第6話・世の中は非情


 私は部屋に戻って来ると寝台の上で仰向けになった。額を両手で覆えば遠い日の事が蘇ってきた。


「アリー。なかないで。ぼく、きっとかえってくるから。ぼくアリーがだいすきだよ。ぼくのことわすれないでね」


 10年前。曇り空の下、広がる青い小麦畑の前で私達は涙ながらにお別れをした。当時6歳だった彼は女の子のように愛らしかった。その彼を国境まで見送りに出た私は7歳。

 お互い一人っ子同士。彼の母親は彼を産み落としてから産後の肥立ちが悪く亡くなっていた。その彼を彼の母とは姉妹だった王妃である母が不憫に思い、私達は城内で実の姉弟のように育ってきた。

 父王が私達を許婚と定めたのには、母が病弱で私一人しか子を成せないことが原因にあった。王女では王位に就けない。王子誕生を願う重臣らは父に側室を勧めた。


 しかし母の事を大事に思う父王はそれに頷くことなく、私とキランとの婚約を早々に取り纏めた。そのことでキランは次期国王となる事が確約された。

 キランは王弟で公爵の地位にある宰相の息子。私の婚約者となるのに彼の身分も年齢もこの国では一番、相応しいと思えた。父へ側室を勧めていた者達は意見を取り下げるしかなくなった。

 するとしばらくしてキランの身が危うくなってきた。宰相の息子を王女である私と娶せ、王位に就かせるのを快く思わなかった者達が彼の命を狙うようになったのだ。飲食物に毒が含まれていたり、出かけた先で襲われかけたりして危ない目に何度もあった。


 このままでは成人を迎える前に死にかねないと、毒を盛られて寝込む彼を見て父王や宰相は、彼を友好国であるシュガラフ帝国に一時的に避難させることを決めた。表むきの理由は見識を高めるためとして。

 宰相は念には念を押して彼の居場所が暗殺者達に漏れてはいけないと、断腸の思いで連絡を絶った。息子の命を守る為、苦渋の決断をしたのだ。


 私は次期国王となるキランの身を案じて彼の盾となることを決めた。その為に少しずつ体を毒で慣らし剣術に取り組み始めた。彼が帰国して王位に就いたときにまた誰かに命を狙われる事になるかも知れない。そしたら妻として王妃として彼の前に身を投げ出し、彼の命を守ってみせると決めた。

 このゲルト国は傭兵達が集って興した国だけに、女は無力で男よりも目立つ事を嫌う風潮がある。剣術を教わる私を口うるさい男達は良く思わなかった。女だてらにと中傷されて王女の気まぐれにも困ったものだ等と陰口を叩かれた。両親には危険だと反対されたがおかげでだいぶ毒に耐性がつき、10年経った今では剣術の方も男性と堂々と渡り合えるぐらいになった。


 ここまで来るのに容易ではない道のりだったけど後悔はしていない。拳を握りしめると堅い剣だこが当たる。女性のものにしては柔らかさが感じられない手。


 世の中は非情で自分の頑張りが必ず認められるとは限らないのだと、あの日嫌でも知ることとなった。

 あの日はキランの帰国に城内が喜びの声で溢れていた。6歳で隣国シュガラフ帝国に向かった宰相の息子であるキランが、10年が経ちようやく帰国する運びになったのだ。誰もがキランが帰国した後は私と婚姻し、立太子するのだろうと疑わずにいた。

 私も自分の夫となるキランを、両親であるゲルト国王夫妻と共に謁見室にて出迎えた。ところが彼は妊婦を伴い、彼女のお腹の中には自分達の「愛の結晶」がいるのだと臆面もなく言い切った。

 宰相は彼を殴りつけ、彼の隣に立っていたオリティエは「いきなり暴力なんて酷い」と、彼を庇い泣き喚いた。


 その事でお祝いムードに湧いていた城内が一気に静まり返りお葬式のように暗くなった。私は居たたまれなくなって修道院行きを望んでも仕方ないと思う。

 でも現実はそう甘くなかった。私はこのゲルト国王の一人娘。婿を取ってその相手に王位を継がせることが決まっていた。その為、従弟のキランは幼少より教育されてきた。それを今頃になって他の人に変更のしようもない。

 再び後継者を選び直すとしても国内では私と年の近い男性達は皆既婚者となっている。国外から探すとしても難しかった。

 両陛下や宰相は頭を抱え込んだ。そこで私は提案した。彼は両陛下の甥であるから後継には問題がない。彼を養子に迎え立太子させればいいと。両陛下は悲しそうな顔をしていたけれど、宰相は複雑な顔をしていた。


 宰相は息子がしでかした事を容認は出来ないが、生まれてくる子には罪が無いと考えていた。それと10年もの間、彼をシュガラフ帝国に行かせた負い目もあった。

 宰相はオリティエを宰相の別邸で預かり、私達が婚姻して一子設けた後に彼女の存在を公にして側妃にしてはどうかと妥協案を出した。私達は政略結婚だ。王家を存続させるにはそれが無難な選択なのかも知れないけど、私は自分が身を引く道を選んだ。


 私を修道院に行かせるか、臣籍降下させる話も上がったみたいだけど、両陛下の反対にあい、結果的には私の身は保留となっている。このまま行けば「行かず後家」まっしぐらになりそうだ。


「ああ。もう。イライラする!」


 ベッドから起き上がると壁に槍が立てかけてあった。それを手にして部屋から飛び出した。向かう先は決まっている。小離宮の裏にある森だ。そこへ向かうわたしを誰かが目撃していたとは知らずに私は駆けだした。


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