第7話・ノギオンは魔法使い
「調子が悪そうだな。今日は止しておくか?」
「嫌だ。やる」
「強情だな」
私は森の中で10年来の知り合いであるルーグに会っていた。彼には剣術を教わっている。現在は槍に変わったけど。帝国軍人である彼は若き精鋭部隊の長らしい。彼とは互いに付けている魔法の銀のブレスレットの力で会っていた。ブレスレッドを擦ると、相手を呼び出す事が出来るようになっている。それは 彼も同じなのだけど、大体呼び出すのは私になっていた。
幼い頃は使用方法がよく分かってなくて頻繁に呼び出し、一度戦いの最中であった彼を呼び出した時には激怒された。今となっては笑い話になっているけど、あの時彼は敵将の首を取ろうとしていた瞬間だったらしくかなりのお冠だった。
それからはお互いの事情を考えて呼び出すようになり最近ではもっぱら夜中に会っている。今夜はアルコールを取ったせいか動きが鈍く感じられた。思考も何だかハッキリしない。槍を持ってその場にしゃがみ込むと頭をポンポンと軽く叩かれた。
「なあ、アリーダ。まだあいつに未練があるのか?」
「何とも思ってない。私という許婚がありながら他の女性に手を出した男のどこに未練が? さらさら残ってないわ」
ルーグは度々こうして私の愚痴に付き合ってくれた。私に槍の稽古をつけてくれているのも彼だ。彼はこの森を抜けた先に所領地があるらしい。
彼との出会いは10年前。シュガラフ帝国へ向かったキランを見送った翌月のこと。許婚という名の年の近い遊び相手を失って寂しくなった私は、この森がシュガラフ帝国と自国を跨いでいることを知った。この森を抜ければキランに会えるに違いないと信じ、無謀にも一人で森に入り迷子となって彼に出会った。
彼との出会いは衝撃的だった。
森の中でおいおいと鳥が鳴いているにしては低く、何か獣が吠えているにはひ弱な声がした気がして気になった。何だろうと思ってそのもの悲しく思われる声に誘われるように足を向ければ、そこに大地の上で四つん這いになって泣いている男がいたのだ。ビックリした。
『おにいさん、ないているの? かなしいの?』
手負いの獣のように打ちひしがれる男を無視する事も出来ず、男に近づくと背中に手が伸びていた。さすって上げたいような気がしたのだ。彼は大事な者の死に嘆き苦しんでいるように思えてならなかった。
『おにいさん、どうしたの?』
『妹が死んだ……』
聞き取れるかどうかの小さな声がした。ポツリと漏らされた言葉に背中が震えた。彼はしばらく泣き続けた。泣き止んだときに我に返ったように私の存在に気がついたようだった。
その時のルーグは24歳。私は7歳の出会いだった。それからも私はちょくちょく森に足を運んだ。ルーグは憔悴しきっていて、いつ命を絶つか分からないような状態で放っておけなく思ったのだ。
何度も足を運びたわいないことを話していくうちにルーグは少しずつ元気を取り戻して行き、気がつけば私の相談相手となっていた。
私は彼の前でままならない立場を嘆いた。許婚は自分の婚約者となってから命を狙われるようになった。自分には彼を守ることが何一つ出来なかった。それが歯がゆく思われてせめて彼が成人して戻って来るまでには、彼の身を守れるぐらいに強くなりたいと思っているが、ゲルト国では男尊女卑傾向が強く、女性が武術を学ぶことを将軍始め、軍部の者は良く思わず協力的ではないのだと言った。
それを聞いたルーグは、『じゃあ、俺が教えてやろうか?』と、言ってくれた。『俺の教え方は厳しいぞ。根を上げるようならすぐに止める』そう言われてもぜひ教えて欲しいと頼み込んだ。
その頃にせっせと私は遊びに行くと言っては、王城を抜け出し小離宮の森に通うようになっていた。その為の移動手段は王城に出入りしていた商人の荷台で、商人が二度食糧を王城に納めるために小離宮の近くにある村から来ていることに目を付け、その荷台に無謀にも飛び乗って通っていた。
それが有能な侍従長ノギオンにバレないはずもなく、あけなく御用となり、追及されて洗いざらい白状させられた。そしてルーグと引き合わさるように言われて会わせると二人は知り合いだったらしい。ルーグは引き攣りノギオンはにっこり笑っていた。
『えっ? おまえ、こいつの知り合い?』
『これからもうちの姫を宜しくご指導お願いしますよ。ルーグ殿』
明らかに失敗したかもと言わんばかりに額に手を乗せて天を仰ぐルーグに、意味ありげな目線を向けるノギオン。二人の力関係が分かったような気がした。
『アリーダ。おまえさ、おれに教わらなくとも……』
『ああ。そうそう。姫さま。ここまで通ってくるのは大変でしょうから良いものを差し上げましょう』
そう言ってノギオンは何かを言いかけたルーグと私の腕にどこからか取り出した銀の輪をはめた。私はその時にノギオンは普通の人間とは違うことを知った。
『これ、なあに?』
『これは呼び合う魔法の輪です。姫さまがルーグに会いたい時には銀の輪を三度擦りながらおいでと言えば呼び寄せる事が出来ます。戻るときは同じ事をして帰れと命じれば良いですよ』
『すごーい。ノギオンはまほうつかいだったの?』
『はい。皆には内緒ですよ』
目を輝かせた私に、ノギオンは身を屈め口元に人差し指をあてた。
『ノギオン。おまえは大賢……』
『これも何かもご縁ですよ。あなたさまも人を教える楽しさを得たようで何よりです』
ノギオンはルーグにそれ以上、言わせなかった。ルーグは仕方ないなと頭を掻き、それからノギオンの許可も出たので私もわざわざ商人の荷台に忍び込んで小離宮の森まで移動する手間が減った。
ルーグに会うことをノギオンからも許可をもらったことで私は貪欲に教えを求めた。そのおかげで10年も経った今では槍を思う存分に振るい、狩りに出られるほどの腕前となった。剣の方もそこそこ扱える。その事は私付きの使用人しか知らないと思っていたのだけど、いつしか将軍の耳にも伝わっていたようだ。
私と顔を合わす機会があると『女だてらに騎士の真似事ですか?』と、嫌みを言われたりした。将軍には女なのだから護衛対象として大人しくしていろと言いたいらしい。こっちとしてはその護衛対象であった幼いキランを守り切れなかったくせに大した物言いだと、言い返したいところだけど聞き流すようにしている。
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