第3話
「グルルルゥ」
そんな声を聞きながら目覚めた玲二が感じたのは妙に手触りの良い温かい毛並みだった。
「……んあ?」
頭を擦りながら周囲を見回すと、まず目に入ってきたのはふさふさの毛並み。その毛並みを持った何かがまるで玲二を守るかのように己の身体を枕にして玲二を寝かせていたのだ。
そのことに気が付き、目の前にある毛皮を撫でながら周囲を見回す。するとどこか心配そうに玲二の顔を覗き込んでいた存在と目を合わせることになった。
「……」
「……」
お互いが無言でそれぞれの顔をじっくりと見つめる。
玲二の目に映っているのは黒く鋭いクチバシに、円らな青い瞳。その青い瞳はどこか心配そうに玲二の様子を確認している。
自分と同じ青い瞳だな、と何となく思った次の瞬間には目の前にある顔、即ち猛禽類の顔は人懐っこそうに己の顔を玲二の顔へと押しつけられていた。
「グルゥ」
まるで猫が甘えているかのようなその仕草に、思わず笑みを浮かべながら鳥の頭を撫でる。
するともっともっとと言うようにさらに頭を擦りつけてきた。そんな鳥の頭を撫でながら、ふとその全体を見渡した玲二が思わず撫でていた手を止める。
「グルゥ?」
どうしたの? とでも言うように小首を傾げる鳥をそのままに、自分が寄り掛かっている場所へと視線を向ける。するとそこにあったのは予想していた鳥の羽毛ではなく、ふさふさとした手触りのまるでシルクのような毛並みだった。猫科……というよりは、獅子の身体のように見える。ただし前足に関しては猛禽類のそれらしく鋭く尖っている。獅子の身体に猛禽類……否、鷲の頭、前足、そして折りたたまれてはいるがその身体からは翼も生えている。そんな幻獣の名前を玲二は知っていた。
「グリフォン」
「グルゥ」
正解、とでも言うように鷲の頭を擦りつけられる。そこまで呟き、玲二はようやく自分が何故気を失っていたのかを思い出すことが出来た。
「そうか、俺は魔獣術の儀式をやって……つまり、このグリフォンが俺の魔獣か」
グリフォンの存在に納得すると、改めて目の前にいる魔獣へと視線を向ける。躍動感に満ちている獅子の身体に、鋭くも愛らしい鷲の顔。折りたたんでいる翼を抜かした大きさは大体2m程だろうか。
玲二の記憶にあるグリフォンと言えば当然ゲームや小説といったものだったが、それ等の知識ではグリフォンというのは非常に獰猛であり攻撃的となっていた。しかし自分の目の前にいるグリフォンにそんな様子は一切無い。というよりも、仔猫がじゃれついてくるかのように顔を擦りつけてくるその様子を見て獰猛云々というのはちょっと考えられなかった。
「あるいは魔獣術で生み出されたから、他のグリフォンとは違うのかもしれないな」
「グルゥ」
そう呟いた時、丁度タイミング良くグリフォンが喉の奥で鳴く。
「……もしかして俺の言葉を理解しているのか?」
「グルゥ」
当たり、とでもいうように再びグリフォンが鳴く。
「ちょっと待ってくれよ」
グリフォンの頭を撫でながらゼパイルの知識を引き出す。
それによると、魔法陣に吸収された魔力量によって生み出された魔獣の能力は千差万別だとある。つまり玲二の莫大な魔力により生み出された目の前の人懐っこいグリフォンはそれだけ高い能力、少なくても人語を解する能力は持っているのだろう。
「なるほど、大体分かった。……まずは名前を付けるか」
目の前のグリフォンは何故か最初から玲二に懐いてはいるが、本来の魔獣術の手順で言えば魔獣を生み出した後は名前を付けて初めて魔獣の存在が確立されるのだ。
「グリフォン、空、嵐……セトっていうのはどうだ?」
セト。それはエジプト神話に登場する神の名前であり、嵐を司る神とされている。また、他にも荒々しさや戦争も司っており偉大なる強さを象徴する神としても知られているという説明を口にする玲二。
自分を守るかのように存在していた目の前のグリフォンを見て、連想された名前がそれだった。
「グルルルゥ」
セトの由来を聞いたグリフォンも嬉しげに喉を鳴らす。
「よし。今日からお前はセトだな。俺は玲二。……いや、違うな。それは前の俺の名前だ」
懐いてくるセトの頭を撫でながら考える。佐伯玲二という存在はあの鉄骨に押しつぶされて死んだのだ。今ここにいるのは佐伯玲二とゼパイルが融合した存在。幾ら主な人格は玲二のままだとは言っても、そのまま佐伯玲二という名前を使うのはどこか違和感がある。また、ゼパイルの知識によればエルジィンというこの世界に佐伯玲二という名前が合わないというのも理解している。
「玲二……そうだな、これからはレイと名乗るか。よろしくな、セト。俺の名前はレイだ」
「グルルゥ」
