第4話

「待て。ちょっと待て」


 診断のオーブに表示された結果を見て、思わずといった様子で口を開くレイ。


「グルゥ?」


 少し離れた場所で宝石箱を愛でていたセトも何かを感じたのか、振り向いてレイの方へと視線を向ける。

 それに気が付いたレイは軽く首を振って何でも無いとセトへと返して思わず顔面を手で覆ってしまった。


「俺の魔術適性が炎だけ? それはあれか? 炎の魔術師であるゼパイルと融合したからか?」


 そう呟きながらも、内心では違うだろうと判断するレイ。ゼパイルの知識によれば、確かにゼパイルは自分のことを火術士と称していた。だがそれは火の魔術が一番得意であったからそう名乗っていたのであって、別に他の魔術を使えなかった訳ではない。勿論全ての魔術を使いこなしていた訳ではないが、風の魔術、時空魔術、錬金術、召喚術、古代魔術は使っていたのだ。


「つまり、純粋に俺の適性は火の魔術にのみ特化している……のか?」


 ゼパイルにすら驚嘆された自分の魔力。それが火の魔術に特化しているのなら予想以上の戦力になるのは間違い無い。だが。


「この森の中で魔術初心者の俺に火の魔術を使えと?」


 そう、問題はそれだった。当然火の魔術となると操るのは火であり、周囲には森が広がっている。もし自分が魔術を暴発させるなり使用する魔術の規模を間違ったとしたら、己の莫大な魔力で放たれた火の魔術はたちまちこの森を焼き尽くしてしまう可能性があるだろう。それも下手をしたらレイやセトごと。


「地水火風の中でも、せめて火以外だったら森の中でもそれなりに安心して使えたんだろうが……いや、今はそんなことを考えている暇はないな。どのみち明日には強制的にでもこの屋敷を出ないといけないんだから、手持ちの手札で何とかするしかない」


 本来なら10日分の食料があると言っても、それはあくまでもレイだけを対象にした場合だ。2mを越す肉体を持つセトにしてみれば、それこそ数食分にしかならないだろう。このままこの屋敷に残っていたら餓死をする。故に明日にでもこの屋敷を出てなるべく早く村なり街なりに向かうというのがレイの出した結論だった。


「なら、まずは魔術をきちんと使えるかどうかの確認だな」


 ゼパイルの知識を受け継いだレイには火の魔術を使いこなすだけの十分な知識はある。だが、それはあくまでもゼパイルの知識であってレイの知識では無い。そもそも魔術が個人の資質やイメージといったものに左右される以上、ゼパイルの知識を信用しすぎるといざという時に取り返しの付かないミスをする可能性が考えられた。


「グルルルゥ」

「あぁ、セトはそこで見ていてくれ。魔術の練習だ」


 再び魔法陣の描かれていた場所へと向かったレイに喉を鳴らして問いかけるセトにそう答えて、魔法陣から少し離れた場所で立ち止まる。

 一応床に描かれている魔法陣は魔獣術以外に反応はしないと知識では教えているが、それでも念には念を入れて困ることはないだろう。

 魔術の発動体であるデスサイズを握り、深く深呼吸をして意識を集中。すると自然に己の身に宿っている魔力を認識出来ていた。

 魔術とは言葉に魔力を乗せて発する呪文により世界を騙し、一時的に書き換え、己の望む結果を導き出す術だ。故にその呪文は魔術師によって違うし、他の魔術師と同じ呪文を使っても同様の結果を得るというのは不可能に近い。もっとも、地水火風光闇以外の魔術はこの原則が異なっている部分もあったりするのだが、火の魔術適性しかないレイにとってはこれこそが魔術の真髄だった。


『炎よ、我が指先に集え』


 言葉に魔力を乗せ、呪文を唱える。この際に重要なのはイメージだ。呪文によって世界を書き換えるという過程は同じでも、術者のイメージが明確であれば明確である程にその効果は高くなる。そして、漫画、アニメ、映画、ゲーム、小説といったサブカルチャーを好んでいたレイにとってその類のイメージはそう難しくはなかった。

