第十五話『詰問』
俺の担当弁護士によるセクハラの発覚から数日が経った。
今日は、そのセクハラについての話し合いが行われる日だ。
そのため、俺と心愛は話し合いの場となる弁護士先生の事務所を訪れていた。
「お客様、こちらへどうぞ――」
事務所に入ると、そこに待っていた事務員さんの案内の下、俺と心愛は応接室へと通された。
すると、その応接室には、すでに弁護士先生と義両親までもが待っていて、直ぐに話し合いが始められた。
「この度は、誠に申し訳ございませんでした!」
紹介元である弁護士先生が、深々と頭を下げる。
「いや……元はと言えば、うちの娘が悪い。自業自得ではあるんだが……」
義父は俺に気を遣っているようで、一瞬だけチラリとこちらに視線を向けて来た。
いや、そんな目を向けられても、俺は離婚を望む夫であり、そのセクハラ弁護士の雇い主な訳で、結構微妙な立場だと思うんだが……。
そうは思いつつも、俺は義父の言葉を引き継いでそれらしいことを言う。
「えーっと、先生も電話で仰っていましたが、今回のセクハラの件は不倫問題とは別件ですし、加害者からは処罰と賠償と謝罪があって然るべきかと思います」
すごい棒読みだったが、大丈夫だっただろうか?
「セイ君っ……!」
しかも、心愛のヤツはなぜか感極まった様子でじっと見詰めて来るし、スルーしてくれれば良いのに義両親までもが俺に声を掛けて来た。
「本当に申し訳ない、清司郎君……このような席に付き合わせてしまって……」
神妙な面持ちで頭を下げる義父。
「本当にごめんなさいね……でも、さすがしっかりとされていて、頼もしいわ」
そして、義母に至っては遠慮がちにヨイショして来る始末。
なんだ、これは――?
俺は失礼と知りつつも、眉間にしわを寄せながら、まじまじと義両親を見てしまう。
というか、義父にだけ頭を下げさせたが、俺もマナーとして頭を下げるべきなのだろうか? この度は、俺の担当弁護士が娘さんにセクハラを行い申し訳ございませんでしたと、雇い主の立場から謝罪するべきなんだろうか?
俺がどうするべきかと内心で焦っていると、まるで見透かしたように弁護士先生が声を掛けてくれた。
「先程の高木さんへの回答となりますが、もちろん当該弁護士には然るべき対応を取らせます――ちょっとキミ、連れて来てくれる?」
そう言って、お茶を持って来た事務員さんに指示をする先生。
すると数秒後、消え入りそうな声で「失礼します……」と男が入って来た。
「は?」
「ぇ――」
一瞬、誰だか分らなかったが、それはこの度、心愛に対してセクハラを働いた俺の担当弁護士に違いなかった。
「ぁ、あたまが……」
一応は被害者であるらしい心愛が、セクハラ弁護士の頭を見ながら狼狽える。
いや、気持ちは分かるが、さすがにその物言いは失礼だろうと思いつつも、俺もその部分から目が離せない。
だって、セクハラ弁護士の頭には、毛が無かったのだ――。
彼は青々としたつるっぱげで参上し、そして、それを深々と下げた。
「この度は……不適切な行為をいたしまして……申し訳、ございませんでした……」
ボソボソと憔悴した様子で謝罪の言葉を口にするセクハゲ弁護士。
色々とツッコミたいところではあるが、俺も心愛も上下する漬物石のような頭から目が離せない。
そんな中、義両親達は果敢に声を上げた。
「んんっ……口で謝罪するだけなら簡単だ。まさかそれでおしまいなんて言うことはないでしょうね?」
「そ、そうですよ!警察に行くとか、弁護士をやめるとか……して頂かないと!」
義父と義母は容赦なく追及する。
例えゲスい不倫をするような汚れた娘でも、やはり我が子は大切ということなのか。俺の親にも、見習ってほしいところだ。
そして、これに対するセクハゲは、生気無く崩れ落ちてその場に土下座。
「も、申し訳、ありません……っ」
