第二十話『交渉』
時は昼過ぎ、場所は我が家の玄関前。
「はじめまして、春詩音の父です。この度は愚息が申し訳ございませんでした」
「私は血の繋がりはありませんが、春詩音の母親です。ご迷惑をお掛けしました」
きちんとフォーマルな格好をした間男の両親が、対面早々に頭を下げて来た。
不倫の上に複数のセフレ囲う脳ミソ海綿体の間男を生み育て、さらには“春詩音”などと名付けした連中は、いったいどんなものかと戦々恐々だったが、なかなかどうして普通そうに見える。
「こちらこそ、私がこのような状態なばかりにご足労頂きまして、申し訳ございません」
俺が挨拶を返すと、背後に控えていた心愛が気まずそうに呟いた。
「あの……お久しぶりです、スリッパをどうぞ――」
それを受けた間男両親は、「ああ、君か……」とか「お久しぶりね……」と微妙な顔付き。
まぁ、立場的にも気まずさはマックスだろうけど、それを抜きにしても心愛と間男両親はあまり親しく無い様子。
その辺のことも、俺と心愛の最後の話し合いの際、覚えていたら聞いてみても良いかもしれない。
そんなことも考えながらダイニングへ。
そして、全員が腰を落ち着けたところで、俺は早速切り出した。
「ご存知だとは思いますが、私の妻と息子さんとの浮気についてです。まずはこちらをご覧ください」
俺はテーブルの上に心愛と間男によるやり取りをテーブルに広げる。
haru『ねぇ、旦那さんとするのと俺とするのと、どっちがイイ?』
coco『そんなの比べ物にならないくらいハル君の方がイイに決まってるって 笑』
haru『じゃあ、本当に愛してるのは?』
coco『ハル君に決まってるじゃん。じゃなきゃナマでさせてあげないし♪』
haru『俺のお願い通り、旦那さんにはナマでさせてないんだよね?』
coco『もちろんっ、アタシとナマでシていいのはハル君だけだよ~(*^^*)』
それを見て、間男の両親が眉間にしわを寄せる。
「こちらもお聞きください」
俺は二人の反応を見つつ、弁護士事務所でのやり取りの録音を再生させた。
『横からすみませんがね、アンタまだ奥さんや俺に謝罪の一言もしてないだろう。車の中からここまでずっと被害者面で俯いて、ガキみたいに黙りこくって……かと思えば、保身のことになると必死になって――みっともないと思わないのか?』
『ッ――はぁ?部外者は黙っていてくれる?これはうちの家族の問題だから!』
『ハッ!そんなんだから!心愛もあんたじゃなくて俺の方が良いって言ってくれるんだよ!』
俺と間男の言い争いの音声が、静かなダイニングに響き渡る。
すると、間男の両親が声を震わせて呟いた。
「こ、これらの息子の無礼については、我々も十分に理解していますので……」
「映像も音声も、すでに一度見ていますし、聞いていますから……っ」
だから、勘弁してくれ――そう言いたそうな間男の両親。
交渉を優位に進めるために見せて聞かせたのだが、こちらも心苦しくなってくる。
「本来なら、お宅の息子さんに請求すべきなんでしょうが、ある方からご両親に話を持って行った方が早いとアドバイスを頂きまして……」
自分でも、間男の両親へと話を持って行く非常識は自覚しているため、心苦しい。
「ええ、承知しております。うちのバカ息子が、行方をくらましておりまして……本当に申し訳ない」
「お相手の高木さんの奥様は、逃げずにちゃんといらっしゃるというのに……どこに行ったんだか……っ」
二人の鼻をすする音が響く。
心を鬼にしたつもりだったが、さすがにしんどくなってくる。
だから、ついこんなことを口走ってしまったんだと思う。
「実は、息子さんがどこに居るかの見当がついては居るんですが……私も見ての通りこんな状態でして、これ以上の精神的苦痛も耐えられそうにないので、早く終わらせたいんです」
後者は正直な気持ちだったが、前者は完全に両親に対する同情から口走ってしまった。本当に、脇の甘い自分が嫌になる……。
「そ、それは本当ですか!?息子は無事なんですか!?」
「お、お願いしますっ……慰謝料は私達でお支払いしますので……っ」
この両親は、間男がどこぞで塞ぎ込んでいるとか、自殺するとでも考えているんだろうか?
