第5話・あの頃には戻れない

 先々月、オリティエが産んだ子は褐色の肌に金髪、金色の瞳をしていたと聞く。母親であるオリティエは、亜麻糸のような薄茶の髪に薄青色の瞳。キランは宵闇色の髪に菫色の瞳。二人とも褐色の肌はしていない。その二人の間にこのような色を持つ子供が生まれることはない。

 誰が見ても不義を疑われる状態。彼女は言葉巧みにキランに、曾祖父が褐色の肌の持ち主で金色の瞳だったと言い含めようとしたみたいだったけれども今になってキランは彼女を妻にしたことを後悔しているとも聞く。


「そんな言い方はないだろう? 冷たすぎないか? 前のアリーは優しかったのにどうして変わってしまったんだ?」

「私を変えたのはあなたでしょう? 私は10年、あなたを信じて待ち続けた。そこにあの女を連れて来てお腹の子は二人の愛の結晶だと言ってのけたあなたに酷く裏切られたような気分だったわ」

「僕は裏切ってなんて……。ただ、彼女の方を深く愛してしまっただけで」


 自分の行動をまだ正当化使用というのか? 呆れた。「あ。でも、きみを蔑ろにしていたわけじゃない。きみを側妃に迎えて子供をなせばきっと陛下達も喜んでくれるだろう?」


「未来の王妃になる予定だった私を側妃に貶められてお父さま達が喜ぶ? そんなはずないでしょう? あなたはね、お父さま達の思いすら無に返した」


 キランは私の両親達は親戚だけに、心のどこかでそのうち許してもらえるだろうと思い込んでいる。自分がしたことで失望されているとは思いもしない。


「あなたはどうして私の許婚になったのだと思う?」

「それは伯母上がきみ以外、子を成せなかったからだろう? 伯父上は伯母上を大切にされてきた」

「お母さまは身体が弱かった為、私以外に子を成せなかった。それで王子誕生を望む重臣らにお父さまは側妃を持つよう勧められてきた。それを拒んでまであなたを私の許婚にしたのは、心ない重臣からの中傷からお母さまや私を守る為よ。あなたが許婚に決まってからお父さまに側妃を勧める者はいなくなった。このまま何事もなくあなたと私が結ばれれば問題なかった。私とあなたの婚姻はお父さま達の悲願だった。自分達の選択は間違いなかったと知らしめる事が出来たはずなのに、あなたがオリティエさまに夢中となり、私との婚姻の意味を忘れたことで両陛下は重臣らから再び、中傷に晒されているのよ。分かっていて?」


 あなたの取った行動で両陛下は批難されているのだと言えばキランは青ざめた。


「僕のせいなのか?」

「そうね。あなたがシュガラフ帝国から妊婦を連れ帰ったことで将軍は何と言っていた? 王女と婚姻する前に生殖器官に問題がないと知れて良かったじゃないかと言って、あなたをシュガラフ帝国へ送り出した宰相の判断は間違っていなかったとあざ笑っていたわね?」


 あの日の屈辱を私は忘れない。そしてその切っ掛けを作ったあなたを許しはしない。


「私はね、ずっと思ってきた。自分が王子だったならと。国王であるお父さまや、王妃であるお母さまを苦しませることはなかったと。そして私の許婚になったことで命を狙われる羽目になったあなたを見て申しわけない気持ちにさせられた。何も出来ないなりにあなたの為に強くなろうと決めた。あなたが成人して帰国する頃には、あなたの妻としてあなたの命を守る盾になろうと思っていたの。でも、あなたにはそんな気持ちは通じてなかった」

「きみがそんな思いをしていたとは思わなかった」


「あなたは半年前に帰城してから将軍と会った時に楽しそうに語っていたわね。妻に迎えるなら男勝りな私のような可愛いげのない女よりも自分を頼って甘えてくれる女性が良いと。それに対して将軍は良い女性を見つけましたなとあなたの肩を叩いていたのだったかしら?」

「きみはどうしてそのことを知っている?」

「そんなの聞いたからに決まっているわ。あなた方が王城の回廊で話しているのが聞こえたのよ」


 話は筒抜けだったわよ。あなた達は側に誰もいないと思って話していたんでしょうけどねと言えばキランが顔を顰めた。本人に聞かれているとは思わなかったみたい。私としては本心が知れて良かったけど。


「だから好きでもない女を無理に側妃にしなくてもいいのよ」

「アリー」

「お料理の準備が整いました。お運びしても宜しいでしょうか? アリーダさま」

「ええ。お願いするわ」


 重い空気が二人の間に流れる中、ノギオンが料理を運ぶ給仕達を連れて来た。それを見てキランはホッとした様子をみせたが、私は苛立ちが増しただけだった。


「こちらはアリーダさまが狩られた鹿肉のステーキにございます。赤ワイン煮込みもございます」

「おお。上手そうだ」

「美味しいですよ。お代わりもございます。ごゆっくりご堪能下さい」


 テーブルの上に料理が乗せられていく。他にも給仕達は果実や、パンなど乗せていった。グラスに赤ワインを注がれる。キランは鹿肉が気に入ったようでステーキや、煮込み料理のお代わりを何度かしていた。

 私は丁度お腹も空いていたので彼との会話を避けるように食事を黙々と続けた。やっと気の重い晩餐が終わって席を立とうとして異変に気がついた。飲み過ぎたらしい。目眩がする。

ふらつくと焦ったような声があがった。


「アリー」


 自分に向かって伸びてきた腕を叩き落としていた。咄嗟に触れられたくないと思った。自分以外の女性を抱いたその手が汚らわしいとすら思える。


「止めて!」


 拒絶の思いが声になっていた。自分でも驚いた。でもそのおかげで酔いが覚めたようだ。


「危ないよ。部屋まで送る」

「結構よ。私に触れないで。一人で戻れるから」


 毅然とそう言い放つとキランはその場に留まった。私は彼をその場に残し退出した。

 二人の失った時間はもう元には戻せない。私は幼い頃の彼が恋しかった。もうあの頃の彼はここには存在しない。そのことがとても寂しくて悲しかった。


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