第二十七話『炎上』




 心愛と離婚した後、俺は若干の後ろめたさを覚えつつも中山さんに交際を申し込んだ。


 本人には以前から話を通していたこともあり返事は即OK。俺は中山さんと付き合うことになった。


 もちろん、約束のデートにも行って来た。


 これまでと生活圏は変わらないため、どうしても元嫁の心愛と行ったことのある場所になってしまったが、一緒に行く相手が中山さんだとまた違った印象となって新鮮だった。


「ふふふふ……」


 俺は自宅のリビングにて、そのデートの画像を見ながら一人でほくそえんでいた。


「心愛の時とは違って、中山さんとなら違和感なく恋人同士に見えるよな」


 色々と不遜な発言だが、俺は満足だった。


 実際、心愛と俺が並んだ際にはまんま美女と野獣で、周りからはよく露骨な不満と驚きの視線を頂戴したものだが、それが俺と中山さんだとどうだろう?


「うん、どう見てもカップルだ」


 手元のスマホ画面には、自他共に認めるブ男の俺とふっくら丸々の中山さんが並んで写っている。


 中山さんは美人という訳じゃないし、スタイルだって“ふくよか”だったり、“割腹が良い”と評されるタイプの女性だ。


 俺とお似合いなんて中山さんに対して失礼かもしれないが、違和感なく恋人に見られるというのは嬉しいものである。


「それに、中山さんの良さは直接本人と関わらないと分からないものだからな」


 自分はその良いところを知っているのだという優越感がある。


「あ、この画像はデジタルフォトフレームに入れておくか」


 いずれ中山さんを家に呼んだ時のため、話題になりそうな写真を仕込んでおく。


 そうして、俺がスマホで中山さんとの画像を見ていると、まさにそのスマホが、電話の着信を告げて来た。


 ――ヴーン、ヴーン。


 バイブ音が響く。


「電話か?……え――」


 表示された名前に、俺は言葉を失った。


 それは、もう二度と関わることはないと思っていた間男の奥さんからの着信だったのだ。


「ふぅ……はい、もしもし――」


 俺は嫌な予感を覚えつつも、その電話に出た。


『ああっ、高木さんでしょうか?ご無沙汰しております。今、お電話していても平気でしょうか?』


 どこか既視感を覚える台詞に、俺はより一層に身構える。


「え、ええ、平気ですが……」


 すると、早速奥さんが話し始めた。


『実は、高木さんの奥――元奥様の心愛さんについてなんですが……』


 心愛の話?しかも奥さんから?


『その……どうやら心愛さんが、私の元夫の春詩音はるしおんが囲っていた浮気相手達の旦那さんや恋人に、今回の不倫騒動のことを暴露したみたいで……』


「マっ――!?」


 マジかよ!?と叫びそうになった。


 というか、なんで心愛が?


 立場的には向こうサイドのはずの心愛。俺との離婚を経て自由の身となったアイツが、なんでわざわざそんな自分の傷にも触れるようなことをするのか……。


『それだけなら良かったんですが……浮気相手の旦那さんの中に、たまたまマスコミ関係者の方がいらっしゃったみたいで……ですから、余計に面白おかしく暴露されてしまって……今、ネットを見ることって出来ますか?』


 聞けば、浮気の事実を知って怒髪衝天だったそのマスコミ関係者の旦那さんは、怒りのままに浮気の内容を調べていく内に間男によるセフレハーレムの存在に行き当たり、次第に職業人としての顔へシフト。


 そして――。


 このセンセーショナルな珍事を世に届けるべく調べていると、なんと有名インフルエンサーの影がっ……!


 爛れた不倫ハーレム!曜日別日替わり嬢のプライベート風俗!洗脳!?薬物!?果ては宗教関係疑惑も――!?


 開いたパソコン画面上には、疑問符を免罪符とした過激な単語が踊っていた。


 さすがにテレビで放映されたりニュースになるような物じゃないが、週刊誌に載った旦那さんの暴露記事を皮切りに、ネット上ではそれなりの盛り上がりを見せているようだ。


 特に、あのインフルエンサー浮気女はプチ炎上していた。


“ショックです”


“ファンやめます”


“子供も見るのでもうネットに出て来ないで!”


“略奪愛カッコイイ!憧れる!”



