63話・一年後、出戻り皇女になりました

 そして一年後。私はゲルト国の王城にいた。キランが表向き病死扱いで幽閉されたのでゲルト国王の跡継ぎがいなくなり、父王の跡継ぎの問題もあって皇帝とは離縁したのだ。皇帝とは白い結婚だったことからすんなり離縁は認められた。


 王城の回廊に演習場からの声が響く。今まで軍部は上層部が弛みきっていた。元将軍トリッヒの影響だ。トリッヒは自分に媚びる者を側に置き、兵の指導は配下の者に任せていた。

 その為、たまたま演習場を覗いて気になった者は取り立てていわゆる依怙贔屓体質にもなっていた。

オリティエの死を探る為にやってきたシュガラフ帝国の兵達は、真面目にやっている王国兵達の待遇の悪さに同情し、シュガラフ帝国に来ないか? と、勧誘したくなったらしい。

 でもそれも以前の話だ。今は熱血指導者が現れて皆が辟易している。特にお偉方の方が。


「それでも一小隊を預かる身か? こんな軽い柔軟体操にもついて来れないのならこの場を去れっ」


 さすが私の元師匠は手厳しい。兵を預かる者は皆の命を預かる身だからと甘やかすような事はしない。まあ、お偉方は何を勘違いしていたのか、上司というのは配下に命じるだけで自分は動かなくてもよい。と、考えていたようで「なぜ私が?」と、初めはルーグの指導に反抗していたが、彼が「ほお。俺が誰か分かってないようだな?」と、凄みを利かせると青ざめて従うようになった。ルーグに自分に従えないのなら解雇しても構わないと言われて渋々従うようになり、それでもルーグの指導について行けない甘ちゃん指揮官達は皆、去って行った。

 ルーグとしては風通しが良くなったらしい。


「やっている。やっている」

「ルーグさまは手厳しいですものね。でもそれで良いくらいですよ。あの方達は口先ばかりで皆、自分の保身しか考えてなかった人ばかりですもの」


 私の言葉にマナがフフと笑った。彼らはトリッヒ将軍が捕らえられると自分は関係ないと泣きついてきた。それを見て父王は当然のこと、その場にいたルーグも呆れたらしい。その後、父王から「この国に来て一から指導してくれないか?」と頼まれていたようである。


「それにしてもアリーダさまも忙しい御方ですね。婚約解消されたと思ったら、帝国皇妃さまになって出戻りになるなんて」

「あまり出戻りって言わないでよ。私達は円満離婚なんだから」


 初めから皇帝とは書類上の妻だった事情を知らない者から見ればマナの言うとおりなのだろうけど、その変に同情したような目線はいらない。


「分かっていますよ。国王さま達にとってはこれで良かったのでしょうね」


 マナは、父王達は私が自分達の手元に帰って来て喜んでいると言った。やはり実子に側にいて欲しいのだと。キランのことは実に残念だったけど、次期国王については皇帝と父王の間で話がついていた。

 ルーグが私と婚姻してゲルト国の王になることが決まった。ルーグは皇帝の叔父という立場もあり、何より彼の人柄は父王も知っているので、皇帝から話を持ちかけられた時に是非と盛り上がったらしい。


「それに頼もしい次期国王様が誕生したんですもの。軍部も改められてアリーダさまを馬鹿にする暇もなくなるでしょうよ」


 マナは私が軍部で嘲笑されているのを良く思ってなかったようでその度に憤慨していた。


「ありがとう。マナ」

「でも本当に良かったですね。アリーダさまに相応しい御方と出会えて」

「あなたもね」


 私達が演習場を見ていると向こうもこちらの視線に気がついたようだ。振り返った。


「アリーダ」

「ルーグ。そろそろ昼食にしない? 迎えに来たの」

「そうだな。もうそんな時間か」


 ルーグは指導に熱心なのは良いけれど、時々時間を忘れる。食事時に声をかけてくれと彼の副官アーサーから頼まれていた。


「アーサー」

「はい」

「休憩にしよう。皆に伝えてくれ」


 ルーグに呼びつけられたアーサーはホッとしたような様子を見せた。わたしに向かって軽く頭を下げると、その隣に目をやって笑みを浮かべた。


「じゃあ、マナ。私達は先行くわね」


 私はルーグの腕を引いてその場を後にした。マナはそれを聞いてアーサーに駆け寄る。彼らは付き合いはじめたばかり。帝国でマナの方から声をかけたらしい。私はマナの側にいたのに全然、気がつかなかった。

 しかもそれをルーグから「あの二人、付き合いはじめたらしいぞ」と、教えられていた。


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