第24話24.戦場にて


 皇帝フェイロンは無感情のままミオンを眺めた。

 ミオンはフェイロンを眩しく眺め見る。

 フェイロンは左耳を隠すように左側の前髪を残し、銀色の長い髪を後ろで結わえていた。

 黒い甲冑の上に、金龍の刺繍が施された白い着物を羽織っている。足や腕はまだ甲冑が外されていなかった。


 フェイロンが陣を張っている場所は、ミオンの一族ラン族の領地トンフェンだった。トンフェンは魔族の国アンダと隣接しており、いざこざが絶えない場所である。昔から、トンフェンの中の有力部族は、ジンロン帝国と魔族の国を秤にかけ、有利な方へ助けを求めるからだ。


 ミオンは自分の家のあるトンフェンで敵陣と膠着状態が続いていると聞き、宿下がりとして休暇を取り、陣中見舞いと称して、フェイロンのもとへやってきたのだ。

 ミオンの陣中見舞いは兵士たちの士気を上げた。

 そして、最後の戦いが始まる前に、帝都へ帰るべく挨拶にきたところだった。

 

 フェイロン陛下は戦う姿が一番美しい。


 ミオンはそう思いつつ、フェイロンに別れを惜しむ挨拶を長々と心を込めて伝えた。

 

 フェイロンは、どうせ帝都で顔を合わせるのに大げさだと聞き流していた。


 心あらずのフェイロンは、剣の鞘に結びつけた粗末な布をもてあそんでいた。アレがおまじないを描いた端布である。偶然なのかなんなのか、この端布をたまたま持たずに戦場に赴いた際、敵に奇襲を受けてから、フェイロンは肌身離さず持つようになった。


 まじないに頼るようになるとはな。


 いつ死んでもいいと思っていた。いや、正確には早く殺されたいと願ってきた。皇后のいない世に未練などない。

 それなのに今は、早く皇宮に戻りこの端布の持ち主を探したいとさえ思っている。


 バカバカしい。


 自分の心の変化を認めたくないフェイロンは、端布から手を離した。


 ミオンは長い挨拶を終え、フェイロンの前から下がった。


 ミオンが退出したことを確認すると、側近のユーエン・ランが次の事案を話し出した。

 紫色の髪をしたユーエンは、フェイロンを皇帝にした立役者だ。冷たい紫の瞳は常に冷静だが強い意志を隠し持つ。筋骨隆々としたまさに武人といった男だ。

 現在の宰相の息子であり、女官長ミオンのいとこでもある。そして、フェイロンの母リョウイの甥でもあった。

 いっしょに過酷な戦場を駆けてきたユーエンのことをフェイロンは信頼している。歯に衣着せない物言いはありがたいとも思っている。


「部族の長が娘を差し出したいと申しております」

「いらぬ」


 先に制圧した部族の長からの申し出だった。


 今までのジンロン帝国皇帝は、制圧した国々から美姫を集め、後宮『華蓋(かがい)』に住まわせてきた。人質と側室を兼ねさせていたのだ。

 さらに、彼女たちとは別に、ジンロン帝国の娘を妃として側に置いていた。皇子皇女と認められるのは、妃の子どもだけだったのだ。むろん、皇后は妃の中から選ばれた。

 フェイロンの父も前例に漏れず、多くの側室と妃の間に子をもうけた。

 フェイロンは一番最後の皇子だった。しかも、愛されない妃の一人息子として生まれ、後宮では肩身の狭い思いをして生きてきたのだ。


 後宮などくだらない。


 自らの経験上、後宮には憎しみすらあった。


「しかし、陛下。喪も明けた以上、妃をという声は多くあります」

「私の妻はファイーナだけだ」


 フェイロンの妻でありアレの母であるファイーナは、亡国ユール国の姫だった。他国の姫が妃に、それも皇后になるのは前例がなかったが、皇帝になる前に妻としていた彼女をフェイロンが強引に皇后に据えたのだった。


「存じております。しかし、皇后はファイーナ陛下のみにしても、後宮を取り仕切るものが必要です。華蓋に以前のような後宮としての機能はなくなりましたが、人質を預かる場としてはなおざりにできますまい」

「今までどおり、ミオンで良いではないか。よくやっている」

「女官長という立場では、他国の王子たちと対等に張り合うのには心許ないかと」

「今まで問題なかった」

「それは喪中だったからでございます。喪が明けた今、妃の座を狙って争いがおこるでしょう。今後は貴族だけでなく、他国の思惑も絡みます。陛下が他国の姫でも皇后になれるという前例をお作りになってしまいましたから」


 フェイロンを非難する意味を察して、ユーエンを睨んだ。

 

 しかし、最近なにかとうるさい。


 フェイロンはため息を押し殺した。気がつけばまたあの端布を触っている。そのことにもイライラとして、思わず舌打ちをした。


「皇族がふたりだけという状況もあまりよくありません。キリル殿下にもしものことがあれば、ジンロン帝国は崩壊しましょう。それをみな恐れているのです」


 皇族なら、もう一人アレがいる。


 そう反論しかけて、フェイロンは苦々しく思った。


 アレは皇女ではない。


「おぬしたちがそう言って子を望むから、身体の弱いファイーナは死んだ。おぬしたちが殺したのだ」

「お言葉ですが陛下、私どもは皇后様に子どもを産むように言ったことはありません。後継者のスペアなど、他の妃の子でも良かったのです。他に妃を娶らなかったのは」

「もういい!!」


 フェイロンは吠えた。




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