 一部違うのもあるが、九割方は批判である。


 画面をスクロールして、ふと思った。


「あれ、これって念書的には大丈夫なんですかね?」


 特に、このインフルエンサー浮気女と取り交わした念書には“口外しないように”と書かれていた気がする。


『ええ、それなんですが……そもそも浮気した側が要求する念書って、高額な慰謝料と引き換えというものでしたから……慰謝料をもらう立場にない心愛さんは署名の要求自体されていなかった気がして……』


 確かに、心愛の立場と念書の性質を考えれば、署名を要求されていない可能性はある。だって、同じ浮気した側だし――というか、俺もアイツが署名してるところを見た覚えがない。


 しかし、だとしたら、それは酷い片手落ちじゃないだろうか。


 不倫者達もいきなり浮気を詰められて焦っていたのだろうが、冷静さを失った結果がこれだ。



“相手の奥さんと子供に謝れ!”


“サイテー!”


“終わったな”


“浮気がダメとかモテない奴の僻み!気にしないで!”



 俺はパソコン画面をスクロールしてコメントを流しつつ、奥さんに尋ねた。


「それって、心愛本人には確認したんですか?」


『いえ……できれば、高木さんの方から確認いただけないでしょうか?』


「はっ――」


 はぁあああ!?――と不満の声を上げるところだった。


 というか、俺は別れた元旦那だぞ? そもそも心愛を浮気相手との交渉の場に引っ張り上げたのは奥さんと間男両親なんだし、そこに絡むことは責任を持って対処してもらいたい。


『す、すみませんっ……ですけど――』


 奥さんもその自覚はあるのか、酷く言い辛そうではある。


 しかし、それでも必死の懇願をして来た。


『私は心愛さんとは全くの他人ですし、立場的にもどう連絡を取ったものか……なので、どうかお願いします、高木さん。代わりと言ってはなんですが、浮気相手の女性達から抗議があった場合には、私共の方で全て対処いたしますので……!』


 そして、そんな奥さんの気迫に負けて、結局俺は引き受けてしまう。


 まぁ、逆ギレした浮気女を相手するよりは、元嫁に連絡する方がマシだよなぁ?


 いつの間にか二択を迫られている気がしないでもないが、念書のこと、心愛のこと、そして何より暴露した際の相手の反応が気になるのも事実だ。


「分かりました。ちょっと電話してみます」


 俺は奥さんとの電話を切って、心愛へと連絡してみることにした。


 ――プルルルルル、プルッ――。


『はいっ、もしもし!もしもしセイ君っ!?』


 2コール目で、元嫁の心愛が出た。


 そして、なぜか必死な心愛の声を聞いて思ったが、つい数日前にはおセンチな別れをしたばかり……微妙に気マズく、気恥ずかしい。


「あー、もしもし? 久し――いや、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」


 何と挨拶したものかと自分でも分からないまま、俺は本題へと入ってしまう。


 俺は奥さんから電話が来て、心愛がセフレハーレムの事実を暴露したことを知ったと告げた。


「なんでそんなことを? というか、念書の罰則とか大丈夫なのか?」


 すると、心愛が神妙な声で答える。


『その……勝手なことして、ごめんなさい……でも、セイ君が注意してた通り、あのインフルエンサーの人……アタシにいきなり電話して来て……セイ君のこと、潰してやるって言うから……』


 ギクリとした。


 最後に同席したインフルエンサー浮気女との交渉の場でおちょくりまくった所為か、帰り際にメチャクチャおっかない顔で睨まれたが、やはり遺恨が残っていたらしい。


 もちろん、心愛への電話は単なる脅しの嫌がらせかもしれないが……。


『アタシ……また、どうしようどうしようってなっちゃって……ごめんなさい』


 俺が謝られることなんだろうか?


「いや……それで、そっちは大丈夫なのか?」


 俺の問いに、心愛が電話の向こうで苦笑いを浮かべるのが分かった。


『あ、うん。念書だったら私はサインしてないからよく分からないけど……でも、インフルエンサーの人が会社にクレーム入れたみたいで色々騒がれちゃって、結局仕事はクビみたくなっちゃった……えへへ』


「っ……」


 なんだよそれ……と、怒りが込み上げる。


 俺がここで、自業自得だな――とか笑い飛ばせれば良かったんだろうけど、さすがにそうは思えなかった。


 更に、心愛は俺に気を遣ったように話題を変えて来る。


「セイ君の方は?中山さんとは順調?」


 だから俺も、それに乗ることにした。


 惚気、相談、不安……中山さんに関することを心愛に話して、控えめな意見をもらう。


 なんだか、別れてからの方がよっぽど穏やかに会話ができている気がした。


 しかし、これでしばらくの間は、心愛のこと、インフルエンサー浮気女のことを注視しなければならなくなった。


 中山さんを巻き込まないためにも、俺は密かに決意するのだった。



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