第十二話『説明』
流し台でリバースする心愛が落ち着くのを待つ。
「ぅぇ、ぶっ……はー、はー……っ」
もう吐き出すものが無くなったのか、心愛が流し台で口をすすぎ、死人のような顔でこちらに向き直った。
「で? 俺との結婚も愛しのハル君からの指示なのか?」
容赦なく追及すると、心愛が口を開いた。
「指示って、言うか……春詩音が結婚して、“心愛もそろそろ結婚しなよ”って言ったのは、確かにそう……でも、春詩音にそう言われてから、セイ君と付き合って婚約するまでの二年近くは、春詩音とも切れてて……だから、セイ君と付き合って、結婚したのは、アタシの意思で……」
思っていたのと、少し違った。てっきり俺は、心愛と間男が悪意をもって俺をターゲットにしたのかと思っていた。
だが、よく考えてみれば、心愛に声を掛け猛アプローチしたのも、二回も告ったのも、プロポーズしたのも全部俺からだ。
「間男と切れてたのが本当なんだとしたら、なんでまた?」
何が浮気の始まりだったんだろう?
「それが、セイ君との婚約中に、いきなり“相談に乗ってほしい”っていう春詩音からのラインが来て……アタシも、その時に悩んでることあったから……」
心愛は自分の相談をするために、会いに行ったと言う。
「ん、ちょっと待て、お前も何か悩んでることがあったのか?」
そう尋ねつつ、俺は自分よりも間男に相談したのかという怒りを募らせる。
結局のところ、裏切りだ不誠実だとそれらしい言葉を並べたが、俺の中ではそこが一番の問題なんだ。
俺の心愛が、俺よりも間男を選んだ――そこに嫉妬し、プライドが許さず、怒りを覚えている。
「ご、ごめっ、なさっ……ぁ、アタシも……結婚前に、不安になっちゃって……結婚したら、苗字が変わることとか……変わったら、お父さんお母さんと家族じゃなくなっちゃうような気がしたり……そしたら、春詩音がアタシの不安、全部分かってくれて……」
マリッジブルーというヤツだったんだろうか? 心愛がそんなことになっているなんて、俺は思いもしなかった。
その頃の俺と言えば、俺みたいな基本風俗でしか女にありつけないようなブ男に、心愛みたいな美人の婚約者ができたことに舞い上がり、知り合いに自慢したり、心愛を見せびらかしてばかりいた。
「なんで、俺に相談しなかった……?」
自分で聞いておいて、俺は僅かに視線を逸す。
「ごめん、なさぃ……でも、セイ君、すごく嬉しそうにしてくれてて……なのに、アタシがそんな気持ちになるの、悪い、気がして……っ」
それを聞いて、俺の中では二つの思いが沸き起こる。
そんなの全部、浮気を正当化して俺の所為にするための嘘っぱちだ――という反発と、ネットにすら乗ってそうな婚約者の悩み一つ気付けなかったのか――という失望。
「それで、間男はお前の悩みに気付いたのか……?」
そう尋ねれば、心愛が俺以上に苦しそうにしているのが堪らなかった。
「ぅ、うん……春詩音は、不安だったアタシの気持ち……話さなくっても、全部分かってくれて……ぁ、き、きっと!既婚だったからだと思うけどっ……でも、それで、アタシも舞い上がっちゃって……」
それで、間男との関係が再会したらしい。
「だったら……その時点で、俺と別れるべきだったんじゃないか?」
そうなったらなったで、俺は大騒ぎしただろうし、あれだけ知人に心愛を見せびらかしていたからダメージも甚大だっただろうけど、少なくともそれ以上の浮気にはならなかったはずだ。
「ごめっ……なさぃ……でも、アタシも、その時はあんなにハマっちゃうなんて、思ってなくて……サイテイだって、思うけど……セイ君と、別れたくなくって……ホントっ……ごめっ、なさぃっ……っ」
震えながら頭を下げる心愛に、俺は証拠である音声の一つを再生させた。
