第10話
朝日も昇ってきた頃、セトが喉を鳴らしながら自分の身体に寄り掛かって眠っているレイに対して身体を揺すって起こす。
「ん? セト……か?」
「グルゥ」
目を擦りながら周囲を見回すと、既に太陽がその姿を完全に現しており早朝であることが理解出来る。
「朝か。……思ったよりもぐっすりと眠れたな」
呟きつつも、立ち上がって身体の調子を確かめる。昨夜の寝る直前まで身体を動かしていたのだが、筋肉痛のようなものは一切無かった。
「グルルゥ」
セトの声に振り向くと、そこには水球が浮かんでいた。これで顔でも洗えということなのだろう。
「助かる」
短く礼を言い、昨夜と同じように水で顔を洗って水気を適当に切ると自然乾燥に任せる。
その後は眠っている間もセトが面倒を見ていたおかげでまだ燃えている焚き火で水熊の肉を適当に焼いて朝食を取り、最後のクララの実2個を1個ずつ分け合って出発の準備は完了した。
「さて、そろそろ出発しようと思うんだが……昨夜は見張りを任せたけど、体力的に大丈夫か?」
「グルゥ」
レイの問いに全く問題無いと鳴くセト。
通常のグリフォンなら一晩徹夜すれば多少の疲れは見せるのだが、セトはレイの莫大な魔力を使った魔獣術によって生み出されたグリフォンだ。一晩どころか一週間くらいの徹夜は特に問題無く行えたりする。もっとも、さすがにそんなことをしたらその後の数日は休養に充てなければならないだろうが。
「そうか。なら、早速行こうか」
「グルゥ」
森の中の時と同じく、背を屈めて乗るように促す。レイは感謝の意味を込めてその背を軽く撫でてからデスサイズを持ったまま跨がる。
「グルルルルルルルゥゥッッ!」
高く鳴き、数歩の助走で翼を羽ばたかせてまるで空を走るようにして駈け上がっていく。そして十分な高度を取ったところでその巨大な翼をはためかせながら首だけを自分の背に乗っているレイの方へと向ける。
「グルゥ?」
どっちに行くの? と尋ねてくるセトに南の方を指し示すレイ。当てになるかどうかは分からないが、ゼパイルの知識によるとこの森から南へ数日進めばそれなりに大きい街がある……となっている。
ただ、既にレイはゼパイルの知識はそれ程当てにならないと判断しており、あくまでも参考程度にしか考えていないが。しかし、それでも参考になるものがあるのと無いのでは随分と違ったりする。
「南へ」
「グルゥッ!」
レイの言葉に鋭く鳴き、一路南へと進路を取ってその翼を羽ばたかせる。
「……凄いな」
セトの背から眺める光景に、思わず言葉を漏らす。
レイの眼前に広がっているのは、どこまでも突き抜けるような青空と一面に広がる緑の絨毯。見渡す限りに街や村といった人工物は一切存在しない。
東北の田舎町で生まれ育ったとは言っても、当然自分の住む家や近所の家。自転車で通える場所には街と言える場所もあった。そんなレイだけに、眼前一杯に広がる自然だけの世界というのは生まれて初めてみる景色だった。
「グルルルゥ!」
レイが空からの景色を見て喜んでいるのが分かったのだろう。セトは嬉しげに鳴き、より大きく翼を羽ばたかせて空を疾走する。
「……っと、見とれてるだけじゃなくて俺の素性を考えておかないとな」
そもそも自分はこの世界の常識というものをゼパイルの知識でしか知らない。そしてその知識が余り信用出来そうにないのだから世間知らずになる為の設定を考えておかないといけない。そう判断したレイは、景色を眺める気持ち半分、自分の設定を考える気持ち半分で頭を働かせる。
(まず、冒険者として暮らさざるを得ない以上は魔術師という設定は必ず必要だ。セトと一緒にいるとなると召喚術やテイマー系の能力を持ってるという設定も必要だな。それでいて世間知らずでもいいような設定……)
今まで読んだり見てきた小説やら漫画、映画といった内容で似たようなものを思い出す。
(記憶喪失……は、セトがいるから無理だな。転移魔法の暴走でどことも知らない場所に飛ばされた? それも有りかもしれないが……いや、待てよ)
その瞬間レイの脳裏に浮かんだのは、人里離れた所で修行をしていた魔法使いの見習いが師匠に修行の旅に出されるといった自分が佐伯玲二だった時に読んだ漫画だった。
