第31話・忌まわしい記憶

「あら。お久しぶりですね。マレーネ夫人」

「これは皇妃殿下」


 私は近衛兵を連れて皇帝の元へ向かおうとして、大理石の廊下が続くオウロ宮殿内で懐かしい人に出会った。

 ゲルト国の将軍の妻、マレーネ・トリッヒ夫人だ。夫人は金髪に緑色の瞳をした美人だが、側に見かけない赤毛に黄緑色の瞳をした男性を連れていた。あちらも驚いたような顔をして慌てて連れの男性と共に頭を下げてきた。


「そちらの御方は?」

「わたくしの遠縁にあたりますの。こちらの帝国では産業大臣職にあるビーサス伯爵ですわ」

「あなたがビーサス伯爵でしたか?」

「お初にお目にかかります。娘の事では大変ご迷惑をおかけしました」

「失礼ですがオリティエさまにはあまり似ていないのですね?」

「良く言われます。娘は亡き妻に似たものですから」


 意外だった。この男がオリティエの父親なんて。ちっとも彼女に似ていなかった。赤の他人といってもおかしくないほど共通点が見出せなかった。


「では申し訳ありません。私達は先を急いでおりますので御前失礼致します」


 マレーネ夫人は深々と私の前で一礼してビーサス伯爵と共に立ち去った。何だかそれに妙な胸騒ぎを感じたものの皇帝の部屋へと急ぐ。

 途中、ある柱時計の前を通り掛かったときに時報を知らせる鐘が鳴った。その音で私は何かが脳裏を掠めた気がして足を止めた。


「妃殿下?」

「何でもないわ」


 そう言いながら時計の上に乗っている白い物を見た時に再び何かが頭の中でちらついた。柱時計の上に乗っているのは白い梟でそれから目が離せなくなった。


「フクロウ……? どこかで見たことがあるような?」


 何か思い出せそうで思い出せない。それがとてももどかしかった。そして記憶の奥底で眠っているような気がしてならない。


「妃殿下?」


 頭の中に不意に白いフクロウが羽ばたく場面が見えた。


「賢者の白いフクロウ──」


 フクロウが矢を射かけられて地へと落下していた。それを目撃した私はそのフクロウを拾い王城へ連れ帰った。そして──?

 眠っていた記憶を揺り起こすことに夢中になっていた私は護衛の近衛兵が心配していることに気がつけないでいた。今の私は白いフクロウになんて会った覚えはないのにどこかで会ったような気がしてならない。そればかりか晩餐会では気がつかなかったけれどこの宮殿には以前も来た覚えがある。


 そして私はそこで──?


 いやが上にもある記憶が蘇って戦慄した。以前の私が知るシュガラフ皇帝は高齢の男。嫌らしいあの男は白銀の髪に青い瞳をしていた。骨張った手で酔い潰れた私の身体を撫で回し──。


「いやああああああああっ」

「皇妃殿下!」


 頭を両手で押さえてその場にしゃがみ込むと近衛兵達が周囲を取り囲んだ。


「妃殿下っ。妃殿下」

「どうなさいました?」


──ヤダヤダ。思い出したくもない。あんなことあったなんて認めたくない! 嫌だ!!


 思い出したくもない記憶が頭を覗かせてい。嫌だ。見たくないの。怖い。誰か助けて!


「妃殿下。お気を確かに」

「妃殿下っ」


──お願い。誰か助けて。もう嫌だ。


「妃殿下──」


 揺らぐ意識の中で耳は戸惑う近衛兵達の声を拾っていた。そして誰かが慌てて近づき私を抱き上げたのを感じてなけなしの意識を手放した。


「……忌々しい記憶は残されてないはずなのに生き直しているせいでしょうか? 調子がおかしな事になったようですね」


 私を抱き上げた者の声は、しばらく私の側から離れている者のように思えた。

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