第42話42.リュウホを探して 2


 リュウホは客室に通され、アンゲリーナの命の恩人として丁重にもてなされた。


 風呂に入り泥を落とし、真新しい服を用意され、それを着て大人しく椅子に座っている。

 リュウホは少しそわそわしていた。着慣れないジンロン帝国の服だと言うこともある。しかし、それ以上に鏡に映った自分が見慣れなかった。


 リーナは、炎虎を格好いいっていってたし。


 小さな手をジッと見て、リュウホはため息をついた。

 

 今は再会できたことを喜んでいるけれど、そのうちガッカリしてしうのではないか。リュウホは、今、小さく非力な人の子だ。どこにでもいるありふれた六歳児なのだ。


 あー! もう、逃げたい!! でも、逃げたらもう二度とリーナには会えないよな? いや、それより、もしかして、皇帝に無礼とか言われて処刑される? まじか、それもあり得るよな? そしたら、絶対、国のことなんか言えねーじゃん? 


 炎虎であれば、身体を舐めれば少しは気持ちが落ち着いたが、今はどうやって自分を落ち着かせたらいいのかわからなかった。

 外を見て、天井を見て、足のつかない床を見る。

 

 泣きたい気持ちになって、リュウホは椅子の上で膝を抱いた。


 そのとき扉が開いた。

 わっとアンゲリーナが飛び込んでくる。笑顔のアンゲリーナを見た途端、リュウホの赤い髪の間に丸いオレンジの耳がピョコンと飛び出た。

 アンゲリーナはリュウホに抱きついた。リュウホはそれを受け止めて、二人でクルリと回ってキャーッと笑う。

 アンゲリーナのスカートが花のように開いた。アンゲリーナも着替えていたらしい。


 リーナがいるだけで、笑っちゃう!


 リュウホは先ほどの泣きたい気分が嘘のように飛んでいって、アンゲリーナはすごいと思う。

 

「リュウホ、お耳!」


 アンゲリーナの指摘で、ハッとしてリュウホは頭を押える。


 もしかして、完全に人になったわけじゃない? 


 リュウホは少しだけホッとした。


「そうだ、リーナこれ」


 リュウホはアンゲリーナが落としていった木札を渡した。


「ありがとう!」


 アンゲリーナは嬉しそうに両手で受け取って、小さな胸に押し抱いた。

 リュウホはそれを見て、へへっと笑う。


 リーナにこれを渡せただけで十分だ。


 リュウホは覚悟を決めて、アンゲリーナの後ろを見た。

 そこには、皇帝フェイロンと、皇太子キリルが不機嫌そうな顔で立っていた。宰相もいる。


 リュウホは緊張して、ピッと背を伸ばした。耳は後ろに倒れてしまう。とりあえず、ミオンがいないことに安心する。


 フェイロンたちは、少年がリュウホを名乗ることに半信半疑だった。しかし、リュウホに生えた虎の耳を見て、リュウホと炎虎が同一人物であると認めざるを得ない。聖獣なら人の姿を取ることもあるのだろうと納得したのだ。


「とりあえず、アンゲリーナを助けてくれたことは感謝する」


 フェイロンが不愉快そうに告げた。


「べつにお前のためじゃねーし」


 リュウホは反射で答えてハッとする。


「じゃない、皇帝陛下のためじゃないデス……? ん?」

 