『も~、本当はハル君と結婚したかったのにぃ、それなのにハル君が結婚しちゃったから、アタシは仕方なくセイ君と結婚したんだよ~?でも、いつかは責任取ってね、ハル君っ』
『セイ君とは比べ物にならないくらいハル君とえっちする方が気持ちいい……アタシの本当の旦那様は、ずーっとハル君だよ……』
『セイ君、子供ほしいとか言うんだよ~。アタシがほしいのはハル君との子供なのにさぁ、ウケるよね~』
『んふふ、ハル君の命令通りにぃ、ここ二週間はセイ君にはおあずけさせてるよ?だって、心愛を好きにできるのはハル君だけだもん』
何度聞いても醜悪だと思う。
「ここまで言っておいて、それは無くないか? もし子供ができてたら、俺の子として育てるつもりだったのか?だとすれば、お前も間男も、真面じゃないよ……」
ただ一人の最愛の人を大切にできない浮気嫁と間男に、憐れみすら感じてしまう。
「ち、違うのっ!あれはっ、その場の雰囲気でっ、台詞として言っただけでっ……それにっ、ハル君がアタシを選ぶなんてっ、誰か一人を選ぶなんてっ、絶対にありえないってっ!お互い分かってたからっ、だから言えた台詞なのっ……!」
心愛が必死な様子で叫んで来る。
「こ、子供のことだってっ、危ない日は避けてた上に、ピルで避妊もしてたし……おあずけって言っても……セイ君とは、週三回以上でえっちしてたでしょう……?」
最後は尻つぼみとなって萎んで行った。
まぁ、確かにおあずけされた記憶は一度もなく、それどころか、心愛との夜の営みは一晩に二回三回は当たり前だから、しんどい時は俺の方から断っていたくらいだ。
「ふむ……」
俺は腕組みして考える。
そして、根本的な質問をするため、今度は動画を再生させた。
『お前、ここまでの会話は全部録音録画してるからな。離婚届書くとき絶対にゴネるなよ』
『ゴネてほしいの?ゴネるわけないよ。アタシが本当に好きなのは今も昔もハル君だから、セイ君と離れられて清々する』
これに対し、心愛は涙を散らしながら首を振った。
「ごれはっ、ハルぐんのおぐざんとがっ……弁護じとがっ……いぎなり追い詰められでっ……もう強がるじがっ、なぐっでっ……ごべっ、ごべんなざぃぃっ……っ!」
再び泣き土下座の心愛。
対して俺は、さっさと立ち上がることを要求して尋ねる。
「というか、どうしてこの家に戻って来た? 間男とはどうしたんだよ?」
大方、ヤリチンの間男に穴の開いたオ〇ホのごとくに捨てられて、慌てて掌返しで戻って来たってところだろうけどな。
「ごめっ、なさぃっ……事務所の前で、強がっで、ぜぇぐんに、あんなこと言っちゃってっ……アタシ、後からどうしようどうしようってなってっ……ハル君は、アタシに奥さんに謝って説得してくれって頼んで来るし……でも、アタシはそれどころじゃなくて……」
どうやら、捨てられたと言うよりは、不倫者同士で自分のことだけで一杯一杯となり、相手のことなど気遣う余裕もなく自然消滅となったらしい。
まぁ、それはそれで、自分の快楽のみに忠実な不倫カップルにありがちな展開なのかもしれないが、一方で、俺と婚約した後でも間男からの連絡を受けて精処理玩具に戻ったように、何度でも再犯するのが浮気だ。
「はぁ……」
救いようの無さに溜息が出る。
結局、話を聞いたところで浮気に救いなど無く、浮気嫁が真性キチガイのドクズだということと俺の甲斐性の無さを再確認しただけだが、それでも見えなかった事情を把握できたことで、多少なりとも落ち着けた。
さて、これからどうするか、使えない担当弁護士に連絡をするか、と考える。
すると。
――ピロロロ!ピロロロ!
ちょうど、我が家の家電が鳴り響いた。
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