 呪文によって世界の法則が書き換えられ、レイのイメージが浸透していく。


『小さき炎』


 呪文によってイメージが固定され、レイの右手人差し指の先に拳大の炎が現れる。


「……よし。人生初めての魔術、成功だな」


 正確に言えば魔獣術こそがレイの人生初の魔術だったのだが、魔獣術はこの床に描かれた魔法陣の上で特定の呪文を唱えると魔法陣が施術者の魔力を吸収し、魔獣を生み出すという殆ど自動的に行われる魔術だ。最初から最後までを己の意志で行ったという意味では確かに今の火の魔術がレイが自力で行った人生初の魔術と言えた。


「火の魔術は問題無く使えることが判明した。……ただ、これ以上の魔術の練習はちょっと難しいな。下手をしたらこの屋敷ごと燃やし尽くしてしまう可能性もある。特に魔獣術の魔法陣を消失するのは絶対に避けたいし」


 チラリ、と部屋の半分。その中央部分に描かれている魔法陣へと視線を向ける。


「グルルゥ」


 レイの様子を見ていたセトが、その重量を感じさせない軽い足取りで近付き鷲の顔をレイの顔へと擦りつけてくる。


「何だ、構って欲しいのか?」

「グルゥ」

「まぁ、これ以上は魔術の練習が出来ないからいいんだが……」


 そう言いながらセトの頭を優しく撫でるレイ。その撫でている腕を見て、まだやるべきことがあったのに気が付く。


「装備品を選んでおかないとな。ゲームでも装備品は持ってるだけじゃなくて装備しないと意味が無いし」


 左手でセトの首筋を撫でながら、脳裏にミスティリングの中に入っているアイテムのリストを表示する。


「……ちょっと見にくいな。いや、待てよ。もしかして」


 魔力回復ポーションの隣に竜の牙、その下には隕石の欠片、マンドラゴラの根といった風にグチャグチャに並べられていたリストを見て思わず眉を顰めるレイだったが、このミスティリングの作成者の1人がタクムであったことを思い出し『ソート機能』と念じてみる。


「やっぱりな」


 次の瞬間には、脳裏に展開されていたリストが種類別に分類されて表示されるようになっていた。


「この辺はさすがタクムと言うべきだな」


 ゲームであればあって当然の機能だけに、ミスティリングにも適応されているという予想が見事に的中した形だ。


「武器はデスサイズがあるから問題無いとして、そうなると防具とかか」


 脳裏のリストで防具を探すと、すぐに1つのアイテムの名前を見て動きを止める。


『ドラゴンローブ』 

 あからさまに高価そうで、尚且つ性能も高そうな代物だ。急いでゼパイルの知識を探る。

 数百年を生きた竜の皮を利用して作られたローブ。皮自体を竜の血や骨粉を使って染め上げているので破格の魔術防御を誇る。また、竜の皮を2枚重ね合わせて作られているローブで、皮と皮の間には竜の鱗を挟んである為に物理的な防御力もかなり高い。使われている皮は火竜と水竜の物なので暑い時には涼しく、寒い時に暖かくして快適な着心地を得られる。そして最後にこのローブを作った錬金術師、即ちゼパイル一門の錬金術師であえるエスタ・ノールが手を加えてあり、一見して高性能なマジックアイテムには見えないような隠蔽効果も付けられている。

 魔術防御の高さや物理防御が高いというその高性能ぶりに驚かされるが、何よりもレイを驚かせたのは着るエアコンとも言えるその機能だった。


「取りあえず防具はこれでいいだろう」


 脳裏でドラゴンローブを選択すると、次の瞬間には右手に黒いローブが現れている。


「武器と防具はこれでいいな。なら、次は靴か」


 ブーツの欄を表示すると、ドラゴンローブの時と同じくすぐにその中の1つに目が止まった。


『スレイプニルの靴』

 8本足を持つ馬型の魔物であるスレイプニル。その速度は地上を走る魔物の中でも最高峰であり、尚且つ空をも走ることが出来るその魔物の皮を使って作りあげた靴。効果としては装備している者の速度を上げてくれるということと、数秒ではあるが空を蹴って跳ぶことが可能になる。


