56話・ふてぶてしいトリッヒ将軍


「私達を捕らえてどうなさるのです? 皇妃さま」


 トリッヒ将軍と矢を射った兵を捕らえたのはルーグ達なのだけど、後ろ手に縛り上げられた将軍は私を憎々しげに睨んできた。その上司と肩を並ばせられて縛られている矢を射った兵は、事の次第が想像出来たらしく青ざめていた。

 将軍の思った通りの反応にため息が出た。


「こちらの捜査を邪魔しただけではなく、シュガラフ帝国皇妃である私への殺害未遂です」

「殺害だなんて。あれは演習場で練習していた者が誤って射った矢がそちらに……」

「それでもし、私が死んだならどう責任を負うのですか?」

「死ぬだなんて大袈裟な。皇妃様は生きていらっしゃいます」

「つまり冷やかしに矢を放ったと? それは如何なものかしら将軍?」


 トリッヒ将軍と話していて苛立ってくるのは私が狭量だからだろうか? どうも彼の発言は一国の将軍に相応しくないものに思えてならないんだけど?

 思わずルーグを見たら同情の目を向けられた。ここからはルーグが代わってくれそうだ。


「誤って射ったにしては済まされないことをしましたよ。将軍、ここで潔く認めたら如何ですか? あの矢には細工がされていたのでしょう?」

「そんなことはありませんよ」

「それなら皇妃さまが投げ返した矢を受けた兵に向かって『矢先に触れたか? 大丈夫か?』と叫んでいたのは何故ですか?」

「……!」

「矢じりに毒が塗られていたのです。つまり誰かを殺害しようとしていたのは確かですよね?」


 証拠隠滅に元御者を消そうとしたのだろう? と、いうルーグの言葉に将軍は唸る。その隣で「嘘だ。毒だなんて聞いてない……」と呟く兵にもルーグは容赦なかった。


「そこのきみもただ、上司の命に従っただけでは済まされない罪を負うことになるぞ。現時点で皇妃さまの暗殺未遂罪がかかっている」

「そんな──」


 将軍の配下と思われる兵は項垂れた。ワンマンな上司に逆らえなかったと言うのもあるだろうが、毒を塗った矢で元御者を射ろうなんて無謀だ。シュガラフ帝国兵がいる前で射るなんて喧嘩を売ったようなもの。

 その辺はどう考えているのかと思えば捕らえられている兵が言った。


「将軍に言われたんです。よそ者が大きな顔をしている。大国の将軍だかなんだか分からないが、実力の伴わない者達があのように王城を闊歩しているのは気に食わない。だから一つ、脅してやれと。あの取り調べを受けている男の側に矢を射かけてやれば、ゲルト国にはこの距離から矢を放つ実力者がいると驚くに違いないと言われて一本の矢を渡されました」

「嘘です。この者は嘘をついています。私がなぜそのような事を?」


 将軍には呆れ果てた。まだ自分は無関係だと言い逃れるつもりのようだ。この人は脳みそまで筋肉で詰まっているのだろう。思考能力が低いような気がする。


「この者が仮令たとえ、嘘をついていたとしてもこのような行動を取ったのです。その上司であるあなたに責任がないとは言えますまい」


 ルーグは逃げるなよ。と、トリッヒ将軍に言った。


「それとあなたには前王太子妃殺害幇助の容疑がかけられています」

「私が何をしたと言うのですか?」

 

 トリッヒ将軍は太々しくも「はあ?」と、私に目を向けた。その態度を気にせずルーグは問いかけた。


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