そこに現在の自分の境遇を1つ1つ当て嵌めていく。
(人里離れた所に師匠と2人だけで住んでいたので世間について疎い……OK。その師匠から習った魔法、いや魔術が火の魔術と召喚術……は、セト以外を召喚しろと言われたら困るからテイマーってことにしておくか。ゼパイルの知識によると一応テイマーというのも存在しているらしいし。で、その魔術の師匠に一通りの魔術は教えたからと修行の為に空間魔術で見も知らぬ場所に転移させられて、相棒のセトと一緒に魔獣を狩りながら彷徨っていたら街なり村なりを発見した、と)
頭の中で一通り自分の考えた設定に矛盾が無いかどうかを考え、小さく呟く。
「問題無いだろう」
深く考えてみれば、魔術師の修行をしていたのにデスサイズという巨大な大鎌を武器にしていたり、その大鎌が魔術の発動体……いわゆる一般に言う杖だったり、修行に出すのに無一文で放り出したり、レイの他にセトも高価で高性能なマジックアイテムを装備していたり、と色々とおかしな点は多々ある。しかしレイにはそれ以上説得力のある設定が思い浮かばなかったので特に気にせずに満足そうに頷くのだった。
設定を決めてから、数時間。特に何事も無くセトとその背に乗ったレイは空の旅を楽しんでいた。
しばらくは上空からの景色を楽しんでいたレイだったが、延々と数時間も同じ景色を眺めているとさすがに飽きてくる。襲い掛かってくる魔物や、盗賊に襲われている商人や貴族の馬車といった存在。あるいは魔物に襲われている冒険者といった小説で良くある展開が無いかとも思ったのだが、現実はそれ程甘くは無く、全く何も起きないままセトの背で揺られるままに任せるのだった。
そしてさらに数時間。太陽も直上へと昇り時間的にそろそろ昼なので本格的に食える魔物を捜さなければいけないとレイが考え始めた時。
「グルルルルゥッ!」
セトが注意を引くような鳴き声を上げたのだった。
「どうした?」
「グルゥ」
レイの問いに、視線を前へと向けるセト。その視線を追うと、そこには明らかに人工物……というよりはたくさんの家々が存在していた。それも村や街ではなく、数万人規模は存在していそうなかなり大規模な街だ。魔物対策の為か、街をグルリと城壁で覆っているいわゆる城壁都市とでも呼ぶべき作りになっている。
その街を目に入れ、溜息を吐くレイ。
「やっぱりと言うか、予想通りと言うか……ゼパイルの知識には無い街だが、数百年もあればあの程度の街を築くことは可能だろう。となると、実際にあの街に入って情報を集めるか」
さすがに街が近い為だろう。その街から続く道路のような物が眼下には存在している。とは言っても、当然コンクリートや石畳で作られた道路ではなく街に出入りする人々の足や馬車で踏み固められて自然に出来た道路だ。そしてその道路を進んでいる者達もそれなりにポツポツと見える。
(さて、どうするか。まず、セトに乗って上空から直接街の中に入るというのは問答無用で却下だろう。となると大人しく入り口から入るのがベストなんだが……入り口近くにセトで直接降りる、というのも門番なりなんなりを警戒させてしまいそうだな。これも却下。なら少し離れた所に着地して、そこからセトと一緒に歩いて街に向かうか)
下の道路を通っている者達がセトの方を指さして驚きの声を上げているのを見ながら方針を決める。
「セト、もう少ししたら地上に降りてくれ。飛んでじゃなくて地上を歩いてあの街に向かおう」
「グルゥ」
レイの頼みに小さく鳴き、翼を大きく羽ばたかせて街の方へと向かうセト。それから数分、街までの距離が歩いて10分程の場所でセトとレイは空の旅を終えることにした。
地面へと着地したセトとレイは、街へと続く道路を歩いて行く。その周囲にはセトが着地する所を見ていた為か、1人と1匹からかなりの距離を取って街へと向かう旅人や商人、あるいは冒険者といった人々の姿があった。
(なるほど、あれが冒険者か。基本的には数人でグループを組んで活動するというのは良くある話だな。武器は剣に槍、そして弓。後、杖を持っているのは魔術師か?)
