第5話5.これでループは三回目 3
ミオンたちが出て行って、土蔵の中には気まずい空気が流れていた。
「姫様、いままで虫に刺されたと仰っていたのは、全部……」
アレは無言で頷いた。マルファが口元を押さえる。
「皇帝陛下に報告を!」
そんなことしたら、マルファが不敬罪で殺されちゃう!!
アレは慌てた。
「無駄よ。私はパパに嫌われているから。私のために無理しないで。おねがい」
アレがとっさにそう言えば、テーブルに着いていた騎士やメイドが呆然としてアレを見た。
「姫さま……」
「なんでそんな……」
「それもあの方に言われたのです?」
アレは戸惑って周囲を見渡した。
マルファは窘めるようにメイドたちを見てから、アレをギュッと抱きしめた。
「わかりました。報告いたしません。でも姫様、そんなに突然大人にならなくても良いのですよ」
その言葉を聞いて気がついた。今は見た目が三歳なのだ。あんな話し方はしない。普通に話すと三歳児としては大人び過ぎているのだ。
今度からは気をつけなくちゃ。
アレは取り繕うように無言でにこりと笑った。
「五歳になったらきっとお名前をいただけます。これだけ賢く美しい姫様です。きっと、きっと大丈夫です」
アレは苦く笑う。そうならないかもしれない。そうならなかった時。
「もしだめでもおこらないでね?」
「怒りませんとも」
「パパのこともよ? ぜったいよ?」
マルファが皇帝に不敬を働き処刑されるのは辛い。もう二度とそんな目にあわせたくない。
アレの言葉に、周囲は息をのんだ。
「わたしのせいで、みんながいやなおもいするのはいや」
メイドはすすり泣き、騎士は目を背け目元を拭っている。
生きているだけで疎まれる私を、五歳まで育ててくれた優しい人たちだ。今でさえ不遇な地位だろう。これ以上不幸にはなってほしくない。
「おねがい、やくそくして?」
マルファはアレを離し、一歩下がって皇帝に拝謁するときのようにカーテシーをした。
マルファと周囲のものたちはアレの言葉に胸を打たれた。
三歳にして、自分の不遇な立場を把握し、それに悲観するではなく、周囲を気遣うことができる。ただの子どもではない。完全に人の上に立つ器を持つものだ。今はまだ幼く、不遇ではあるが、紛れもなく生まれついての皇女なのだ。
周囲のアレを見る目が、気の毒な幼子を見守る柔らかいものから、主君を仰ぎ見るものへ変わった。
「優しく賢い我が皇女様。仰せのままにいたします」
マルファの凜とした声に、騎士が膝をつき礼をし、メイドたちも深々と頭を下げた。
その厳粛な儀式のような空気にアレは意味がわからずキョトンとする。
「なーに? みんなへんなの!」
アレが吹き出せば、周囲もつられるようにして笑った。
ミオンは言葉どおり、すぐに薬を届けてきた。身分の高いものしか使うことが許されていない高価な薬だ。しかも、まるで気遣うような手紙まで添えてある。
「さすがミオン様ですね」
「このような高価な物を・・・・・・」
マルファもメイドもミオンに感激した。
しかし、この薬はとてもしみるので子どもには使わない。アレはミオンに抓られるたびに、塗られていたのでそれがどれくらいしみるのかよく知っていた。
こうやって、高価な薬を与えることで誠実な謝罪をしたと周囲に見せりするところがミオンの姑息なやり方なのね。でも、今回はそんな風にさせない。
「ほんとう! すごくりっぱなおくすり! 騎士さんは使ったことがある?」
古傷が体中にある老騎士に向かって問いかけた。騎士は薬を手に取った。
薬の瓶の上には紫の紙で封がしてあり、金色の文字が書かれている。
「こ、これは、戦場でのみ使うことが許されたご禁制の薬です」
マルファが怪訝な顔をする。
「どういうものなの? 子ども使っても大丈夫なの?」
「とんでもない! 治りが早く効果が絶大なんですが、激しい痛みを伴うんで、兵士でも戦場でしか使うことを許されてない。こんなものを姫様に塗ったらいかん」
騎士が顔を顔を赤くして怒るように答えれば、マルファは顔を真っ青にした。
「なんてものを女官長様は……」
「恐ろしい方ね」
ゾッとするメイドたちにアレは笑ってみせる。
「きっと、にょかんちょうさまは知らなかったのよ」
「女官長ほどの方が知らないなんてあり得ない」
老騎士がきっぱりと答える。
「わざとおくってくるわけないわ。そんなことしたらいじわるじゃない?」
アレがニコリと笑い小首をかしげれば、メイドたちは何も言えなくなった。彼らの間にはミオンに対する疑惑の種が芽を吹きはじめていた。
その後、ミオンと繋がっていたメイドはクビになった。女官長命令だという。
しかし代わりのメイドは補充されず、メイドたちはミオンに対する不信を深めた。
マルファが苦情を言おうというので、アレは自分が手伝うので必要ないと押しとどめた。
ミオンにこちらを攻撃する理由を作っちゃいけないわ。それに、新しいメイドを頼んでも、きっとミオンの息のかかった人が来るもの。メイドが減った分は私が手伝った方が気が楽よ。
そして、メイドが足りなくなった分の仕事は、アレが手伝うことになった。
初めはメイドたちも断ったのだが、楽しそうに手伝うアレを見て諦めた。下町で生活していたアレは、働くことに抵抗はない。
三歳児の身体じゃできることは限られているけど、みんなと一緒に働くのは楽しい!
つたないながらも楽しそうに手伝うアレを見て、メイドも騎士も微笑ましく思った。
どんなことでもやりたがるアレのために、メイドたちはいろいろなことを教えてくれた。マルファと一緒にユール国の食べ物作ったり、簡単な編み物をしたりした。
こうしてアレとメイドたちの絆は深まっていった。
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