 フェイロンは顔をしかめたが、宰相はプッと吹き出した。

 そして、宰相はリュウホに視線を合わせるようにかがんだ。


「君のおうちのことを聞いてもいいかな?」


 リュウホは、ツッと目をそらした。


「おれ、ひとり。罰を受けるなら俺だけにして」


 リュウホの言葉に、宰相は微笑んだ。


「怒っているんじゃないんだよ。君は皇女殿下の命の恩人だ。それにずっと守ってきてくれたことを知っているよ。お礼をしたいと思ってね」


 リュウホはオズオズとアンゲリーナを見た。

 アンゲリーナはリュウホを守るように抱きついたままだ。


「リュウホ、大丈夫。今度は私がリュウホを守る。だって、リュウホ、北斗苑のころからずっと私を守ってくた」


 アンゲリーナの言葉に、フェイロンはグッザリ胸をえぐられた。キリルも小さく矢を受ける。


「本当に家に迷惑かからない?」


 リュウホが宰相に尋ねる。


「ああ、ジンロン帝国の宰相としてここに約束しよう」


 宰相の言葉に、リュウホは息をつく。


「俺は、リュウホ・ルオ」


 投げやりなリュウホの言葉に、宰相はよろめいて片膝をついた。


「……ナンラン国第三王子か」


 ぼそりとフェイロンが呟き、キリルが驚いてリュウホを見た。


「しかし、リーナはやらん」


 続けられたフェイロンの呟きに、宰相はもう片方の膝もつく。


「ナンラン国からは、シュア王女が人質として華蓋にお住まいですね」

「ねーちゃんがにーちゃんのかわりに人質になって、いじめられたら助けてやろうとおもって」


 リュウホの答えに、フェイロンが笑う。


「ナンラン国は私に炎虎をけしかけるつもりだったとはおもしろい」

「とうたま、だまって」


 アンゲリーナが冷たく言って、フェイロンは言葉を失う。


「でも、来てみたら、そんなんじゃなくて、ねーちゃん楽しそうで、俺、暇だなって、探検してたら罠にかかって」

「罠?」

「北斗苑の竹藪にトラバサミが仕掛けてあった。魔法かかってた」


 宰相が顔をしかめた。そういえば、以前ミオンが罠を見つけて処分したと言っていた。見つけた経緯が、リュウホが罠にかかったことなら、ジンロン帝国としては頭が痛い。


「リーナが助けてくれて、それでそれからリーナと一緒にいる」

「だから、リュウホは悪くないし、リュウホを追い出すなら、わたしもでてく!」


 アンゲリーナがそう主張して、キリルは慌てた。


「リーナ! 別に追い出そうとしてるんじゃないよ? でも、リュウホにも帰るところがあるなら、帰らないと」

「一緒にいていいっておてがみもらったもん! リュウホ、ちゃんと、ご飯代もってきたよ? 私、ご飯代はらってないもん」


 キリルは確かにリュウホから金貨を預かっている。使ってはいないが、受け取っていた。

 キリルは困り果てて宰相を見た。もう父は当てにならないと思っていた。


「そうですか。では、一度ナンラン国と話をしなくてはなりませんね」

「追い出すの?」


 アンゲリーナは不安げに宰相を見る。


「追い出すのではありませんよ。リュウホ様がこのようなことになっていることを、ショア様はご存じですか?」


 リュウホはフルフルとかぶりを振った。


「今の状況をきちんとお伝えして、手順を踏んで、もう一度おそばに上がれるようにいたしましょう?」


 宰相はアンゲリーナに言い聞かせた。


「てじゅん?」

「そうです。ナンラン国の王子として、皇女殿下の遊び相手になっていただくのです」

「なに!?」


 フェイロンが宰相を睨む。キリルがフェイロンを睨んだ。


「父上、へたをしたらリーナがナンラン国に駆け落ちします。この辺で折り合いをつけた方がよろしいのでは?」

「……やきはらえ……」


 ぼそりとフェイロンが呟いて、アンゲリーナが怒ったようにフェイロンを睨んだ。


「とうたま、きらい」

「冗談だ」


 フェイロンはそっぽを向く。


「ナンラン国の屋敷に使者を出せ。一度、王子を屋敷に返す。そして改めて沙汰を出す」

「とうさま!!」

「我が娘の友となれと、な」


 アンゲリーナとリュウホは喜んで手を取り合う。リュウホのお尻から尻尾が生えて、ピンと立った。


「友、だ! 友、だぞ!!」


 フェイロンは不愉快そうにそう言って、キリルは困ったように笑った。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る