第十三話『発覚』
珍しく鳴った我が家の電話に驚いていると、心愛が立ち上がって受話器を取った。
「あの、セイ君……弁護士の人から、電話だよ……」
悲しそうな表情で、心愛は電話を引っ張り受話器を渡して来る。
そういえば、俺の担当弁護士には、俺がぶっ倒れたことも、介助のために心愛がなし崩し的にくっ付いて来たことも伝えていない。
仕事が遅いどころか連絡すら寄越さない使えない弁護士だが、俺の方も大概かもしれない。
「はい、もしもし?」
『ああ、良かった、やっと繋がりましたか……お世話になっております。私――』
その声と名乗った名前に、俺は少々面食らった。
俺への電話は、確かに弁護士からの電話に違いなかったのだが、弁護士は弁護士でも、間男の奥さんの弁護士先生からだった。
「えっと、何かあったんですか?」
何かあったのは俺の方だろうと思いつつ、思ってもみなかった弁護士先生からの電話に自分の立場も忘れて問いかける。
『実は、折り入ってお話したいことがありまして……』
そうして、弁護士先生は神妙な声で話し始めた。
『私の方から高木さんに紹介させて頂いた弁護士なのですが……どうやら、高木さんの奥さんに不適切な行為を……セクハラを働いたようでして……』
「は?――せ、セクハラ?」
俺は驚いて、心愛の方を振り向いた。不倫の上に、セクハラ被害?
『あのような者を私が紹介したばかりに……誠に、申し訳ございません……』
弁護士先生は沈痛そうな声で謝罪するが、こっちはなんのこっちゃ分からない。
それに、浮気嫁の心愛のことだからと、俺は最初から疑って掛かってしまう。
「えっと、それって本当にセクハラなんですか?」
確かに、俺の担当弁護士は軽薄で、弁護士というよりは詐欺師と言われた方が納得だし、セクハラぐらいはやりそうだ。
しかし、合意の上、もしくは心愛から誘ったんじゃないのかと、自然とそんな疑念が浮かんで来る。
「高木さんが奥さんを疑う気持ちはよく分かりますが、この件に関して奥さんは被害者です。高木さんは、何か聞かれていませんか?」
弁護士先生がそう尋ねてきたので、俺は自分の身に起きたここ最近の出来事をかいつまんで説明した。
「――なので、今後もリハビリは必要ですが、体調に問題はないです。それと、ちょうど今日退院だったので、先生からの電話も全く知らずに……すみません」
弁護士先生は何回も電話をくれ、直接この家を訪ねて来てくれたこともあったらしい。
「いえいえっ、とんでもない! この度は、私の紹介した弁護士が不祥事を起こしまして……この件に関しましては、私の責任できちんと対処を致しますので――」
弁護士先生は何度も謝罪して、この問題の解決を約束してくれた。
「ふぅ……」
電話を切って、溜息をつく。
ただでさえ使えなかった俺の契約弁護士が、セクハラ事件まで起こしやがった。
「ダメだ、もうなんも信用できねぇ……」
そもそも、紹介元の弁護士先生からしてキナ臭い。というか、先生はあくまでも間男の奥さんの担当弁護士だ。だから、俺へのアドバイスや弁護士の紹介も、結局は自分の仕事を有利に進めるためのものでしかない可能性もある。
きっと、普通の不倫問題ならこんなにとっ散らかったりしないだろう。いや、不倫問題の時点でもう普通じゃないけど……。
「おい、今の電話で、間男の奥さんの弁護士先生から聞いたんだけど――」
俺は心愛に向き直り、事情を尋ねた。
すると、心愛は見る見る内に顔を青くして、また泣き始めた。
「っ――ご、ごめんっ、なさぃっ……っ!」
いや、俺が謝られることなのか?と思いつつも、事情を話すよう命じる。
「あ、アタシが、実家に戻ってから……セイ君の弁護士の人が、来たの……」
心愛は震える声で説明を始めた。