ならば、現実を知らせる必要がある。
「心愛、例のヤツを持って来てくれ」
そうしてテーブルに広げたるは、間男による更なる不貞の証拠。セフレがマウント合戦のために上げまくったハメ撮りや事後画像の数々だ。
「こ、これは――!」
「なんてことっ……!」
二人は直ぐに察したらしく、その顔色を色とりどりに変えて行く。
父親の方はみるみる顔を赤くして鬼の形相となり、母親の方は顔色を青白くした後に深い溜息をついた。
「あのっ!ぜ、是非ともっ……この席に同席を許して頂きたい人物が居るのですがっ!よっ、よろしいでしょうかっ!?」
鬼の形相となった間男の父親が、前のめりで尋ねて来る。
俺はその迫力に気圧されつつ、首を二、三度縦に振った。
「ああ、もしもし――!」
間男の父親が、俺達の目の前で電話を掛け始めた。
その間、俺は僅かな手持ち無沙汰から、つい憔悴した様子の間男の母親に声を掛けてしまう。
「あの、よろしければお茶をどうぞ」
心愛に目配せして煎れ直させたお茶を勧める。
「あ、ありがとうございます」
母親はお茶を一口飲み下し、そのまま神妙な面持ちで独白を始めた。
「実は、私は春詩音が小学校高学年の時に母親になったんです……」
別に聞いてねぇよ――というツッコミを飲み込んで耳を傾ければ、なんでも間男の生みの母親は、間男が小学校低学年の時に不倫して男と逃げたらしく、そのまま今日まで行方知れずらしい。
ちなみに、間男の“春詩音”というイカれたネーミングも、その不倫逃亡母が勝手に届けを出したのだと言う。
俺はその話に、血は争えないなと感心すらしてしまった。
「あの子……もう高学年だったのに、私と一緒にお風呂に入りたがったり、一緒の布団で寝たがったり……それで、私の腰に抱き着いて来たり、身体を
その表情は、深い悲しみとそこはかとない嫌悪感に歪んで見える。
どうやらその頃から、間男はその異常な性欲や性癖の片鱗を覗かせていたようだ。
俺は深入りする気もこれ以上触れる気もないが、彼女も育ての母親として、間男には色々と思うところがあったのかもしれない。
すると、そのタイミングで、電話を掛けていた間男の父親が再度こちらに声を掛けて来た。
「あの、ご主人……今からもう一人、この場にお邪魔してもよろしいでしょうか?」
先程は気迫に押されて頷いただけだったが、今度はしっかりと返事をする。
「……いらっしゃるのはどちら様ですか?」
間男側の弁護士とかだったら、同席を拒否したいところだ。
「その、うちの嫁……息子の、妻です……」
なんと、弁護士事務所前で別れて以来となる、間男の奥さんが来るらしい。
それは……どうだろう?
間男の奥さんも気が強いというか、物事をハッキリと言うタイプだ。
特に、ここには天敵であろう心愛もいるし、また言い争いになって場が荒れるのは避けたいが……。
俺は隣に座る心愛に目を向けた。
「お前は、平気か?」
また言い争わないかとの意味を込めて尋ねる。
すると、心愛もその真意を察したようなのだが、それでも迷わず頷いて見せた。
「あ、うん。アタシは大丈夫。もう奥さんに失礼なこと絶対に言わないよ」
心愛はそう言うが、奥さんの方がどうだろうか……?
俺が腕組み悩んでいると、心愛が遠慮がちに言った。
「あの、セイ君。アタシと奥さんのことなら、もう大丈夫だと思うから……」
どういう意味だ?
訳が分からないが、とにかく呼べば分かるか――。
俺は間男の父親に向かって頷いた。
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