第10話10.葛籠箪笥のカラクリ


 アレは標樹をもって土蔵に帰った。

 

「無事に騎士様に届くと良いな」


 アレがそう言いながら、標樹を花瓶に戻そうとすれば、土蔵の階段から薄く光が漏れていることに気がついた。


「月ではないよね? ……だれか……いるの?」


 先ほどまで外にいて、月はそれほど明るくなかった。


 アレは恐る恐る階段を上っていった。そして身を隠しつつのぞき込む。ほこりをかぶった本棚には、古い言葉の本や魔法文字の本が詰まっている

 しかし、開けることのできなかった葛籠箪笥(つづらだんす)の鍵がぼんやりと光っていた。

 人はいない。


 アレはそうっと葛籠箪笥に近づいた。黒漆塗りに施された箪笥には、螺鈿細工の珠を持った金箔の龍が描かれていた。中央には鍵になるのか、カラクリらしき装飾があり、その脇には一輪挿しがついていた。


「ちょうど良いわ」


 アレは一輪挿しに標樹を挿した。標樹は光が少し薄くなってきている。


「もう少し光っていてね」


 アレ姫はそう声をかけ、標の樹の花を撫でた。

 そして、騎士が教えてくれた言葉を祈るように呟く。


「大いなる標樹よ。その輝かしい光をもう一度我に与えたまえ」


 すると標樹が激しく輝いた。


 「まぶしっ!」


 アレが思わず目をつぶる。そのとき、カラクリがカタリと音を立てて回った。一つカラクリが動いたことで、文字盤のようなものが現れた。


「え!?」


 アレは何度か開けようとチャレンジしたが開けることはできなかった。もちろん一輪挿しに花を挿したこともあった。しかし、今まではうんともすんとも言わなかったのだ。

 文字盤をマジマジと見る。

 どうやら天の星のようだ。

 目をこらしてみると、一部の星が何度も触れられたせいで、こすれているのが分かった。


「ここと、ここと、ここ。こっちも」


 四つほどこすれている箇所があり、それをアレはマジマジと観察した。


「あ、これって、北斗七星?」


 アレはひらめいて、こすれた星を頼りにし、文字盤の星々の中から北斗七星を選び指でたどった。

 最後の七つ目の星に触れたとき、七つの星が同時に光った。そして文字盤がグルリと回り、葛籠箪笥の扉が開いた。


「わぁぁぁ!」


 葛籠箪笥の中には美しい絹の着物から、難しそうな本まで入っていた。緑色の着物は豪華絢爛で、まるで花嫁衣装のようだ。色あせていない簪や香炉など、アレが初めて見るような高価な品々が沢山詰まっている。日記のような手書きの帳面や、巻物など様々な書物などもある。魔法文字の書かれたものもあった。


―― 好きなもの一つあげる ――


 箪笥の中から女性の声が響いた。アレは箪笥の奥に目をこらす。しかし、中には何もいない。

 アレが瞬きすると、箪笥の引き出しが開いた。これを選べと言わんばかりに、次々と引き出しが出されていく。

 象牙の印鑑、鼈甲の眼鏡、珊瑚の指輪、螺鈿の施された筆入れ。ほかほかの桃の形をしたまんじゅうに、かぐわしい香りのする液体の入ったひょうたん。内側に紅の塗られた貝がら。古めかしい鏡。小さな瓶には丸薬が入っていた。

 

 その中からアレは一冊の本を取ってみた。どうやら皇宮での有職故実(ゆうそくこじつ)の書かれた本らしい。マルファが持ってきたマナーブックには載っていなかったようなものまで書いてある。しかし、古い本ならではの難解な言い回しだった。


 難しそう……。だけど、五歳で名前をもらうとき、今度は失敗したくない! ちゃんとマナーを身につけて、生かして名前を付けてもらわないと!


 ループ前の命名の儀では、ミオンに言われたとおりに準備したはずだったのに、不手際があり、父に会うことすら許されなかったのだ。

 

「これで勉強させてください」


―― そんなものでいいの? もっと高価な物が沢山あるのに ――


「私にはこれが必要なんです。だめですか?」


 アレは本を抱きながら尋ねる。


―― そう。ならおまけをあげる ――


 アレの抱きしめていた本の中から、丸い木札が一つ落ちた。金の龍が宝珠を抱くような形をしており、中心は空洞だ。長いひもがついていて、お守りのようでもあり、栞のようでもあった。


―― その木札の穴を通してみればどんなときでも本が読めるわ ――


 声に言われるままアレはのぞいてみた。すると穴を通してみた部分だけ明るくくっきりと、しかも難しかった内容が、アレにわかりやすい言葉になって見えた。

 これなら箪笥の外にある魔法文字の本も読める。


「!! これは!」


 アレが驚いて箪笥を見れば、質問は受け付けないとでも言うように、引き出しがパタパタと閉じられていく。そして最後カラクリが自動的に回り、鍵は再び閉じられた。

 

「これも魔法なのかな?」


 アレは怪訝に思う。そして、なんとなく直感であの声の主はここに幽閉されていた皇女だったのではないかと思った。


「お姫様、ありがとうございました」


 アレはそう頭を下げてから、木札を首から提げた。

 小さなアレにはちょうどペンダントのように収まった。木でできたその札はなんだか少し温かくて、アレは不思議に思いながら、そっと標樹を一輪挿しから抜いた。

 アレは葛籠箪笥にもう一度ペコリとお辞儀をして、階段を駆け下りていった。


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