの身体能力や高い五感を持ってすれば見切るのはそう難しい話ではない。振り下ろされた一撃は身体を半回転させて回避し、薙ぎ払うような一撃はデスサイズの柄で弾く。地面を擦るような位置から跳ね上げられた一撃はデスサイズの柄を滑らせるようにしてその攻撃を逸らす。

 そんな攻防のやり取りが続くこと数分。さすがに全力で斧を振り回し続けていたバルガスも限界なのか、レイが後方へと下がるように強引に横薙ぎの一撃を繰り出してレイとの距離を取る。


「ぜはぁっ、はぁっ、はぁっ……」


 レイとの距離を取ったバルガスは、息を整えつつ痺れたように既に感覚のない腕の様子を確かめる。

 デスサイズの能力の1つである重量軽減。使用者であるレイにとっては割り箸程度の重さにしか感じられないが、その一撃を受けた方は100kgを越す金属の塊をぶつけられている状態なのだ。それを考えると、バルガスは数度の打ち合いのみとは言ってもよく持ち堪えている方だろう。


「さて、そろそろ手は出尽くしたか? なら俺の方から行かせて貰うが」

「黙れぇぇぇぇっっっっ!」


 軽い挑発に、まだ息も完全に整っていないというのに再び突っ込んでくるバルガス。この辺が戦闘技術の割にはまだDランクで燻っている理由なのだろう。

 叫びと共に振り下ろされようとしているバトルアックスの一撃。それを目にしたレイは、斜め前。即ちバルガスの真横へと跳び……スレイプニルの靴を発動させて空を蹴る! 一種の三角跳びの要領でバルガスの懐へと飛び込み……バトルアックスが完全に振り下ろされる前にバトルアックスを持っている腕、脇腹、膝関節の3箇所をデスサイズの柄で殆ど同時に殴りつける。

 腕の関節を折られてバトルアックスが地面へと叩き落とされ、脇腹を殴られて肋骨を折られ、膝関節を砕かれて地面へと倒れ込む。

 それらの攻撃は瞬き1つするかしないかという一瞬で行われ、バルガスは地面に倒れ込んだまま痛みに気絶した。

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