第11話

 詰め所の中に入り、ランガに勧められて椅子へと座るレイ。セトがこの場にいない為にいつでも使えるようにデスサイズは椅子の隣に立て掛けてあったりする。

 その様子に苦笑を浮かべながらも、ランガは水差しから木のコップに水を汲み、自分で一口飲んで妙な物が入っていないと証明してからレイへと手渡す。


「悪いな」


 さすがに何時間もセトの上で飲まず食わずだった為に、一口でその水を飲み干す。

 冷たい……とはとても言えない温度だったが、それでも喉が渇いていた為にそれなりに美味く感じた。


「もう一杯どうかな?」

「貰おう」


 再度コップに水を汲み、そこでようやくランガもレイの向かいへと腰を下ろす。


「さて、まずは何から聞くべきか。いや、その前に自己紹介と行こうか。先程も言ったが、私はこのギルムの街で警備隊の隊長を務めているランガと言う」

「レイだ。表にいるグリフォンはセト」


 短い自己紹介が終わり、いよいよ本題とばかりにランガが口を開く。


「そうだね、まずはこの質問から行こうか。このギルムの街には何の目的で?」

「その質問に答える前に1つ聞きたい。ギルムの街とかいったか。ここには冒険者ギルドはあるか?」


 ゼパイルの知識によれば、冒険者ギルドはそれこそ都とか表現される所じゃないと支部がないということだった。だが、今のレイにとってはゼパイルの知識はあくまでも参考程度のものでしか無くなっていた。そして……


「そりゃあ当然じゃないか。小さな村にも冒険者ギルドの支部があるのが普通なのに、このギルムの街に無い訳がないだろう?」


 あって当然、といった様子でランガが頷く。


(やはりな。これで決定的だ。ゼパイルの知識は……かなり古い。どの程度の誤差があるのかも後で調べないと駄目だな)


 内心で溜息を吐きつつ口を開く。


「良かった。何しろ生まれてから俺と師匠の2人しか人のいない所で暮らしていたからな。どうも世情には疎いんだ。俺の目的としては簡単だよ。冒険者になる為に来た」

「……さっきの口ぶりからすると、この街に冒険者ギルドの支部があるかどうかも分からなかったのにかい?」


 口調は柔らかいが、嘘は見逃さないといった感じでランガが質問する。

 それに対してレイは軽く肩を竦めるだけだった。


「さっきも言ったが、生まれてからずっとどこともしれない山奥で師匠と一緒に暮らしてたんだ。その師匠にしても魔術馬鹿で一般常識の類はどうにも疎かったからな」

「……魔術? 魔法じゃなくてか?」


 不思議そうに尋ねてくるランガ。この点でもまた、ゼパイルの知識の頼りなさが明らかになった瞬間だった。


「魔法? うちの師匠は魔術って言ってたけど……こっちでは魔法って呼ぶのか?」

「……なるほど。確かに君は世間の一般常識を知らないようだな。魔術なんて呼んでいたのは数百年も前のことだよ。今では魔術なんて呼び名は殆ど使われておらず、魔法と呼ばれている」


 数百年、という所で微かに眉を顰めたレイだったがすぐに気を取り直して話を続ける。


「それが本当なら確かにうちの師匠は余程の世間知らずだな。……まぁ、修行に出てこいといって空間魔術……いや、今風の呼び方なら空間魔法でどこともしれない場所に転移させるんだからそれもおかしくはないか」

「修行?」

「ああ。一通りの魔法を修めたから後は自分で修行して力を磨けと」

「なるほど、それで冒険者な訳だ。ちなみに、表にいるグリフォンは君の魔法で?」


 コップの水を一口飲んでから首を振る。


「セトに関しては魔法で従わせてる訳じゃない。テイマーという技能を聞いたことがないか?」

「確かモンスターを使役する技能だね。では、それで?」

「そうなる」

「うーん、召喚魔法とかじゃないのか。……そうすると……」


 レイの言葉にランガは何かを考え込む。

 その様子に微妙に嫌な物を感じたレイだったが、ランガが口を開くのを黙って待っていた。


「一応、この街の冒険者にもモンスターをテイムしている者は存在する。ただ、それでもAランクモンスターのグリフォンを……なんて冒険者はいなくてね。いてもDランクまでのモンスターだから、どうしたものかと思ってね」


 そう言うランガだったが、そもそもこの世界の常識を知らないレイにとってはAランクとDランクの具体的な違いというのは良く分からなかったりする。戦闘力や危険度によるランクだというのは予想出来るのだが。