それと悟られないように踏み固められた地面を歩きながら周囲の様子、中でも冒険者と思われる者達を観察するレイ。冒険者達の方も、自分達が観察されているのに気が付いているのか、あるいは純粋にグリフォンであるセトを警戒しているのか、レイ達の方を観察している。
そんな状態が10分程続き、ようやく街の入り口が見えてくる。そこには当然と言うべきか、予想外と言うべきか、5人の兵士達がそれぞれ槍や剣で武装してレイ達を待っていたのだった。
「……」
さすがに自分達から手を出す訳にもいかず、無言でその兵士達に近付いていくレイ。その後に大人しく従って歩いているセト。そんな風に自分達に近付いてくる1人と1匹の様子を見ていた兵士達だったが、距離が縮まるにつれて周囲へと緊張感が満ちていく中で唐突に兵士の中から1人の男が歩を進めてレイの方へと近付いていく。
(他の兵士達が20代なのに比べて、30~40代。恐らくあの兵士達の纏め役といった所か。武器は……剣を装備しているものの、鞘に入って腰に装備したままだから危険度は特に無いな)
そんなレイの予想を裏付けるように顎髭を生やした中年の男は声を掛けてくる。
「私はギルムの街の警備隊隊長を務めているランガという者だ。君はこの街に用があって来たと思ってもいいのかな?」
厳つい容貌にも関わらず、その口から発せられたのは予想外に軽い声だった。その違和感に戸惑いつつも、頷くレイ。
「ああ。その通りで間違い無い」
「そうか。ではちょっと向こうの詰め所で話を聞かせて貰えるかな。何しろグリフォンのようなAランクの魔物を連れているだけに皆戦々恐々としていてね」
チラリ、と周囲を見ると門の近くにいる者達の視線の多くがレイとセトへと集まっていた。……もっとも、レイと視線を合わせると冒険者達も含めてその殆どが目を逸らしたのだが。
(確かにセトをこちらの予想以上に怖がっているみたいだな。となると、ここで我を通しても意味が無い。大人しく詰め所の中で説明をした方が結果的に早く済む、か)
内心で溜息を吐き、男の声に頷く。
「分かった。どうやら大人しくそっちの言う通りにした方が良さそうだな」
「悪いね。さすがにグリフォン程ランクの高い魔獣を連れた人物をそのまま素通りさせるとかしたら上司に怒られるんだよ。それに辺境伯にも書類を上げないといけないしね」
厳つい顔に似合わぬ軽い口調で事情を説明するランガ。どうやら先程初対面だった時の軽い声というのは、レイやセトを警戒して意図的に出したというよりは単なる素だったらしい。
そのランガの案内に従い、門の脇にある小さな建物へと向かう。
「その、悪いけどさすがにグリフォンが入れる大きさは無いから外で待っててもらっていいかな?」
「ああ、構わない。セト」
レイの後ろを大人しく付いて来ているセトの名前を呼び、嬉しそうに顔を擦りつけてくる頭をコリコリと掻きながらランガに聞こえるように話し掛ける。
「俺はちょっとあの建物の中で話があるから、セトは建物の近くで休んでてくれ」
「グルゥ?」
大丈夫? とでも言うように青い瞳をこちらへと向けてくるセトに頷きを返す。
「大丈夫だ。俺の実力は知ってるだろ?」
「グルゥ」
レイの言葉に安心したのか、詰め所の脇にある草むらでごろりと横になるセト。一晩の徹夜と、ここまで休み無しで飛んできたことでさすがに多少の疲れはあるのか、その目をゆっくりと閉じるのだった。
当然、警戒をしていないという訳ではない。並のグリフォンとはスペック的に圧倒的な差があるセトは、視覚情報以外の嗅覚や聴覚。あるいは魔力といったもので身体を休めながらも警戒をするというのはそれ程難しいことではなかったのだ。
「一応言っておくが、俺が詰め所の中で話を聞いてる時とかにいらないちょっかいは出さないようにしてくれ」
「ああ、もちろん分かってるさ。私としてもAランクの魔獣を怒らせようなんて馬鹿な真似は考えない。だが、そうだな……君」
ランガが近くにいた兵士を呼びよせる。
「何でしょうか?」
「私と彼が詰め所で話している間、誰かがあのグリフォンに余計なちょっかいを掛けないように見張っているように」
「……え? 自分が、ですか?」
「そう。君が」
「……了解しました」
不承不承、といった感じで頷く兵士。
(まぁ、ランクAの魔獣とか言ってたんだから分からないでもないけどな)
どのようなランクが設定されているのかは知らないが、少なくても警備兵達の様子を見る限りではランクAというのは相当に危険な存在だろうという予測は簡単に出来る。
兵士の様子に苦笑を浮かべながらレイもまた口を開く。
「下手にちょっかいを出さなければセトも何もしないから、危険は無いぞ」
「はぁ……その言葉を信じさせて貰います」
「じゃ、早速詰め所に……行く前に、これを」
ランガがどこから出したのか布きれのようなものをレイへと手渡す。それを受け取ったはいいものの、何の為に渡されたのか分からず眉を顰めるレイ。少し考えたが、どうにも使い道が分からなかったのかランガに向かって尋ねる。
「この布をどうしろと?」
「……君ね。大鎌の刃をそのままで街に入る気だったのかい? 剣を抜き身でぶら下げている人なんていないだろう? 槍はともかく、そんな大きな刃をそのままで……なんてのはさすがに立場的に見逃せないんだよ」
「……了解」
言われてみれば納得の説明だった。
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