第二十一話『再会』
――ピンポーン。
そして、我が家の呼び鈴が鳴った。
「あ、出て来るね」
そう言って、心愛が席を立つ。
しばらくして、玄関の方から何やら話し声が聞こえて来た。
やっぱり揉めているのだろうか――いや、それも当然のことだ。俺と間男に置き換えて考えてみれば揉めない訳がないのだ。
そして、俺が止めに行くべきだろうかと車椅子を動かしかけた瞬間に――。
「心愛さんの体調の方は大丈夫だったの?」
「あ、はい。おかげさまで良くなりました」
ちょうど二人が言葉を交わしながら、ダイニングへと入って来た。
え――なんで普通に会話してんの……?
信じ難い光景だった。
俺が口を開けたまま固まっていると、間男の奥さんがこちらに気が付いた。
「あ……ご無沙汰しております、高木さん。体調を崩されたと聞いておりました。誠に申し訳ございませんでした。私が先走って浮気現場に突入だとか、高木さんを無理に引っ張り回してしまった所為で余計な心労を掛けてしまって……」
そう言って、思い詰めた表情で深々と頭を下げる間男の奥さん。
黒いフォーマルなスーツがかっこ良く似合っていて、奥さんの方は特に変わりなさそうだ。
「ええ……お久しぶりです。こんな格好で申し訳ございません。一緒にいらしていたんですね。今、またうちの嫁が何か失礼を言いましたでしょうか?」
俺は奥さんの謝罪に対し、特に否定も肯定もせずに流しつつ尋ねた。
「あ、いえいえ!そんなとんでもない!奥様からはご丁寧な挨拶を頂いて、近況についてちょっとした報告を……」
そんな奥さんの態度と物言いに、俺の方が驚いて目を見開いてしまう。
すると、奥さんも俺の混乱を察したようで、なんと心愛に許可を取ってから、俺に話し始めた。
「えっと……実は、高木さんが入院されている間に、奥様の心愛さんからはきちんとした謝罪を頂いて話し合いをしましたので――」
聞くところによれば、心愛は相応の慰謝料を持って間男の奥さんのところに土下座しに行ったらしい。
「あの時の心愛さん、本当にボロボロで……高木さんが倒れて、とても反省して責任を感じていて……それで、同じ被害者の私も倒れてしまうんじゃないかって、謝罪に来てくれたんです」
当時の心愛は義両親から殴られ顔を青黒く腫らしていたし、こけた頬と目元の隈も酷かったから、奥さんは大層驚いたそうだ。
心愛はバツが悪そうに、「あの時は申し訳ありませんでした……」と頭を下げている。
「もちろん、それで怒りとか恨みとかが消える訳じゃないですけど……でも、聞けば、心愛さんは私よりも古くから元夫の春詩音と付き合っていた訳ですし……それに、私も子供ができてからは、夫のことは二の次でしたから……」
自分にも反省する点はある――と間男の奥さんは自嘲する。
俺にとっても耳に痛い言葉だ。
「こんなの……感傷とか、勝手な共感かもしれませんけど……私だって、順番が違っていたら、どうなっていたかなんて分かりませんし……」
女性同士の共感能力の高さなのか、同じ間男に関わった女同士、何か思うところがあったのかもしれない。
心愛と奥さんが和解?していたのは素直に驚いたが、まぁそれは二人の問題だし、俺にはあまり関係がないことだから、ここは話半分に聞いておこう。
しかし、心愛がそのタイミングで謝罪に行ったとか、奥さんと和解?してたとか、今になって聞いたからこそ思うこともある。
「はぁ……お前なぁ、反省するならもっと早くしろよ……」
心からの言葉だった。
もちろん、心愛が本当に反省しているかどうかなんて分かったもんじゃないが、俺はこの面子の前で、皆の前であえて言ってやりたいと思った。
俺は片手で自分の顔を掴むように覆い、嘆きを表すようにゆっくりと首を振る。
「そうすりゃあ、お前の友達やその旦那や両親が暴走して警察沙汰になることもなかったし、俺だって余計な手間や心労を掛けられることも無かったんだ……っ」