「それで、離婚とか慰謝料とか色々言われて……でもその内、アタシの相談に乗ってくれたり、セイ君を説得しても良いって言ってくれて……でも、そのためにはお金がたくさん必要で、アタシのことももっと良く知らなきゃだめだって……」
そして、俺の担当弁護士は、“よく知るため”と称して心愛の身体に触れて来たのだと言う。
「うん、それは普通にキモいな」
思わず素で頷いてしまう程。
何というか、上司から部下、客と営業、人事担当者から就活生へのセクハラの図式と似ており、立場を利用した性犯罪特有の気持ち悪さがある。
しかも、俺の担当弁護士はそれで終わらなかったらしい。
「セイ君の弁護士の人、毎日来るし……慰謝料はかなり高額になるとか、一生借金漬けだとか、死んでも許されないとか……何時間も怖いことばっか言うし……」
加えて、俺に対して離婚宣言してしまったことや、間男との自然消滅の直後ということもあり、余計に不安定なところを付け込まれたようだ。
「セイ君を、旦那さんを説得するためにも、アタシのことを深く知らなきゃならないって、何度も言われて……っ」
心愛はそのまま泣き始めた。
悲しいと言うよりは、悔しいという泣き方だ。最近では、心愛の泣き方でその心情が分かるようになって来た。
「っ……ぅ……ごぇん、なざぃ……っ」
泣くと謝る癖がついた心愛。
俺はその嗚咽を聞きながら、さすがに微妙な気持ちになる。
自分が契約して送り込んだ弁護士が、犯罪行為をしていたというのだ。
「うーん……」
俺は腕組み考える。
いくら軽薄で不真面目な弁護士であっても、そんなアホなことをするだろうか? 俺と心愛の離婚が成立していない以上、不倫ということにもなりかねないし、そんな弁護士としての信用を失うような真似をするだろうか?
しかし、そうは言っても、世の中には悪徳弁護士も居れば、W不倫の果てに局部をちょん切られる弁護士もいるようだし、法律のプロといっても結局は個人の問題なのかもしれない。
そして、考えた挙句、俺の口から出たのは――。
「なぁ、その話が本当かどうか、何か証拠はあるのか?」
嫌味もなく、心の底からの疑問だった。
すると、心愛は泣き顔を上げ、絶望的な表情を見せる。
どうやら、そこまで疑われることにショックを隠し切れない様子だが、俺の立場からすれば当然のこと。
「っ……証拠、かは……わかんない、けど……スマホに、録音が、ある……っ」
涙を拭いながら、心愛がスマホを出して来て、ボイスレコーダーのアプリを起動させた。
『奥さん、私も弁護士ですから報酬はもらいます。かなり高額です。これまで奥さんの相談にも乗ってきましたよね?それに加えて、旦那さんや浮気相手の奥さんのへの慰謝料……とてもじゃないけど払えないですよ』
確かに、俺の担当弁護士の声だ。
『だからこそ、奥さんのために提案しているんです。 私は奥さんが風俗店で働くようなことは阻止したい。旦那さんを説得するためにも奥さんのことをもっと深く知らなければならない。ですから、私自身が奥さんのために一肌脱ごうと言ってるんです。風俗店で病気持ちかもしれない不特定多数の男達とするより良いでしょう?』
真面に録音できていたのは、ここまでらしい。
「うぶっ……!」
聞き終わった心愛が、口元を押えてトイレに駆け込んで行った。
ヨゴレの癖にセクハラごときで何を――とも思ったが、不倫と性犯罪では殴るのと殴られるのくらい違うのかもしれない。
しかし、これからどうするべきだろうか?
「はぁ……なんで俺が考えなきゃなんねぇんだ……」
色々と、鬱憤が溜まっていた。
『ぉごぇぇっ……!』
遠くからは心愛のえずきが聞こえて来て、それが更にイラっと来る。
「……DVにならない程度なら、やり返しても良いよなぁ?」
仄暗い気持ちで、俺は独りそう呟くのだった。
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