また、その横に居る弁護士先生はあくまでも冷静だ。
「もちろん、口だけの謝罪で終わらせるつもりはありません。その辺りのことも含め、ご相談させて頂ければと思います」
そうして、一度仕切り直してから、改めて動機や犯行内容の説明が本人の口から語られた。
「お、奥様に魅力を感じ……その、歯止めがきかなくてしまい……身体を、触ってしまいました……ですがっ、本番まではっ……してません……本当に、申し訳、ございませんでした……」
セクハゲは再び土下座。
というか、本番て……。
「奥さん、被害の方は間違いないですか?」
弁護士先生が心愛に確認を取る。
「ぁ……はい、えっ――セックスは、ないです……む、胸は、直接……下は、パンツの上から……」
「い、いえいえっ!そこまで詳しくは大丈夫です!!」
心愛の声を打ち消すように、先生はしかめっ面で声を上げる。
本番なしのお触りって――セクキャバか!と突っ込みたくなるプレイ内容だ。
というか、このセクハゲ、俺の仕事をほっぽり出してそんなことしてやがったのか? 心愛や義両親にいらん入れ知恵もしてたみたいだし……そこが余計に腹立つな。
「歯止めが効かなくなった?正直、手口から見ても私はそちらの弁護士は常習犯だと思っている。とても反省しているとは思えない」
義父が怒りを露にし、義母もこれに追従する。
「そうですよっ……確かにうちの娘は最低なことをしましたけどっ……それでも、弁護士という立場を利用してっ、人が弱っているところに付け込むなんてっ――!」
俺に言わせれば、浮気もセクハラも目糞鼻糞だし、この件は心愛も半ば共犯じゃないのかと思うけど、セクハゲの方が背景的にも立場的にも圧倒的に弱い。
「仰る通りです。ですので、本人もこのように頭を丸めて参りましたし、相応の賠償を支払う用意もあり、奥様への個人的な贖罪も何か考えているようです」
弁護士先生に促され、セクハゲは頭を下げたままボソボソと語り始めた。
「あの……まずは慰謝料として、八百万を……」
破格の金額提示である。セクハゲ弁護士は、どうあってもこの件を外に漏らしたくないらしい。
それにこれは、心愛と義両親にとっても助かる提案だ。
何せ、心愛と義両親は、どんな魂胆からかは知らないが、現在の俺の生活費や治療費を支払ってくれており、その上で家に手すりやスロープを付けるプチリフォームまでして金欠のはずである。
だからこそ、この提案は決して悪くないように思われた。
だが――。
「そ、それとっ……もし旦那様と、離婚となった場合……私と……結婚を、前提に……交際、頂けませんか……?」
まるで血を吐くように言うセクハゲ弁護士。
「も、もちろんっ……その場合は弁護士を続けさせて頂きっ……奥様に関わる全ての経済的な負担と責任を、私が負いますので……っ」
高学歴高収入からの、まさかの“よろしくお願いします”だ。
まぁ要約すると、責任取って婚約して金も出すから、弁護士だけは続けさせてくれということ。
もし後からセクハラの件が外部に漏れたとしても、婚約者同士のスキンシップで誤魔化す算段だろうか?
そんなメチャクチャなと思ったが、双方が納得すれば法的には問題ないのだろうし、セクハゲは弁護士を続けられ、浮気嫁一家は生きた財布が手に入る……案外理に適った提案なのかもしれない。
「あ、アタシは……」
そして、それに答えんと、心愛が口を開こうとした瞬間に――。
「まぁ!いきなり言われても判断が難しいと思われますので、先に高木さんへの迷惑料の話をしましょうか?」
弁護士先生がそれを遮るように口を挟んだ。
何か、先生の動きが不穏な気がした。
だから、俺はちょっと強めに要求をしておこうと口を開く。
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