LV18/20 弟子の覚醒

 合気道を始めて数ヵ月、親友ユウくんとの突然の別れや新たな師匠、武道仲間との出会いなどを経験した日々からまたひとつ学年が上がりました。

 暦の上では夏を迎えたとある学校からの帰り道、最後の角を曲がったところにある自販機でお久し振りな人物に遭遇します。

「レイちゃん!」

 この間会ったのは春休みだから。

「おかえり、二ヶ月ぶりだね、まあちゃん。元気にきのこ食べてる?」

「前から思ってたけど、『ルイはトモを呼ぶ』って本当なんだね、意地悪仲間だ」

 レイちゃんは、ふふふっと小さなえくぼを作ると、自販機にコインを投入しました。

「何にする?」

 やったぁ!

 水筒の中身が無くなって絶望しながら歩いてきたから嬉しい助け舟!

「カルゥピス一択!」

「ふむふむ、いい選択をしましたね、弟子よ。ピピッとガシャン。では、首筋を冷やしながらプチ講座を致しましょう」

 レイちゃんは悪戯っぽく目を細めると、歩きながらカルゥピスの栄養の秘密をあれやこれやと教えてくれました。

「はわ、はわわ!」

「何事も摂り方が大切っていう事ですよ」

 はい、肝に銘じます。


 今日はレイちゃんも一緒に食卓を囲みます。

 昨晩、暇だから連絡し合ったら休みが偶然重なっていて、だけど互いにこれといってやることが思い付かないので、ならばたまには清々しい風でも感じるか、と二人で海に遊びに行ったらしいです。

 何なの、そのぐだぐだ感。しかも、ぐずつきがちな昨日までが嘘のように天気の良い爽やかな平日に海だなんて、羨ましい限りですよ。

 こっちは計算と漢字テストのダブルパンチに泣かされてたというのに、もう! 


 お土産の総菜を広げて夕食の準備をしていると、レイちゃんからトンでもない情報が入ります。


「え、サトちゃんナンパしたの?」

 ぎょっとするサトちゃんを、問答無用といった様子で制して続けます。

「髪の綺麗なお姉さんの落とし物を拾って『お茶でもいかがですか?』って壁ドンして、ついでに顎クイとかしたりして……」

 レイちゃん。お願いだから、その様子を再現するような仕草をぼくにしないでください。何故か胸がドキドキするんです。

「嘘を吹き込むな、渡しただけだろうが!」

「いた、痛い!頭グリグリやめてって!ふふふ、ごめん、話盛りました。でも逆ナンされてたのは本当。びっくりだよね」

「小学生にやめろ、バカ」

 レイちゃんが隣に居るのになかなかやりますな、師匠。隅に置けないってこういう事だよね。

「コイツのトイレ待ちで単体だったんだよ」

 そういう事かぁ、納得。

「オレ、その時の様子を見たかったなー」

「ん?んーっと。顰めっ面だけど相当キョドってたよね」

「お前なぁ!」


 益々その場に居なかったことが悔やまれます。仰天顔は弱よわモード前に良く見るけれど、あたふたと狼狽える姿は余りお目にかかれないレア物なんだもん。

 でも、そうなんだよね。

 サトちゃんは背が高いからそれだけで映えるし、若干口が悪いけど黙っていれば顔もよろしいし(←家系だよ、てへ)、何気に優しいから絶対モテると思うんだよね。休日に甥の相手をしてる場合じゃないくらいにね。

 それをまともに口に出すといつもの攻撃がやってくるのでやめておきます。


「そうだ、オレ、レイちゃんが薦めてくれた教室のお陰で色んな技が出来るようになってきたよ」

「え?あ、本当?楽しくやれてて良かった、んだけど、ねぇ……まあちゃん、さっきから気になってるんだけど、そのっていうのは……モゴモゴモゴ!」

 サトちゃんに口を塞がれるレイちゃん。

 あー、デスヨネ、ご説明します。


◆ ◆ ◆


 ぼくもといオレは気付いたのです。

 いつまでも一人称をでいることの恥ずかしさを。

 いや、良いんだよ、オレ、まだ背が小さい方だし、自分で言うのもアレだけど見た目可愛い系だし、使ってても何ら可笑しくはないんだ。

 でも4年生になって周りがどんどん変わるのを見てたら合わせたくなるのはイケナイことかな?会話中、お互いに「おや?」と感じながらも「お前もか、同士よ」てな雰囲気が流れ始めるお年頃男子のあるあるなんです。

 これも成長のひとつと思って、お父さんとサトちゃんは勿論、お母さんさえも何も語らず見逃してくれてたんだけど。

 レイちゃんって悪戯っぽいところもあってドキドキするけど、一方で割と天然に直球ぶっこむタイプなんです。お陰で鋭いツッコミに答える羽目になっちゃった。

 とか思いながらも、みんなスルーしてるところに驚いて指摘してくれると逆にありがた味を感じてホッとするのは何でだろうね。


「男なら誰もが通る道が有るって事だな」

 サトちゃんはその名の如く悟るように頷きます。

「気持ちは判るけど、うぅ……。たった二ヶ月会わないだけでこの変化。違和感しか無いの、判る?ううぅ、のまあちゃんが恋しい……」

 レイちゃん、そんなに涙ぐまなくても。

「たまに戻るかもだけど、こっちの方向で行くので慣れてください、レイ師匠」

「………はい」

 しょんぼり顔も綺麗だね。


◆ ◆ ◆


 テーブルに並ぶ統一感のないおかず達。

 まぐろ各種にサーモンと旬の魚のお刺身てんこ盛り、最近増えた唐揚げ屋の食べ比べ、文句を言われないように慌てて買ったであろうパックサラダの盛合せ。

「しじみ汁も出来たよ」

 涙を拭いて何かを吹っ切ったレイちゃんが味噌汁担当になってくれました。

 おや、海なのに蜆?とお思いの方、近場に有名産地の沼が有るからなんですよ。

 さて作り方です。


 流水でしっかり擦り洗いした砂抜き済みのしじみを水から火にかけて、ぱっかーんと開いたら味噌を溶く。これだけ。

 出汁は蜆のみ!

 足りなかったら粒だしを入れてね。


「いい匂い。レイちゃん、やるね」

「側にいたおばちゃんが教えてくれたのです」

「このラインナップ、くー、酒呑みてぇ!」

「「それはダメ!」」

 へいへい、と運転手のサトちゃんはうな垂れる。


「「「では、お先にいただきます!」」」

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