自分でもみみっちいとは思うが、心愛の醜態と俺の苦労を少しでも他人に知ってほしかった。
まぁ、平たく言うと、俺の愚痴だ。
「え?……と、友達……?」
しかし、心愛のヤツは申し訳なさそうにはしているのだが、最後の最後に首を傾げてしらばっくれやがった。
俺は苛立って、「お前の友達のキチガイ三人衆だよ!」と怒鳴りそうになったが、そこに割って入る者が居た。
「ちょ、ちょっと!邪魔をして申し訳ないが!どうか先にこちらを見て頂きたいっ、さすがにこちらはっ、自分の息子ながらとても看過できない問題だっ……!」
ここまで黙っていた間男の父親である。
俺と同じサレ夫であり、不倫を憎む心は人一倍なのか、間男の父親はテーブルの上に広がる間男のセフレハーレムによるマウント合戦のプリントアウトを叩いた。
すると、間男の奥さんが僅かにテーブルの方に乗り出して、それらを凝視する。
「これって……そう、やっぱり他にも居たのね――」
間男の父親は怒り、奥さんは失望を隠さず、母親は憔悴している。
そして、こちらはこちらで、俺と心愛がキチガイ三人衆を巡ってやり取りをしていた。
「ねぇ、セイ君……アタシの友達って、どういうこと……?」
「はぁ? 知らばっくれんなよ。お前が逆ギレして実家に帰った後、キチガイな友達三人を俺にけしかけて来ただろうが……ただでさえフラバに苦しんでる時にこの家を襲わせやがってっ、警察呼んだり大変だったんだぞっ!」
当時の苦しさを思い出し、段々と語尾が強くなって行く。
心愛は訳が分からないといった様子でオロオロするばかりで、それが余計に俺を苛立たせた。
すると――。
「あ、あのっ!ちょっと待って、高木さん。口を挟んで申し訳ないけれど、その話、詳しく聞かせてもらえませんか?」
奥さんによる冷静な声に、俺は我に返った。
「っ……あぁ、えっと、実は――」
俺は心愛の友人を名乗る女達の襲来と、後日にはその旦那や両親が恫喝や泣き落としに来たこと、そして、それらを警察に通報して対処したことを説明する。
「あ、アタシっ!そんなの知らないよ!友達にも誰にもっ、アタシ達のこと話してないよぉっ……!」
心愛が目を潤ませながら必死に訴えて来る。
いや、そりゃないだろう。連中はハッキリと心愛の友達を名乗ってたし、浮気のことだって知っていたんだ。
「あの、もしかして……」
そこに、何やら考え込んでいた奥さんが声を上げた。
「うちの元夫……
奥さんは俺の家に襲来したのはどんな連中だったのかを尋ねて来た。
「はぁ……まぁ、浮気嫁に間男、どっちがけしかけたにしても、俺にとっちゃ同じことなんですがね……」
俺はそうぼやきながらも、インターホンのところまで行き、当時の録画を再生させた。
『ちょっと!居るんでしょう!?』
『心愛から全部聞いたんだから!ここを開けなさいよ!』
『アンタ人として本当にサイテー!逃げてないで出てきなよ!』
その声に反応し、心愛のヤツもインターホンの画面を覗き込む。
『あたしら心愛の友達だけど!あんた心愛泣かせたでしょ!絶対にゆるさねぇから!』
『女が泣いて謝ったんだから一度くらいの浮気許すべきじゃん!女性差別者!DV男!』
『そんなんだから浮気されんのよ!とにかくここを開けろ!逃げるな!卑怯者!』
そこまで再生したところで、心愛が「あ……」と声を上げる。
「あの、この人達……たぶんだけど……グループラインを保存してる時に見たような気がする……」
心愛はそう呟いて、テーブルの上に広がった間男のセフレハーレムによる情事画像のプリントアウトを指さした。
心愛のことと浮気のことを知っている――確かに条件的には、間男も当てはまる。
俺的には犯人がどちらの不倫者でも被害は変わらないが、それでも間男だとするのならば、なかなか背筋がゾッとする策略だと思った。
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