第7話

 毎度の如く行われたタクムのお遊び的な要素に溜息を吐きつつも、それが有用なのは事実だったのでいつもの如く受け入れるレイ。

 そんなレイに、どうかしたの? とばかりに顔を擦りつけるセト。


「いや、何でも無い。それより水球ってのはあの水熊が使ってた奴だよな?」

「グルゥ」


 レイの言葉にセトは頷く。


「よし。なら早速使って見てくれるか? 戦力の把握はしておきたい」

「グルルルルルゥッ!」


 セトが雄叫びを上げると、クチバシのすぐ前に直径20cm程度の水球が現れる。その様子は確かに水熊が使っていたものと同じように見えた。


「よし、ならあそこにある木の幹にぶつけてみてくれ」

「グルゥッ」


 レイの指示に従い、水球を飛ばすセト。放たれた水球は、水熊のものよりも若干速度が遅かったがそれでもそれなりの速度は出ている。そしてそのまま木の幹へとぶつかり……木の表面だけを周囲へとばらまいた。


「グルゥ……」


 水熊の使った物に比べると、明らかに水球の飛んでいく速度も遅いし、威力も低い。数もまた、水熊が3つを同時に使っていたのに対してこちらは1つだ。セトとしても自信があっただけに残念そうに首を降ろしていた。


「セト、そう落ち込むな。そもそもまだLv.1なんだからこんなものだろう。恐らく水熊の水球はもっとLvが高かったんだから、お前ももっと魔石を吸収していけばそのうち水球のLvも上がるだろうし、他のスキルも入手出来るさ」

「グルゥ」


 本当? とでも言うように小首を傾げてレイを見上げるセト。その様子は愛らしく、とても空の王者である鷲と百獣の王と呼ばれる獅子が合わさった姿とは思えないものがあった。


「ああ。それに水球は別に攻撃だけに使えるという訳じゃない。少なくても、これでセトと一緒にいる間は水には困らないしな」

「グルゥッ」


 任せて、と短く鳴いてあっさりと機嫌を直すセト。この辺りの単純さは生後2日目だからだろうか。


「ともかく、水熊の解体も終わった。魔石の吸収も終わった。その効果も確かめた。ならそろそろ場所を移動しよう。水熊の血の匂いを嗅ぎつけてさっきと同じくここにも他の魔物がやってくるだろうしな」

「グルゥ」


 頷いたセトと共に、急いでその場を離れる。

 そうして、そこには水熊の解体で流れた血とセトの食べ残した内臓の残りだけが残るのだった。






 水熊の解体した場所から移動して1時間程。レイは再びミスティリングから出したクララの実を囓りながら森の中を進んでいる。

 そんな中、突然セトが立ち止まり周囲の様子を探り始めた。


「セト、敵か?」

「グルゥ」


 セトはレイの言葉に頷き、背後へとその鋭い視線を向けている。

 チラリと背後を確認するが、残念ながらレイの視力では敵の姿は見えない。


(まぁ、魔獣の五感と最高の魔術師達が創ったとは言っても人間の五感じゃ差があって当然か。さて、どうする?)


 右手に持っているデスサイズと、腰に差しているミスリルナイフ。一瞬迷ったレイだったが、魔術を使う可能性を考えるとやはり取り回しに難があってもデスサイズを選ぶこととなった。


「このまま追い続けられたら野営してる中で襲われる可能性もあるな。よし、ここで迎え撃とう」

「グルルゥ」


 賛成とばかりに頷いたセトはいつでも攻撃が可能な状態で水球を作りだして敵を待ち受け……何かが動いたのが見えたその瞬間に水球を発射する!


