58話・逃げるなんて許さない

 将軍が牢屋に繋がれた日の晩。騒ぎが起きた。寝入っていた私は外が騒がしいのに気がついた。


「脱走だ! 追えっ」


 その声はルーグのもので何か起こったようだ。寝間着にガウンを羽織り、部屋に飾りのように添えてあった先代、傭兵王の槍を手にして王城の外へ向かえば、ランタンを手に誰かを捜し回る帝国兵と王城の兵に出くわした。


「何があったの?」

「皇妃さま」

「囚人が逃げました」

「トリッヒ元将軍が逃げました」


 帝国兵と王城の兵がそれぞれ言う。


「トリッヒ元将軍が脱走?」


 事の次第を理解した時「いたぞ!」と、言う声が上がった。その方向には夜目にも走って塀をよじ登ろうとしていた元将軍が見えた。

 それを見て今までの事が脳裏に蘇ってきた。許せない。私の事を見下してきたあなたを許すものか!


「逃がさないわよ!」


 怒りに背を押されて私は槍を一目散に元将軍めがけて投げつけた。ブルンと空気を振るわせて目標めがけて飛んでいった槍は壁に突き刺さった。

 丁度突き刺さった場所は元将軍の顔のすぐ横。それに驚いた元将軍は逃げ出す気力を失ったようだ。大人しく後を追った兵に拘束された。

 再び後ろ手に縛られて地に寝転がされたトリッヒに私は近づいた。


「みっともない姿ね。トリッヒ。これが以前、私を散々愚弄してきたあなたの姿だとは情けないわね」

「皇妃……。あの槍は誰が……?」

「私が投げた物よ。あなたは女が武術を嗜むなんてと馬鹿にしてきたわね。力では女は男に叶わないと。女もその気になれば怖いって事、分かってもらえたかしら?」

「……お許しを」


 自信に満ちた男の姿はそこになかった。それでも槍を投げたのは私だと聞いて悔しそうな顔をした。私はトリッヒに近づき身を屈めた。私は彼の事を長いこと恨んできた。何か言わずにはいられなかった。


「私は自分が男児であればとずっと思ってきた。おまえがそう思わせてきた。おまえは母に良く言っていたわね? 王妃の座を誰かに明け渡しては如何かと。この国は伝説の傭兵王の興した国。王女しか産めない王妃なんて我が国には必要ないだったかしら? そのおまえはあの槍さえ扱えなかったというのに大した物言いだこと」

「あの槍……?」


 怪訝な顔をするトリッヒは、私が彼の前から立ち上がって壁に刺さっていた槍を一気に引き抜くと彼の前にわざと放り投げた。


「これは……!」

「我が先祖の傭兵王ヌアザ愛用の魔槍グングニル。この魔槍を扱える者は英雄の血を引く者とされる」

「この魔槍をあなたさまが──?」


 トリッヒは信じられないって顔をした。散々、見下してきた私が、彼が望んでも得られなかった魔槍をやすやすと扱って見せたのだ。悔しい表情を見せるかと思ったのに瞠目していただけだった。


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