第二十四話『経過』
後日、俺は間男の両親から多額の金銭を手に入れた。
しかもこの金は、間男の両親が会社と奥さんと孫を守るために支払う迷惑料兼口止め料のようなものであり、奥さんと両親による間男との絶縁と勘当が成ったあかつきには、間男本人に対して再度慰謝料を請求できるおかわり券付き。
あまりがめついのは宜しくないが、間男に関しては別だ。思い切り吹っかけてやろうと思っている。
「くくっ……おっと――」
仄暗い笑みが漏れ、優雅に取り繕う。
また俺の性格の悪い部分が出てしまったようだ。
だが、それも仕方なし――こうしている間にも、間男は己が奥さんや両親達から着実に追い詰められていて、俺の更なる慰謝料ボーナスの時が刻一刻と迫ってきているのだから――。
「ムフフ……えーっと、最新情報はどんな感じだぁ?」
俺はニヤニヤしながら私用のスマホを手に取った。
今のところ俺は間男に対して慰謝料請求するつもりだし、間男の奥さんもそれを望んでいるらしく、奥さんからは定期的に進捗状況の報告がメールが届いている。
『今日は四人目の浮気相手、アパレルショップ経営の女性と話し合いました。同じ立場の心愛さんが協力して説得して下さったのでスムーズに行きました。あとは未だに春詩音を匿っている有名インフルエンサーの浮気相手だけです。また連絡します』
いよいよ大詰めのようだ。
「というか、心愛のヤツも結構役に立ってるのか」
間男の奥さんと両親からの強い要請で協力することになった心愛。
実際の話し合いの場では、奥さんが浮気相手の女を糾弾しつつ証拠を積み上げ追い詰めて、心愛がタイミングを見て間男を悪者にすることで逃げ道を用意。
すると、これまで交渉した四人の浮気相手の女達は、その意図を察してか掌返しで乗っかり、間男の毒牙に掛かった準被害者のようなノリで浮気を認めて謝罪。
間男の奥さんが爛れた浮気の事実を口外しないことを条件に、多めの慰謝料を支払うことで示談に至ったそうだ。
ちなみに、もちろんクロージングは奥さんの弁護士先生。
「うーん、怖いぐらいに順調だな……俺と違って運が良いや……」
俺など、嫁の浮気に始まって、突然の病気、身体の障がい、しかも倒れた原因は俺自身にあり、ハズレ弁護士を掴まされ、その弁護士の不祥事にまで巻き込まれる始末……まさに、トラブルと不幸の見本市状態だった。
ただ、そうは言っても、俺は一般的な不倫問題じゃ考えられない程の破格の金を手に入れたのだし、まだマシな方なのだろう。
そうして、俺が一人でブツブツとぼやいていると――。
「え~? なにセイ君~、なんか言ったぁ?」
どこぞで荷造りか家事でもしていたであろう心愛がリビングに顔を覗かせた。
その慣れ親しんだ心愛の表情と登場の仕方に、俺は一瞬だけ感慨深さに胸を詰まらせる。
というのも、俺と心愛は数日前に離婚の話し合いをした。
心愛は泣いて泣いて、やだやだと首を振り、許してくださいと頭を下げた。
正直、心愛にそう言われて少しだけ救われた俺が居た。
でもその後に、じっくりゆっくり話し合い、最終的には心愛が折れた。
だから今は、何日かに分けて心愛が自分の荷物を運び出して行っている状況だ。
家の中から心愛の荷物が無くなって行き、色々あった俺達の夫婦生活も直に終わる。
今となってはお祭りの終わりのような感じもして、物悲しい気持ちにさえなるんだから俺も現金なものだ。
だからこそ、俺は努めて軽い口調で言った。
「いや、間男の浮気相手との交渉、いよいよ大詰めみたいだなってさ」
すると、心愛は表情を曇らせながら傍に来た。
「あ、うん……でも、話し合いの時……アタシは自分のこと棚に上げて、春詩音だけ悪く言わなきゃだから……もっと自己嫌悪だよ……」
心愛が気マズそうに呟く。
「まぁ、それも罰だと思って頑張るしかないな」
「うー……分かってるけどさぁ……でも、毎回奥さんがそのことに対してお礼まで言ってくるから……余計に居心地悪くって……」
「あはははっ」
それは中々の皮肉に思えた。
俺は心愛の弱った顔を眺めつつ、質問を変える。
「仕事の方はもう慣れたか?」
「あ、うん。慣れたって言っても、パートしてた時と同じ仕事も多いから――」