「ギャンッ!」


 その水球が命中した辺りで悲鳴がし、それを待っていたかのようにぞろぞろと姿を現す敵。その姿は……


「野犬……いや、狼か?」


 現れた狼達はレイの膝丈くらいまでの大きさで、灰色の毛皮を持つ狼だった。その数6匹。


「数は多いが、あの水熊に比べたらまだマシだな」


 見た所、あの水熊のように水を纏っている訳でも無ければ大きさ的にも普通の犬とそう変わらない。犬と狼という差はあれども、戦力的にはこっちの方がまだ組しやすいとレイには感じられた。

 ジリ、とお互いがお互いを牽制して睨み合う。その隙に急いでゼパイルの知識で目の前の狼に関しての情報を探る。

 だが……


「何だと?」

「グルゥ?」


 思わず漏らしたレイの声に反応したセトだったが、すぐに何でも無いと首を振ったレイに狼へと視線を戻す。

 その様子を見ながらも、レイは舌打ちしていた。何しろ目の前にいる狼達は水熊と違ってゼパイルの知識に存在してはいたのだが、分類上は魔物では無かったのだ。

 魔物、魔獣、モンスター。呼称自体は多数あるが、それ等が示すものは同一だ。即ち、魔石と呼ばれる結晶を己の心臓に持つものだ。尚、基本的に魔石は心臓に埋まっているのが一般的だが、中には例外的にそうでない種族もいる。

 魔石を持つものは、基本的には攻撃性が高く自分達以外の種族を見つけると襲い掛かってくる。故にこそ『魔』獣と呼ばれているのだ。

 しかし、現在レイ達の前でジリジリと間合いを詰めてきている狼達。これらは種別的には魔石を持っていない普通の獣でしかない。

 つまりこの狼達を幾ら倒したとしても、セトやデスサイズを成長させる為の魔石は入手出来ないのだ。

 尚、普通の獣が何らかの手段――生まれつきの突然変異だったり、魔力スポットと呼ばれる場所に長時間いたり、何かの偶然で手に入れた魔石を呑み込んだり――で魔石を手に入れ、尚且つ子孫を残すことに成功した場合は新たな魔獣としての生態系を確立することになる。恐らくレイとセトが戦った水熊もその類であろう。


(せめてもの救いは肉はセトに、毛皮は売り物になりそうだ……ってことか)


 正直、レイとしては得る物の圧倒的に少ない戦いなので、出来ればこのままお引き取り願いたいというのが正直な所だった。


(とは言っても、まさかこっちの言葉を聞いてくれる訳もないしな。結局はやるしかないか)


 デスサイズを構えて……緊張感に耐えられなくなったのか、狼のうちの1匹がレイへと襲い掛かろうと飛び出してくる。そしてそれに釣られるように周囲の狼達も動き始めるが、すぐに悲鳴が森の中へと響き渡った。


「ギャフッ!」


 最初に飛び出した狼がレイへとその牙で襲い掛かろうと地面を蹴ったその瞬間、セトが右前足で叩き落としたのだ。

 ただでさえレイの豊富な魔力によって生み出されたセトだが、今はそれに加えてマジックアイテムである剛力の腕輪を装備している。その状態のセトに殴られたのだから、魔物ですらない普通の獣である狼が当然ただですむ筈が無い。吹き飛ばされた際に聞き苦しい悲鳴を上げたのを最後に、頭部が半ば以上消失してそのままの勢いで地面を削りつつ倒れ込んだ時にはその生を終えていた。


「はぁっ!」


 レイもまた、同時に飛びかかってきた狼へと向かいデスサイズの柄を突き出す。

 水熊との戦いで己の身体能力の高さを知ったレイは、多少の余裕を持って狼の相手をすることが出来ていた。


「ギャンッ!」


 突き出されたデスサイズの柄により胸板を貫かれた狼。レイは襲い掛かってこようとしていたもう1匹の狼へと向かい、狼が刺さったままの柄を鋭く振る。すると当然柄に突き刺されていた狼が吹き飛び、いまにも跳躍しようとしていた狼へとぶつかって2匹ともがもんどりを打って倒れる。


「グルルルゥッ!」


 そこに追い打ちとばかりにセトから放たれる水球。水熊に比べたら威力の低い一撃だが、それでもまともに食らえば狼の命を刈り取るには十分な威力を持っていた。


「残り3匹か。セト、一気に片付けるぞ!」

「グルゥッ!」


 レイの言葉にセトが鋭く吠え、1人と1匹は同時に前へと飛び出していく。


「ガルルルル」


 さすがに自分達の仲間が半分以上を殺されて多少は慎重になったのか、残り3匹は警戒するようにレイ達を囲んでいる。だが、それでも一向に退く気配は無い。


「グルルゥッ!」


 再度作り出されるセトの水球。その一撃を牽制として放ち、3匹の狼を1匹と2匹へと分断する。そこに突っ込んでいくのはレイだ。デスサイズを左手に持ち替え、右手には腰から抜いたミスリルナイフを構えていた。


