第30話・ルーグの妹の死
「彼とは10年前に知り合ったの。丁度、許婚であるキランがゲルト国を出てシュガラフ帝国に行ってしまったから当時、7歳だった私は許婚という名の遊び相手を失って寂しい思いをしていたのよ。それで二国間にかかっている森を抜ければキランのもとに行けるんじゃないかと思って森に入ってルーグに出会ったの」
その時の彼は実妹を失って世の中に絶望していた。その事までは話す必要もないかと口を噤むとフォドラが言った。
「あの頃はルーグさまもお辛い時期でしたからアリーダさまに会って心が癒やされたのかもしれませんね」
「何かあったのですか?」
「いつかは知れることだと思いますが、ルーグさまの双子の妹ぎみはカルロスさまの許婚だったのです」
「……?!」
「カルロスさまはあの通り見目は良い方で皇帝とは違って軽い御方でしたから女性関係も派手で。周囲には耳障りの良いことしか言わない者を置いていたので時々、許婚という立場から苦言を呈していたルーグさまの妹ぎみのことを嫌っておいででした。そしてある日、先代の皇帝主催の誕生パーティーで婚約破棄を言い渡し、ありもしない冤罪をかけたことで妹ぎみは修道院行きを命じられましたが無実を訴えて自害されました」
「……! それでカルロスさまは?」
「お咎めなしです。先代皇帝は彼を大層、可愛がっておられましたから」
「そんな──。冤罪って?」
「カルロスさまが懇意にしていた女性をならず者に襲わせたとか。その女性が乗っていた馬車が襲われたらしいです」
フォドラは顔を顰めた。
「その事に対して調べたんですよね?」
「カルロスさまの一方的な言い分で責め立てられて言い返すことも出来ず、しかもタイミングが悪くその頃は先代皇帝の命でアダルハートさまとルーグさまは遠征に出かけられていて留守でした。彼女を庇うにも私一人では太刀打ち出来なくて早文を飛ばしてアダルハートさまにお伝えするのがせいぜいで……」
「カルロスさまの懇意にされていた女性って今は?」
「もうお亡くなりになられて存在していません。でもいつか天罰は下るものですね。先代皇帝はその後、お亡くなりになりアダルアートさまが皇位に就かれてカルロスさまは処刑されるのですから」
私は知らなかった真実に衝撃を受けた。ルーグは最愛の妹を亡くして絶望していたのかと。あの時の嘆きの声は今でも思い出せる。
「でもルーグさまは今の皇帝に仕えるようになってから変わられました。生き生きされてアダルハートさまも彼の事を心配していたので安心なさったようです。きっとアリーダさまに会ったことで変わったのでしょうね?」
「私も彼に会って救われました。私は許婚の為に強くなりたかった。でも、女が武術なんて馬鹿にされて誰も頼れなくて嘆いていたら彼が教えてくれると言ってくれたんです」
「アリーダさまはどうして武術を?」
「フォドラさまもご存じの通り私はゲルト国王の一人娘でした。当時、誰もが私の夫になる者が国王になるのだと信じて疑いませんでした。その為、許婚だったキランはちょくちょく命を狙われて死にそうな目に何度もあっていたのです。そこで私は寝台で魘される彼の為に盾になろうと思って毒に慣れ、武術を学ぶことに必死になりました」
「あなたさまも苦労されて来たのですね。だから陛下はあなたさまを皇妃に迎えられたのかも知れません」
「大した意味はないと思いますよ。ルーグの話を聞く限りでは売り言葉に買い言葉みたいな感じでしたし」
ルーグはフォドラと離婚して正式に私を妻として迎えようとしたと言っていた。それに待ったをかけたのが皇帝で、ルーグが自分の気持ちになってみろと言ってゲルト国に不意打ち訪問して私を脅すように求婚したことを彼女に話すとフォドラは愕然としていた。
「そんなことになっていただなんて……」
彼女は知らなかったようでごめんなさいと謝ってくる。彼女に会う度に何かしら頭を下げてもらっているような気がしてならない。
それも彼女の性格なんだろうけど、私も彼女もルーグもあれに振り回されすぎよね。
「ではそろそろ私は──」
「あら。もう戻られるの?」
「そろそろ陛下が痺れを切らして迎えに来そうな気がしますから」
「ご馳走様です」
「では──」
一礼し、その場を退出して行ったフォドラの歩みは心なしか重いような気がした。
数日後。速やかに処刑は執行された。
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