そう告げてセトが返事をした瞬間、脳裏にスキル一覧なるものが浮かび上がった。
「これは、何だ?」
突然脳裏に表示されたその文章。レイの感覚で言えばゲームのステータス画面のようにも見える。……その割にはスキル一覧としか書かれておらず、STR、あるいは力、攻撃力といったゲーム的にお馴染みのものは表示されていない。それ以前にそこに表示されている名前はセトであってレイ、あるいは玲二では無いのだ。
慌ててゼパイルの知識から情報を引き出す。
「……なるほど、お前の仕業かタクム」
そう、魔獣術を作り出すにあたってタクムが手を出したのがこのスキル一覧だったらしい。セトが魔石を捕食することにより覚えたスキルを表示出来るようにしたのだ。さすが現代日本から転移してきた存在と言うべきだろう。ちなみに、この部屋に魔法陣以外で唯一残っていたミスティリングに関しても中に入っている物をリスト化して脳裏に表示される機能があったりする。
「いや、便利と言えば便利だからいいんだけどな」
折角異世界へと来た、あるいは生まれ変わったというのに微妙に日本の残り香がする状況に苦笑を浮かべながらもセトと共に立ち上がる。
「グルル」
と、そんなレイを見ていたセトが今まで自分の影となっていた場所から細長い物体をクチバシで咥えてレイへと差し出す。
「これは……鎌?」
鎌、と言ってもそれは草刈り用の鎌ではない。柄の長さが2m程、刃の長さが1m程というまさに死神の大鎌、デスサイズと呼ぶのに相応しい代物だった。
「これを、どうしろと?」
「グルゥ」
これはお前のだ、と言わんばかりにクチバシに咥えた大鎌をレイへと差し出す。
このままセトに咥えさせておくというのも可哀想なので、一旦その大鎌を受け取る。
柄の部分は黒く、刃の部分も黒い。総じて漆黒とでも呼ぶべき色をした大鎌を手に、レイはふと思い出す。
「そもそも俺がこの研究室に来た時は大鎌なんて存在していなかった。つまりいつの間にか現れていたんだよな。……考えられる可能性は1つ、か」
今日だけで何回目だろうか。再度ゼパイルの知識から情報を引き出すと、その結果はすぐに出た。
「やはり魔獣術が原因、か」
ゼパイルの知識によれば、魔獣を生み出す過程で莫大な魔力が放出された場合。つまりは生み出された魔獣が許容出来る以上の魔力が放出されると、その余剰魔力はマジックアイテムとして生み出されるらしい。もちろん術式にそういう風に手を加えたのはタクムだ。
ただ、ゼパイルやその一門が行った儀式では放出された魔力は全て魔獣を生み出すのに使用されていた為、マジックアイテムが生み出されることは無かったらしい。つまりタクムがお遊びで付け加えた術式だった筈が、レイの莫大な魔力故にようやくその効果を発揮したのだ。
「で、タクムが関係しているとなると……」
その大鎌を手に、ステータス、と内心で呟くレイ。すると当然とばかりに持っていたマジックアイテムのステータスが脳裏へと表示される。
『デスサイズ』
「って、死神の大鎌そのままの名前かよ。もう少しくらい捻ってもいいんじゃないか?」
とは言っても、文句を言うべきタクムは既にこの世に存在していない。溜息を吐きつつもデスサイズの説明を読んでいく。
1つ目の能力は、魔術の発動体だ。莫大なレイの魔力で作られたマジックアイテムである為、その性能は極めて高い。
2つ目の能力は、セトと同じく魔石を吸収して新たな効果を獲得することが出来る。同時にセトと同じように獲得した能力のリスト化も可能。
3つ目の能力は、重量軽減。デスサイズと同じ魔力波長を持つ者。つまりレイとセトに限り、まるで重さを感じさせずにこのデスサイズを振り回せる。
4つ目の能力は、魔力を通すことにより大鎌としての基本性能が上がる。
と脳裏のステータス覧には表記されていた。
「これは、はっきり言ってかなりレアなんじゃないか?」
「グルゥ」
その通りだ、とばかりにセトが鳴く。
「確かに魔術の発動体としての効果もある武器というのは嬉しい。嬉しいんだが……普通、こういう時は剣とかじゃないのか? 何で大鎌?」
性能は圧倒的なのだが使いこなすのが難しそうな玄人好みのマジックアイテム。それがレイがデスサイズを持って感じたことだった。
「折角強力なマジックアイテムを手に入れたんだし、使いこなして見せるしかないか」
ひょいっとばかりにデスサイズを持ち上げ、重量軽減の効果を早速実感する。
本来、この大きさの金属なら重量は10kgや20kgどころではないだろう。だが、今レイが持っているデスサイズは殆ど重さを感じていないのだ。感覚的にだが100gあるかどうかといった所か。
「確かにこれは凄いな」
「グル」
セトも喉の奥で鳴いて同意する。
