LV20/20 師匠よ永遠なれ
二日後。
仕事休みのサトちゃんが、お詫びのしるしとばかりに、これでもかという量のお惣菜持参でやってきました。そんな事しなくても話してくれれば十分なのにね。
お父さんとお母さんも、今日ばかりは仕事を早めに切り上げてお出迎え。玄関先で、お母さんは何か言いたげな顔でじーっと見つめてはふぅっとため息。お父さんは仕方ないなぁと微笑みながら中へと促します。
オレの作った味噌汁とテーブルいっぱいに並んだ料理を前にみんなで席に着くや否や、済まなそうな顔でサトちゃんが語り始めます。
「以前から先輩に人手不足の診療所で働かないかと誘われてまして。今の職場も若手をどんどん受け入れて育成したいようで、世代交代をヒシヒシと感じまして。
俺も、いつかは雇われの身から抜け出して開業出来たらと密かに目論んでたし、ならば後学の為にも新天地で色々学ばしていただこうと中堅施術士は決意した次第です」
一気に話して口が乾いたか、ペットボトルから注いだおいーな緑茶をくいっと飲み干すと、目線も合わせず俯いたままでみんなの反応を待ちます。
「それで、一体どこに行くつもりなの?」
どこかの司令官のように口元で指を組み、鋭い目つきでお母さんが問います。
「……北海道」
「嘘っ!!」「マジかっ!!」
思わずオレとお父さんの声がだだ被ります。
「北海道って、この間降った以上に雪深いところだよ。寒いところが苦手なのに、本当に行くの?」
毎年冬になると体調を崩しやすいサトちゃんは、黙ったままこくんと頷きます。
「サトちゃん、その感じだと、もう何を言ったって無駄って事?」
「……すまん」
「せめて俺たちには相談しろよ、水臭い」
「それで、我が弟はいつ発つわけ?」
「手続きもしてぇし、仕事も来年度から始められるよう月末前には。気温的に使えそうだから車と共にフェリーで行く」
この間雛祭りが終わったばかりだから残り数週間という微妙な時間。でも、明日明後日という直近逃走の線は無くなったので、残される身としてはほっと胸を撫で下ろす次第です、はい。
「迷いが生じてしまい、ギリギリまで言えずにおりました。特にまあちゃん、ごめんな」
「……本当にね。ユウくんの件でオレの気持ちを知ってるはずなのに良く出来るよね、その仕打ち」
それでも、受け入れざるを得ない状況は変わらないみたいです。
「ちなみに弟子の見送りは許されるんだよね、師匠?」
「……そんなの、泣く」
「それくらいの嫌がらせ、させて貰うから」
余りに急な企みを口にする師匠に、弟子としてびしっと言ってやりました。4年生になって随分と自分を出すことが出来るようになったなぁと我ながら驚いてます。
「最後に弟子との研究成果を披露していきなさいよ、判った?」
「姉ちゃん……」
「じゃあ、サトルの告解はこれ迄にして」
「「「「夕飯、いただきます」」」」
◆ ◆ ◆
3月下旬。
出発前日の晩は、これまでの集大成として冷凍野菜を一切使わずにお肉たっぷりの豚汁を師弟で披露しつつ、サトちゃん好みの料理で
朝になって待ち合わせた車2台が連れだってフェリー乗り場へと向かいます。
随分と春めいてきた陽射しが車内にそそぎ、突然ひらけた視界の先の海面は凪いでいて波もゆったり動きます。
暫くしてコンクリートだらけの港に着き車から降りると、久し振りの磯の香りが鼻をくすぐって何となくわくわくします。
お別れの日なのにフキンシンだね。
それくらいの心持ちじゃないと寂しさが
車を搬入させたサトちゃんと待合所で挨拶を交わします。
「生存報告、怠るなよ」
「30歳過ぎに新人の報連相指導、痛み入ります先輩、いててっ、腹パンやめろ!」
「風邪マメだから寒気に気を付けなさいよ」
「心配掛けぬよう心がけます、姉ちゃん」
オレからは何を言うべきかな。
「味噌汁、作る度に送っていい?」
「毎日でも毎食時でも全然構わねぇぞ」
「飽きたらスルーして良いから」
「しねぇよ、こっちからも送る」
「え、あー、オレが面倒でスルーするかも」
「ううっ、その時は成長の証と嘆いとくわ」
「あはは!元気でね、遊びに行くね」
「案内できるよう勉強しとく」
「師匠、ハグしていい?」
「ま、まあちゃんーーっ!!」
うぐ、苦しい!
やっぱりサトちゃんはサトちゃんだ。
これまで側に居てくれて本当に有難う。
サトちゃんのお陰で寂しさを我慢しなくていい事を知ったし、一歩踏み出すたくさんの勇気を貰ったよ。ゲームだってたまにランクイン出来るくらい上手くなったし、苦手だった理科も算数も好きになれた。
サトちゃんとの時間はとても楽しくて、為になって、いつまでも大切なものだよ。
離れるのは寂しいけどいつでも繋がれる時代だし、『いつか』こうなる事が『今』になっただけだから。
だから、ね。
オレより泣かないでくれないかな。
お別れなのに可笑しくなっちゃうよ。
いい加減、鼻水拭いてシャッキリして。
小学生でもこれはかなり恥ずかしいよ!
「弟子よ~~~!」
大きなフェリーのエンジンが唸り始めて、出発の準備が整っていきます。
「見て、デッキに出てもあまりの号泣に知らない
「あれがサトルの良いところと解釈しよう」
「姉として恥ずかしい……」
ボーーー、ボーーー。
腹に響くような低い音で汽笛が鳴ります。
恐らく、涙でぐちゃぐちゃの変顔のままでいつまでも手を振るサトちゃん。
乗り出しが過ぎると落ちちゃうよ。
「行くか」
無事に出港し、お父さんとお母さんに続き駐車場へ向かいます。
最後にもう一度振り返り、お別れを。
手摺に突っ伏したサトちゃんは俯きながら船内へ入っていきます。
先を行く人に続くようにして。
◇ ◇ ◇
「その顔は今世紀最大級のヤバさですよ」
「ずび、ずび、ちーーん。うるせぇ!それより何で昨日来なかったんだよ。まあちゃんと
「……馬鹿じゃないの?こうなった元凶が自分なのにさすがに後ろめたくて行ける訳な……むぐぎゅー!ほっぺを潰すのやめてって、ねえ、聞いてる!?」
「その手の台詞はもう聞き飽きたんだよ。俺はお前と居られるならば、それでいい」
「……本当に馬鹿だね」
「そこがいいんだろ?」
〈習得 編 了〉
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