LV19/20 既視感 

 そうそう、今更な話だけど、合気道教室の終了時間がたまに残業で遅くなったお母さんの帰る頃と丁度合うみたいなので、毎日のように様子を見に来てくれるばあばの負担を減らすためにもサトちゃんの休日と被らないように通うことにしてます。

 意味わかる?

 説明下手でゴメンね。

 要するに、相も変わらずオレと師匠の研究の日々は続いてるって事です。

 その流れで、先日は以前レベル不足で断念した〈ササガキ〉に再挑戦。実は4年生の授業で遂にあの小刀との対面を果たし、これならイケる!と確信したという裏話があっての事なんですけどね。

 サトちゃんも自宅で何度か試したみたいで以前のような危なげな動きも無くなり、薄く削られた牛蒡がそれはもう素晴らしい仕上がりになったものだからオレたちは思わず小躍り!

「やった、やった、やったたた!ぐわっ!」

 ぱきょーん!

 何事か判ります?

 キッチンに置かれた飲料水の箱に、足をがつーんと思いきりぶつけました。せめて縦積みだったら存在が見えたんだけど横置きだったから視界に入らなかったんだよね。仕方ない、そういう時も有るって事で。

 何かあったら危ないから、皆さんもシンク周りの足下に物を置くのはやめた方がいいですよ、ぐすん。

 しかし、足の指をぶつけるって何でこんなに激痛が走るんだろうね。自分では間違いなく避けたつもりなのに小指だけが置いてきぼりを食らったり、脚が無意識にびょん!って動いて中指が曲がっちゃったり。

 今回、痛い思いをしたサトちゃんは、

「まあちゃん、テーピングセットをくれ!」

 と、さらっと言うけどそんなの有るわけないじゃん。無いよね、普通。

 あれ、皆さんのお家には常備してます?


◆ ◆ ◆


 さて、ササガキによるレベルアップを果たしてから数ヶ月、今冬二度目のドカ雪が降りました。その量7センチ。

 たかが7センチ、されど7センチ。

 当然のことながら休校になったこの日、皆さんならばどうします?

 雪だるま、作りますよね。雪合戦、しまくるよね。雪だるまじゃなくてトトロンでもいいかも。こういう時こそかまくらかな?中でまったりとお味噌汁を飲むのもいいよね。周りは雪だから冷えそうだけど温かいんでしょ?一度体験してみたいなぁ。そうだ、札幌の雪まつりみたいな滑り台も楽しそう!

 オレが住んでるところはこんなにしっかりと降ることは何年かに一度しかないから、心は躍るし、ここぞとばかりに楽しみたくなるのです。ふふん、ふーん。

 そうだ、学校に行ったら誰かいるかな?


 雪道に一人は心配だからと、今日は仕事を休んだお父さんが一緒に校庭を覗きます。

 おー、いるいる。

 ご近所の子供たちが、わらわらわら。

 けど。

 知り合いの顔が見つからないからちょっと入りづらい。お父さんに背中を押されるも、結局帰ってきちゃいました。

 そういうものだよね?

 雪はとっくに降り終わって、太陽きらきらの晴れ間が覗いているので明日には学校も始まりそうです。クラスのみんなと遊びたいから、雪、それまで残ってくれるといいなぁ。


◆ ◆ ◆


 残念ながらあの日の雪は連日の晴天で嘘のように消えてしまいました。その代わりにお雛様の居ないオレの家にも平等に桃の節句がやってきたので、家族全員で去年までとは違う桜餅をこれでもかと堪能しました。

 うまうま、ごちそうさま。

 お茶を飲みながら団欒が続きます。

「まあちゃん、明日合気道だよな?」

「うん、学校からアッキーの家に集まって直接道場に行く事になったから、迎えはいつも通りよろしくです」

「了解、いつもお邪魔してるから一度お礼しないとね」

「そういうのはいいっておばちゃん言ってたから、連絡だけしといて」

「うん、そうしとく。けんちゃんは?」

「一度帰ってお菓子持ってくるって」

「美味いよな、この餡。和菓子って興味なかったけど、ここのはお父さんも大好きだ」

「また買いに行くって言っといてね」

「はーい、伝えます」


 皆さん覚えてますか?

 無料体験で会った同校の二人。

 アッキーはアキヒロくん、けんちゃんはケンジくんです。

 もじもじしていたオレをアッキーが声かけしてくれて、側にいたけんちゃんとも話すようになって、それ以来、共に鍛練する同学年仲間って感じで仲良くなりました。 


 アッキーは3人兄妹の真ん中で、頭脳も見た目も万能なお兄ちゃんがいるせいかちょっとひねくれ者っぽい。その割には場を盛り上げようとするお調子者でもあり、技の動きが丁寧でとても滑らか。

 家が和菓子屋のけんちゃんは言葉少なだけど周りを良く見てる気遣い屋さん。双子の弟妹が小さいから、先程の美味しい桜餅を作っているお店が忙しいときは面倒を見てるんだって。ふって笑うところがカッコよくて、技の飲み込みが抜群。

 二人とは、ユウくんと居たときみたいに何でも話せるし聞いてあげられる間柄になりつつあります。クラスはみんな違うのに、こういう繋がりってあるんだね。

 オレを心配して入れてくれた教室だったけど、大人のみんなには本当に感謝しかないです。


◆ ◆ ◆


「まあちゃん、お疲れ」

 今日のように、自宅とは反対方向のアッキーの家の近くにある道場へ直接行く時は、けんちゃん家のお菓子で小腹を満たしながら、ばあば以外の誰かが迎えに来るのを待ちます。迎え人は大概お母さんだけど、仕事の進み具合でたまに変わります。

 今日は仕事帰りのサトちゃんでした。

 運転席から手を振るニヤリ顔のサトちゃんの黒い軽ワゴン車に乗り込んで直ぐ、

「明後日はデートだから今日来たの?」

と、いつものように意地悪してみるとジロッと睨んで、

「うるせぇぞ、ま、せ、た、ガキ!」

 笑いながらオレの頭をくしゃくしゃするのは変わらぬお決まりのパターン。

 でも、今日はちょっとお手柔らかな感じ。

 普通の人ならばきっと気付かない、本当に微々たる違和感。いつもは弾む車内の会話も何処か曖昧で盛り上がりに欠る様子にあの日の事が甦ります。

 覚えた既視感をそのまま心の中に留めておくことも出来るけど、敢えて静かに聞いてみました。

「何かあった?」

 いつかみたいに、別に何も、とはぐらかすかと思ったけど、きゅーっとゆっくりブレーキをかけて信号で止まったその瞬間にちょっと哀しそうに微笑んでオレを見つめると、ハッキリとした声できっぱり言いました。


「もう、弟子に教えることはない。師匠は旅に出ることにする」


 その日の味噌汁は大好物の大根とお揚げだったけど、頭がバグったみたいで殆ど味がしませんでした。


◇ ◇ ◇


「こんな事になってしまって……」

「気にするな、良くある話だろ。寧ろハッキリして清々したしな」

「……サトル」

「泣くな、お前はエクボを出して笑ってる方が似合ってる」

「ごめん……本当に、ごめんなさい……」

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