「靴はこれで決まりだな」


 ドラゴンローブと同じように、スレイプニルの靴をミスティリングから出して床へと寄せておく。


「グルゥ」


 ミスティリングから次々と装備品を出していく様子をつぶらな瞳でじっと見ていたセトだったが、唐突にレイに頭を擦りつける。


「ん? 何だ、お前も何か装備したいのか?」

「グルルゥ」

「ちょっと待っててくれ。セトに装備させるのに丁度いいのは……」


 コリコリとセトの頭を掻きながらミスティリングのリストを表示し、良さそうなものを数個取り出す。

『風操りの腕輪』

 装備している者に飛び道具、あるいは魔術が放たれた時に1度だけだが防いでくれる。使用後は10時間経たないと再度の効果を発揮しない。


『剛力の腕輪』

 装備している者の力を上げる腕輪。


『吸魔の腕輪』

 装備している者が敵を攻撃してダメージを与えた場合、ダメージ量に比例して魔力を吸収する。


『慈愛の雫石』

 水の雫のような形をしたペンダント。ユニコーンの魔石をゼパイル一門の錬金術師、エスタ・ノールが錬金術を使って加工した物。常時回復効果を装備している者に与えてくれる。


「まぁ、こんなものか。セト、どれがいい?」


 レイの言葉に多少考えた様子のセトだったが、喉を鳴らしながら風操りの腕輪、剛力の腕輪、慈愛の雫石の3つをクチバシで持ち上げる。

 その様子を見ていたレイは思わず苦笑を浮かべながらセトの首筋を撫でた。


「3つか。……まぁ、セトは俺の相棒なんだしこれくらいの装備は必要かもな。ペンダントは首に掛けるとして、腕輪2つはどうする?」

「グルゥ」


 小さく鳴き、鷲の足である左右の前足を差し出す。


「これは……嵌められる、のか?」


 どう考えても腕輪の大きさよりも足の方が大きい。そう思いつつも、マジックアイテムだけに何とかなるだろうと判断して右足に風操りの腕輪、左足に剛力の腕輪を近づけるとスゥッと浮き上がった腕輪が大きさを変えてセトの両足へと綺麗に収まった。

 さすがマジックアイテム、と感心しながらも最後の仕上げとばかりに慈愛の雫石をセトの首へと掛けてやる。


「グルルルゥ」


 主人であるレイから貰ったマジックアイテムに、嬉しそうな鳴き声を上げながら頭をレイに擦りつけてくるセトだった。


 その後、レイは残った吸魔の腕輪を自分の左手に嵌めて一通りの装備の準備は完了した。

 武器に魔獣術で作成されたデスサイズ。防具に竜の皮を使ったドラゴンローブ。足下にはスレイプニルの靴。そして右手にはミスティリングを装備し、左手に吸魔の腕輪。本人は全く自覚していないが、セトに装備させたマジックアイテムも含めてこの世界では超一級品とも言えるマジックアイテムばかりだった。


「グルルルゥ」


 装備した品を満足気に眺めていたレイだったが、セトの悲しげな声に我に返る。


「どうした?」

「グルゥ」


 さすがにレイの魔力で生み出された魔獣とはいっても、言葉までは通じないのだ。ニュアンスは何となく分かる時もあるのだが。


「グルルゥ」


 再び悲しげに鳴きながら、レイの腹へと頭を擦りつけるセト。その様子に、ようやくレイはセトが何を言いたいのかが分かったような気がした。


「腹が減ったのか?」

「グルゥ」


 コクリ、と頷き空腹を訴えるセト。それを見ていたレイもまた自分がかなり空腹であるのに気が付く。


「そう言えば、起きてから何も食べてないしな。そりゃあ空腹にもなるか。じゃあ、食堂に行くとするか。旅立ち前の最後の晩餐と洒落込もう」

「グルゥ」


 頷いたセトと共に、研究室を出て食堂へと向かうレイ。

 ちなみに体長2mとかなりの巨体を誇るセトだったが、魔獣術を使う者を前提として設計されていた屋敷だった為に研究室のドアからは普通に出られた。その後、食堂の厨房に残っていた味も素っ気もない黒パンを水でふやかして腹の中に入れ、寂しい夕食を終えた後は疲れもあってセトとレイは寝室で眠りについたのだった。

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