「それと、話は変わるんだけど一応この街に入るには税金を払わないといけないんだけど」


 このエルジィンという世界では、基本的に銅貨10枚で銀貨1枚。銀貨10枚で金貨1枚。金貨10枚で白金貨1枚、白金貨10枚で光金貨1枚となっている。

 レイに分かりやすく説明するとしたら銅貨1枚が百円、銀貨1枚が千円、金貨1枚が一万円、白金貨1枚が十万円、光金貨1枚が百万円といった所か。


「で、基本的に冒険者以外の人――つまり旅人とか商人とかだね――は基本的に街に入る度に銀貨1枚の税金が必要になる」


 冒険者が街に入る際に税金が掛からないというのは単純な話で、そうすると冒険者達がその街をホームタウンとして使わなくなるからだ。考えてみれば当然の話なのだが、街の中と外を行ったり来たりする必要性のある依頼もあったりするのに、その度に銀貨1枚を取られていては堪った物ではない。その為、街を治める貴族達は冒険者ギルドに所属している冒険者がギルドカードを見せた場合に限り街に入る際の税金を免除している。銀貨1枚の税金よりも冒険者達に依頼を受けて働いて貰った方が結果的に街に戻ってくるリターンが大きいと判断しているからだ。

 ちなみにこの考えが広まった当初、とある強欲な領主が自分の治める領地内で冒険者の税の免除を認めなかったいうことがあった。その結果、その強欲な領主の領地からは次々と冒険者が出奔し、尚且つ新たな冒険者も寄りつかなくなった。その結果モンスターの討伐依頼を受ける者もいなくなり、それを聞いて商人も寄りつかなくなるという悪循環が起き……最終的に税収が驚く程減った領主が強引に税を取り立て、民の反乱を招き、領主が討ち取られたという結末が待っていたのだ。その話が広まって以来、冒険者に対して街に入る際の税金を免除するというのは不文律となったのだった。

 ランガからそのような話を聞いたレイは思わず溜息を吐く。


「つまり、現在の俺はまだ冒険者じゃない。だから税金が必要だと?」

「そうなるね。師匠から餞別とかは貰わなかったのかい?」


 ランガの質問に小さく首を振るレイ。そもそも師匠なんて存在していないのだから餞別なんて貰える筈もないのだ。


「うーん、どうしたものか。出来れば私がお金を貸して上げたい所なんだけど、その辺は規則で禁止されているし……」


 呟きながらレイをじっと見つめるランガ。

 ランガの立場としては、怪しい人物を街に入れる訳にはいかない。しかし、目の前にいるレイという人物は悪人には見えない。それどころかグリフォンというAランクの魔物を操り、桁外れの大鎌をも操るという、見るからに腕の立つ人物なのだ。ギルムの街は辺境にあるという関係上、魔物の討伐という依頼がかなり多い。腕の立つ冒険者はいればいる程に街の安全を守る為の力となってくれるのだからここでみすみす逃す手は無いと考えていた。

 尚、現在レイがいるのギルムの街というのはエルジィンにある大陸の中でも中央大陸の大国であるミレアーナ王国にある辺境に位置している街だったりする。


「そうだね。じゃあ何か売ってもいいような物とかは無いのかな? それを僕達が代わりに街の中にある店に売りに行くとかは出来るけど」

「売ってもいいような物……ねぇ」


 ランガの問いに、パッと思い浮かんだのがミスティリングに入っているゼパイル一門から譲られた品々だった。竜の鱗や骨といった素材の他にもマジックアイテムも多数ある。だが、それを売るのはさすがに躊躇われた。何しろレイの今の身分はあくまでも冒険者志望の一般人なのだ。それも身長165cm程度と背も小さい。そんな人物が伝説級とも言えるような素材やアイテムを出したら完全に怪しまれるだろう。それに出来ればそれらの貴重な素材は自分やセトの装備品として使いたいという思いもあった。


(……いや、待てよ?)