「さて、最大の目標であった魔獣術は無事継ぐことが出来た訳だが……これからどうする?」
セトの、まるでシルクのような滑らかな毛を撫でながら呟くレイだったが、これからの目標はともかくこのままこの建物にいるという訳にいかないというのはすぐに分かった。何しろ飲料水はともかく食料が10日分程度しか残っていないのだから。なるべく早めに村なり街なりに向かわないと魔獣術の後継者になった途端の餓死という結果が待ち受けているだろう。
「いや、食料はあっても俺の分だけでセトの食う分が無いな」
魔獣術で生み出された存在だと言っても、当然生きている以上は食料は必要だ。セトの体長2mという大きさを考えると、この屋敷に留まっていられるのは1日。頑張っても2日といった所だろう。
「と言う訳で、早めに人のいる街なり村なりに行かないといけないんだが……」
ゼパイルの知識によるとこの屋敷は空間魔術による結界が張られているのだが、周囲の森には凶悪な魔物が多数生息しているとある。何故そんな場所にこの屋敷を建てたのかと言えば、ここがゼパイル達にとって一種の避難所のような場所だったからだ。その為、凶悪な魔物が多数生息しているこの森に強力な結界を張って魔物は屋敷に入ってこられないようにし、尚且つ外敵への防衛用に魔物を利用することを考えたのだ。
「それはいいんだけど、ファンタジー世界初心者の俺がそんな魔物の住んでる森を抜け出せるかどうか……ってのは考えて欲しかったんだがな」
愚痴るように呟き、思わず溜息を吐くレイ。
「グルルゥ」
片方2m近くもある翼をバサッと広げるセトだったが、レイは軽く首を振る。
「空を飛んでいくのはちょっと難しいな。何しろ竜種すら住み着いているらしいし」
「グルゥ」
「気にするな。そもそもセトにしろ俺にしろ、どれだけの力を持っているのか分からないんだからな」
セトの頭を撫でながら、慰めるように話し掛ける。
「どうせならタクムもスキル以外のステータスも見れるようにしてくれれば良かったのにな。……使えない奴め。いや、待てよ? ミスティリングに何か使えるマジックアイテムが入ってる可能性もあるか」
レイはそう呟き、セトとも共にミスティリングの入っている宝石箱の前まで移動する。
「グルルルゥ」
何故か宝石箱を見て、機嫌良さそうに喉を鳴らすセト。その様子を見ていたレイは、グリフォンは宝物を集めるという伝説があったのを思い出す。
「セト、暫くその宝石箱で遊んでてもいいぞ」
「グルゥ」
レイの言葉に嬉しそうに宝石箱へと頬を擦るセト。その様子を微笑ましげに眺めながらミスティリングを右腕へと装着する。するとレイの腕よりも幾分か大きかった筈のミスティリングは見る見る縮まり、ピッタリと腕へと装着された。
「えっと、リストを表示するには……あぁ、思うだけでいいのか」
脳裏に展開されたリストには膨大なアイテムや素材、装備品の数々の名前がある。だが、それ等を目で追っていったレイは思わず顔を手で覆うことになった。
「確かにすごそうな素材とか強力な効果を持ってそうなマジックアイテムはある。けど食料が1つも入ってないってのは嫌がらせか何かか? まさかドラゴンの骨とか、上級悪魔の角、サラマンダーの尻尾を食えとでも言うのか? と言うか、魔獣術の後継者に渡すのを前提にしていたのなら、セトに食わせる魔石の1つくらいは入れておいてくれよ」
しょうがないので現状を打破する為に必要そうなマジックアイテムをゼパイルの知識から探っていく。その結果見つけたのは『診断のオーブ』と言われるものだった。それを使えば自分がどの系統の魔術を使えるのかが分かるらしい。当然魔獣術以外の適性限定なのだが。
世界最高峰のゼパイルから莫大な魔力を持っていると断言されたレイは、自分がどのような魔術に向いているのかを確認する為にも診断のオーブをミスティリングから取り出して自分の魔術特性を調べることにする。
「水の魔術が使えるのなら飲み水には困らないから、出来れば水の魔術適性はあって欲しいな。後は転移魔術が使える空間魔術とか、マジックアイテムを作れる錬金術なんかも期待度は高いか」
自分の魔術適性を想像しながら診断のオーブへと掌を置く。これで使用者の魔術特性のシンボルがオーブへと現れるのだ。例えばレイが一番期待している水の魔術適性がある場合は水滴が。空間魔術の適性がある場合はドアが。錬金術の適性がある場合はフラスコが、という具合にだ。
そして期待しながらオーブへと視線を向けたレイの目に映ったのは炎のシンボルただ1つのみだった。
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