第9話・可哀相な女と不憫な男

「ええい。こうしてやる」

「……!」


 苛立ち間際に彼の頬を両手で押さえて自分の唇を彼のそれに押し当ててやった。するとやり替えされた。


「ふぇ……」

「アリーダ。俺を煽ってどうする?」

「だったら私をあなたのものにしてくれない」

「おまえ、何を言っているのか分かっているのか?」


 自分でも口から飛び出した言葉に驚いた。今までルーグのことを憎からず思っていた。でもその言葉を口にすることはないと思っていたのに、お酒が入っているせいか口が滑ってしまったらしい。ここまで来たら上手く隠す気もなかった。ええい、ままよ。


「分かっているわ。私ね、今まで沢山諦めてきたの。私には立場がある。許婚がいるって。でもその許婚に振られたし、王位なんてくれてやるし、私に言い寄る男なんて誰もいない。だからいいでしょう?」

「何だか破れかぶれになってないか?」

「だって私にはもう後がないもの。もう行かず後家決定だもの。皆に同情されて王姉として居続けるしかない」

「アリーダ。本当に良いのか? 俺はおまえから見たら17歳も年上のオヤジだぞ。おまえに釣り合う若い男なんて他に沢山いるだろうに」

「いいの。私はあなたがいい。私は国内では女だてらに槍を振り回している可愛げの無い女だって笑われているし、許婚に捨てられた惨めな王女で誰にも相手にされてないもの。物好きにも欲しがる男性なんていないわ」

「おまえは可哀相な女だよな」

「可哀相に思うなら慰めてくれない? お願いよ。今夜一晩で良いから情けを頂戴。あなたになら私の一番大切にしてきたものを託したいわ」


 私の決意にルーグは戸惑いを見せた。


「それに俺には一応……」

「皇帝の公妾にする為に政略で迎えた奥さまがいるから? でもそれがなに? 関係ないわ。あなたは名ばかりの夫の立場に甘んじているだけでしょう? 私を慰めてよ」


 ルーグには5年前に皇帝に押しつけられた妻がいる。それも名目上の妻。皇帝が未婚女性と深い仲となり、それが露見する前に公妾にしようとした。公妾にするには条件があり既婚者でなければならないらしい。その為、ルーグはその女性の仮の夫にされてしまったのだそうだ。その女性は現在、皇帝の公妾として側に侍っている。

 ルーグも不憫な男だ。皇帝の都合に振り回されて紙きれ一枚で既婚者にされてしまったのだから。犠牲者と言ってもいい。


 ここにいるのは可哀相な女と不憫な男だ。傷を舐め合うくらいいいじゃないかと言う私に彼は呆れたように言った。


「おまえ、それっておまえの元許婚のこと批難出来ないぞ」

「好きになってしまったんだもの。いけない? 私、そんなに魅力ない? あなたにまで嫌われてしまったら私、立ち直れない」


 泣きそうになるくらい悔しすぎて俯いたら、その顎を取られて唇を奪われていた。


「馬鹿だな。アリーダは。おまえは魅力的だよ。俺の心を掴んで離さないほど」

「ルーグ」

「おまえも俺も馬鹿だ。ずっと側にいて我慢していたのがおまえだけだと思うなよ」

「それって……? ひゃっ!」


 期待しても良いの? と、思うと膝裏に腕を回されて横抱きにされていた。驚く私にルーグが微笑む。

「落ちないように首に腕を回していろ」


 こんな事をされたのは初めての経験でどうして良いか分からない。言われたままに彼の首に腕を回し縋る形になった。


「移動するぞ」


 悠々と私を抱き上げるルーグの横顔に見惚れていると丸太で組んだ小屋に運び込まれた。

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