 そこまで考えて、ふと思いつく。確かにゼパイルから譲って貰ったミスティリングの中身は迂闊に売りに出せないが、自分自身で入手した物は別だろう。


「こういうのとかはどうだ?」


 脳裏のリストで刃ムササビの死骸を20匹程と、水熊の毛皮を出す。


「こ、これは……君はアイテムボックス持ちだったのかい!? それにこれは魔の森の入り口に巣くっているジャルムとウォーターベアの毛皮じゃないか!」


 突然何も無いような場所から取り出した刃ムササビ――ジャルム――と水熊――ウォーターベア――の毛皮に驚愕の表情を浮かべるランガ。

 尚、レイは全く理解していなかったが、ミスティリングのようなアイテムボックスと呼ばれる種類のマジックアイテムはそれなりに稀少であり、その中でもミスティリングのような桁外れの収納容量を持つ物に至っては世界でも片手で数えられる程の数しか現存していなかったりする。


「これは、その……もしかして君が仕留めた……のかな?」

「ああ。転移先の森でいきなりその水熊……ウォーターベアとか言ったか? それに襲い掛かられて、セトと一緒にどうにかこうにか倒せた。何しろそれが初の実戦だったから予想以上に手間取ったが」


 内心で水熊をそのまま直訳したかのようなウォーターベアという名前に苦笑しつつも頷くレイ。


「なら、君が転移させられた場所は魔の森ということになる。少なくても私の知ってる限りでウォーターベアとジャルムの存在が確認されているのはこの辺だと魔の森しかないからね」

「魔の森?」

「ああ。ランクの低いモンスターも多いが、それ以上にランクの高いモンスターが生息している場所として危険視されている森だよ。何故か森の中からモンスターが出て来ることは滅多に無いから冒険者達が進んで出向くことはない。時々出る特定のモンスターの素材を得る為に出向くということはあるようだけど。それにしても、初陣でCランクのウォーターベアを倒すというのはちょっと信じられないね」

「ま、その辺は好きに想像してくれて構わない。で、この毛皮とジャルムとやらは買い取って貰えるのか?」

「あ、ああ。すぐに手配する」


 レイの言葉に我に返ったランガが部下を数人呼び寄せると、毛皮とジャルムを持たせて街の中へと走らせる。その様子を見送ってからランガが済まなさそうな顔でレイへと頭を下げた。


「申し訳ない。買い取りの査定に少し時間が掛かると思うので、もう暫くこの詰め所で待ってて欲しい」

「気にするな。グリフォンを連れていきなりやって来て、尚且つ払う税金もない状態の俺を手厚く迎え入れてくれたんだ。恨む要素は無い」

「そういって貰えると助かるよ」


 苦笑を浮かべるランガだが、元々はAクラスの魔物であるグリフォンを連れた相手なので手荒な真似をしてもまず勝てないと判断して丁重に対応したというのが正しい所だ。……元々ランガ自身が手荒な方法を好まないというのも事実なのだが。

 今回は偶々それが功を奏する形となったのだ。

 そして詰め所の中でレイとランガが世間話……という名の情報収集を始めてから1時間程。普通なら昼食の時間が終わり、午後からの仕事を始める頃になってようやく毛皮やジャルムを売りに出ていった兵士達が戻ってきた。


「隊長、ただいま戻りました。これがそちらの方の品を売った金額になります」


 兵士が渡した小さめの袋をそのままレイへと渡すランガ。


「その、ウォーターベアーの毛皮は処理の仕方に失敗した所が多かったらしく本来なら金貨7枚らしいのですが金貨5枚に。ジャルム20匹に関しては解体すらしていなかったので解体費用込みで1匹銀貨1枚の合計金貨7枚になりました」


 兵士の言葉通りに、袋の中には金貨らしきコインが7枚入っていた。


(金貨7枚……つまりは7万円か。予想よりちょっと安かったな)


 内心で舌打ちするレイだが、その原因が自分の解体のミスとあっては誰も責めるに責められない。

 袋の中から金貨を1枚取り出してランガへと渡す。


「はい、税金の方確かに。銀貨9枚のお釣りです。それと、テイムされたモンスターだったり召喚獣を街中で連れて歩く場合はこの首飾りを見て分かる場所に付けておいて下さい。テイムされたモンスターや召喚されたモンスターが暴れたりして被害を出した場合、その処罰は主人の方にいきますのでご注意を。尚、あのグリフォン程の大きさのモンスターを連れているのなら街の東の方にある、夕暮れの小麦亭という宿がお薦めです。と言うか、そこくらいしかグリフォンを休ませられる宿は無いというのが正確な所ですが」

「分かった。ちなみに冒険者ギルドは?」

「街の中に入って、大通りを真っ直ぐに進めばすぐに見えます」

「色々と助かった」

「いえ。では、ようこそギルムの街へ。よい出会いがありますように」


 ランガにそう送り出されて、レイは詰め所を出るのだった。

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