今回の離婚することを気に、心愛はパート先での社員採用が決まった。
「ただ、アタシはフルタイムで働くのって新卒の時以来だし、それも一年くらいでパートに変わっちゃったから、そこに慣れるまでがちょっと大変かな?」
苦笑いを浮かべる心愛。
そんな心愛が、正社員からパートに変わった理由は俺との結婚だ。しかも、俺が結婚当初の頃に息巻いて、“苦労はさせないから家庭に入ってくれ――”などと格好付けたのが始まりだった。
しかし、結局俺の給料は思うように上がらず、毎月の生活費と義両親への仕送りでギリギリという不甲斐なさ……。
今思うと、俺が家事を分担してやり始めたのもその負い目からだった気がする。
「そっか、ご――頑張ってな」
思わず謝りそうになって、軌道修正。
「えへへ……ありがとう。あ、セイ君の方は新しい仕事どう?」
はにかんだ心愛が聞いて来る。
「ああ、障がい者採用だから月の半分は在宅でやらせてくれるし、出勤の日もフレックス制だから空いてる時間を選べば問題ない。さすが大企業の親会社様様って感じだ」
俺はこれまで勤めていた会社から、親会社へと再就職することになった。
そのおかげで収入は減ってしまったが、新しい職場は労働環境が良く残業も無いため、今まで身の入らなかったリハビリに割ける時間も多く、俺は本気で取り組むようになっていた。
「本当に、公的支援の申請をして良かったよ……」
心底そう思う。
俺はこれまで、自分を取り巻く状況の目まぐるしさや、社会福祉に関わる情報や手続きの煩雑さを言い訳に、公的な支援の申請をして来なかった。
まぁ、正直なところ、自分が障がい者になったと認めるのが怖く、なかなか現実を受け入れることができなかったというのも大きい。
俺の分不相応のプライドと、持ち前の臆病が発露した結果だろう。
だが、そんな俺にも手を差し伸べてくれる人がいたんだ――。
「うふふ……“中山さん”のおかげだね……」
そう微笑む心愛が妙に痛々しく見えるのは、俺の願望からだろうか?
そして、今ちょうど心愛が言った“中山さん”こそ、俺に手を差し伸べ、リハビリから公的支援の手続きのことまで教えてくれた病院勤務の女性だ。
「中山さんとは……どう?」
心愛が遠慮がちに聞いて来た。
「どうも何も、病院で世話になっているだけだな」
俺は肩をすくめながら答えるが、それが真実かは微妙なところ……。
俺はすでにその中山さんとは、電話番号もメールアドレスもラインも交換しており、心愛との離婚が正式に完了したあかつきには、二人でデートに行く約束までしている。
この約束が浮気だとは思わないが、わざわざ言うのは当て付けのようだし、やはりどこか後ろめたい。
「セイ君は、さ……いつか、再婚とか、しちゃうの……?」
酷く言い辛そうに声を絞り出す心愛。
その上目遣いの弱々しい表情が、嗜虐的な男の本能を刺激するようで――平たく言うと、ムラっと来る。
俺はこれまでお互いが避けて来た方向性の問いも相まって動揺してしまう。
「そ、そりゃあ、いつかはしたいけど……っていうか、お前だっていつかはするだろうよ……」
すると、心愛は俯いて寂しそうに呟く。
「アタシは……きっとしないよ……」
「周りが放っておかないだろ。今までだって、ナンパだの告白だの受けて来ただろ?それを受け入れてみるのもありなんじゃないか?」
「でも……怖いし、不安だし……そんな気に慣れないよぅ……っ」
最後には声が揺らいで泣き始める心愛。
その姿に、危機感を覚えた。
今までは憎しみパワーで跳ねのけていたが、美女がめそめそする姿の破壊力たるや凄まじい。遺伝子レベルでワンチャンを感じてしまう。
しかも、一度は我が物にした心愛の美ボディだ。もう最後だし、ここは記念に一発――いや!ダメだダメだ!
俺のガードは確実に緩くなっていた。性的に溜まっているのも問題だ。心愛の泣き顔へのイライラがムラムラへと変換され、メチャクチャに蹂躙したくなる。
そうして、俺がムラムラ悶々としていると、この状況から救い上げる着信音が鳴り響いた――。
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