第11話・俺は好きでもない女を抱く気はないぞ


 白銀色の髪に青い目をした愛しい人がこちらを見つめていた。誰に批難されても構わなかった。彼が味方であるのなら。ふと聞いてみたくなった。


「帝国美人よりも?」

「帝国美人って何だ?」

「シュガラフ帝国では小柄で華奢で見目麗しく儚い容姿をした女性が人気なのでしょう?」

「そんな話聞いたこともない。それは現皇帝の好みの女性のことじゃないのか? そんな奴、帝国にならどこにでもいるぞ」

「じゃあ、あなたの奥さんは小柄で華奢で儚い容姿をした人なのね?」

自分じゃ立つ瀬もないかと思うと、鼻を摘まれた。

「何するの?」

「余計なことを考えるなよ。今は俺だけのことを考えていろ。俺は好きでもない女を抱く趣味はないぞ」

「ルーグ」


 ルーグに自分の想いを疑ってくれるなよと言われた気がいた。10年、彼に私は槍や剣を教わってきた。彼の人となりは知っている。彼は自分の心に嘘がつけない人だ。


「ねぇ、いつ私への気持ちに気がついたの? それまでは単なる師弟関係でしかなかったのに?」

「自覚したのはここ最近だ。おまえは年々綺麗になってきたからな。許婚に会うのを心待ちにしていたおまえが眩しく思えてきて堪らなくなった」

「わたしもよ。いつしか許婚よりあなたの事ばかり思っていた。だから許婚が不実を働いたと聞いて良かったと思ってしまう自分もいたの。私って最低ね」

「アリーダ……」


 抱擁し合うと好きな人の体温に包まれている安堵感があった。それからはあまり良く覚えていない。私は初めてだったから全てルーグお任せ状態になっていて、夢心地のような気分で終えることが出来た。

 でもそこで欲が出た。あまりにも気持ちよすぎてこれきりにしたくなくなったのだ。処女だったはずなのに。私って淫乱の素質あり?


「アリーダ。済まない」

「謝らないで。私が頼んだことだもの。ありがとう。私を愛してくれて」


 ルーグがベッドの中で抱きしめてくる。その胸に頬を押し当てると頭上から謝罪の声が落ちてきた。彼は私を抱いたことへ罪悪感を覚えたのかと思ったら違った。


「俺も他人の事は言えないな。これきりにしたくない」

「ルーグ?」

「おまえを手放したくない。おまえを完全に俺のものにしたい」

「本当? 嬉しい……」

「今は書類上の妻がいて面倒だがなんとかする。それまで待っていてくれるか?」

「待つのはもう嫌。私をあなたの愛人にして」

「本気で言っているのか? アリーダ」

「本気よ。あなたには書類上の事とはいえ、皇帝の命で奥さまがいる。離縁手続きまで何年待つことになるの? 皇帝達は良い思いをしているのに私達はそれに我慢させられて清い交際をするの? 耐えられないわ。だから私をあなたの愛人にして」

「馬鹿を言うな。アリーダ。おまえのような生まれも育ちも良い娘が愛人なんて気軽に言っては駄目だ」

「私の祖先は傭兵よ。国内はともかく他国の王侯らは我が王家を成り上がり者と見下している。シュガラフ帝国の皇帝だって私を妾妃にどうかと打診してきたくらいなのに」

「何だと? 皇帝がおまえを愛妾に?」


 ルーグは王女である私が、わざわざ自ら愛人になりたい等と自分を貶めるような発言をしてはならないと言う。でもそう思ってくれているのは彼ぐらいなものだ。

 政略結婚で大国に嫁ぐ王女は、政治的思惑があって正妃か側室に限られる。妾妃というのは取り替えが利く存在で側妃や公妾に比べて立場が弱い。


 初めから妾妃とどうだと打診されるということは、友好国である我が国に向ける言葉ではない。対等に見ていないことになる。こちらの国を見下した態度でしかない。

 それというのも我が国はもともと傭兵達が集って興した国で、それまで傭兵は特権階級者達にお金で雇われてきた。その傭兵が興した国を良く知りもしないで野蛮な国だと見下している国もある。

幸いゲルト国には鉱山があって、王達はそこから財を成し運送業を生かして各国にネットワークを作り上げた。 


 その手腕を曾祖父の代に当時のシュガラフ帝国皇帝に買われて、帝国の姫が王の元へ嫁いで来たことにより友好国となった。でも何かしら文句を付けたがる人間はいる。表向きには批難されることはないが、帝国の老輩の者達は皆、「傭兵国がどうの」と馬鹿にしているとも聞く。

 シュガラフ皇帝は、私が成人を迎えたと同時に妾妃の話を打診してきた。その事は父王が断りを入れたが、その1年後、帰国したキランが妊婦であるオリティエを連れ帰ったことと、生まれた子が彼の子ではないことから私は裏に皇帝が絡んでいるのではないかと疑っている。


「何を考えているんだ? あいつは。あいつにはフォドラがいるというのに」


 皇帝のことをルーグはあいつと言った。ルーグはあまり自分の事を話さないけど、彼の白銀色の髪から皇室に所縁のある者に違いないと思う。

 我がゲルト王家にも王の血を引く者は宵闇色の髪色をしているように、シュガラフ帝国皇帝の血を受け継ぐ者は、白銀色の髪をしているのが正統な証とされているとノギオンから聞いた覚えがある。


 現在の皇帝は先代皇帝の庶子で軍に身を置いていたらしく本来なら皇位につく立場ではなかったが、たまたま先の皇帝の皇子達が急な病で命を落とし、大公爵家の娘と政略結婚をしていたことでその舅の力で皇位に付いたとされる。皇位に付いた後は、舅は急な病で命を落とし、その娘も気落ちして亡くなったらしい。そこには何か深い闇が隠されているような感じがする。

 フォドラとはルーグの書面上の妻の名だ。皇帝は公妾にしたくて望んだ相手がいながら私を妾妃に望むなんて何を考えているのかと彼は憤っていた。


 私は彼に懇願した。


「私はあなた以外、抱かれたくなんかない。どうせ愛人になるとしたらあなたの愛人になりたいわ。私はあなたのものでいたいの」

「アリーダ。そこまで言われたら俺も腹を括ろう」


 自分から一晩だけと持ちかけておきながらこれっきりにする気になれなかった。ルーグにもっと愛されたいと望んだ。


「ねぇ、だったらねぇ……」


 見上げると言葉の代わりに顔が寄せられて唇が重なる。お互い想いを伝え合った私達は、再びベッドの上で重なり合った。

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