「ガアァッ!」


 レイの目標である狼が迎え撃つように飛びかかる。狙いは首筋。そこを噛み砕けば人は死ぬと長年の狩りの経験で知っているのだ。


「やらせるかっ!」


 口を開け、牙を剥いて襲い掛かってきた狼の口の中へと持っていた右手のナイフを叩き込む!

 狼や犬は、喉の深い所まで異物を入れられるとその身体構造上一旦喉の奥の物を吐き出すまで口を閉じることが出来ない。それを知っていたからこその一撃だった。そしてそのミスリルのナイフは、レイの潤沢な魔力を刀身に纏い希代の名刀と言ってもいい鋭さを宿している。


「ガフゥッ」


 その結果、突き出したミスリルのナイフは狼の喉を貫くどころか、顔の上半分を切り落とすことに成功していたのだった。


「グルルルルルルルゥゥゥゥゥッッッッッッ!」


 その様子を見ていたセトが、威圧するように吠える。

 既に狼達の数も2匹。セトとレイに対しての数的有利は完全に消え去っていた。狼達もそれを理解したのか、残りの2匹は脇目も振らずに身を翻して森の奥へと消えていく。

 その様子を特に追うでもなく見送るレイ。それも当然だろう。何しろあの狼達は獣であって魔獣ではない。仕留めたとしても魔石は手に入らないのだから。


「何とか追い払った、か」

「グルゥ」


 喉の奥で唸るセトを感謝の意味も込めて軽く撫で、地面にその身を横たえている5匹の狼達の死体をミスティリングの中へと収納する。魔石は入手出来ないが、肉や毛皮は使えることは使えるのだ。


「しかし、これは……ちょっと拙いな」

「グルゥ?」


 どうしたの? と小首を傾げるセト。そのセトの身体を撫でながらレイは答える。


「結界から出てまだ数時間。それで既に水熊と狼の群れに襲われただろう?」

「グルゥ」

「つまり、この森の中には俺達の予想以上に魔物や獣の数がいる訳だ。そうなると、野営をするのもかなりの危険を伴う」


 セトの身体を撫でながら内心で考えを纏めていくレイ。数分後、ようやく考えの纏まったレイはセトの顔を覗き込む。


「なぁ、セト。俺がお前に乗って一気に森を駆け抜けるというのは出来るか? 休んでいる時に襲われる可能性を考えると、一気に森の外に出たいんだが。幸い森の外縁部まで行けば竜種に襲われる心配もしなくていいから、一気に空を跳んで距離を稼げると思うし」

「グルゥ!」


 大丈夫! というように地面へと伏せて背に乗るように促すセト。


「ありがとな。森からでたら水熊の肉をたっぷりと食べさせてやるから頑張ってくれ。ほら、まずはこれでも食って少し喉を潤せ」


 ミスティリングからクララの実を取り出してセトへと与える。


「グルルゥ」


 嬉しそうな鳴き声を上げ、セトは瑞々しい果実に食らいつく。


「よし、じゃあ一気に森を抜けるから……頼むな」


 さすがにセトに乗るとデスサイズが邪魔になるのでミスティリングの中へと収納し、ひらりとセトの背へと跨がる。


「じゃあ出発だ!」

「グルルルルゥゥゥッ!」


 勇壮な雄叫びを上げ、地を蹴るセト。その速度は森の景色が見る見る流れていくのを思えば容易に想像が付くだろう。

 レイもまたセトの背の上で苦笑を浮かべるしかなかった。


「なるほど、今までは俺の速度に合わせて手加減してたのか」

「グルゥ?」


 何? とでもいうように喉を鳴らすセト。何でも無いというようにセトの頭をコリコリと掻くレイだった。

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