LV17/20 始めの一歩
姉や両親から聞いた話だ。
まあちゃんの仲良しくんが予定通り夏休みに引っ越して
元来話好きでもあるため、クラスの子達とは楽しく談笑も行動もするし特別孤立してる訳でもないというが、なかなか悲哀の感情を表面に出そうとしない昔からの性分が親としてはどうにも心配でならないようだ。
それは俺も同じ。
共働き一人っ子のせいかな、と姉はぽつりと洩らすが、周囲を見渡せば兄弟が居たって表現下手なヤツは普通に存在するし、逆にそんなヤツほど拗らせる方が多いかも知れないだろ?要するにそんな事は偶然の一致でしかなく、しかも、たかが10年程度の生き様や性格がその後の人生と決定付けられるわけでもないので、友人と相談し叔父としてある作戦を実行することにする。
「まあちゃん、ちと、つきあってくれ」
「お出かけなんて珍しいね、どこ行くの?」
「明日は祝日だしな、運動をしよう」
感受性が豊かな甥に見抜かれぬよう、普段通りにフフン、と笑って誘い出す。
「球技じゃないなら、行くよ」
「じゃあ、出掛ける準備だ」
姉の用意したおやつ代わりの肉まんをレンチンして小腹を満たし、ジャージに着替えさせて車に乗り込む。
◆ ◆ ◆
「サトちゃん、ここ?」
平屋の公民館みたいな建物に到着。
車のドアを開けると微かにドタン、バタンと音がします。これはもしや、裸足でランニングしたり朝日とともに乾布摩擦したりリズム良く背負う練習とかする、アレかなぁ?
「先日、無料体験を申し込んだ者です」
「はいはい、聞いてますよ、どうぞ」
ふっさり眉毛のおじさんがにっこり笑って案内してくれます。
中に入ると想像とは違ってどちらかというと静かで、出入口から遠いところで練習しているおじさんたちを横目で見ていると、組み合った片方の人が一歩踏み出して襲い掛かるや否や闘牛士のようにヒラリと躱したり、腕をむんずと掴んでみるといつの間にかくるんと引っくり返ったりして、とても不思議な感じ。
「頑張って避けてるわけじゃないのにどうして転がったの?すごいね、魔法みたい!」
「これは合気道っていう武道だ。西の高校生探偵の彼女(仮)が習得してるヤツな。特別強い力が要らないから女性や子どもの護身用にも人気だな。ほれ、子供教室始まるぞ、混ざってこい」
ぼくたちの目の前に居る小学生10人くらいの輪の中へと背中を押されます。
「うわわ、急だなぁ、大丈夫かなぁ?」
と言いながらも、そういう事かと思うぼく。結局こうさせちゃうんだなぁ。
帰りの車でサトちゃんが溜め息混じりに言います。
「また何か気にしてんだろ、そういうんじゃねぇんだからやめろよな」
じゃあ、どういう事?と目で訴えます。
「家に籠りっぱなしじゃ運動会で早く走れねぇし太る一方だぞ。冬になれば暗いなか一人で帰るんだ、序でに護身出来りゃ安心だろうが?」
「そうだね、ありがとう、サトちゃん」
「始めるかどうかはまあちゃんが決めればいい。礼を言うなら俺じゃねぇから、後でそいつに言ってくれ」
「礼だけに?」
「我が弟子が敏いのは遺伝だな。その根源に今日はこのまま帰ると伝えといてくれ」
サトちゃんは「世間は祝日だが俺に休息はない」などとカッコつけて呟いてぼくを家に送ると帰っていきました。
◆ ◆ ◆
運動すると身体の隅々まですっきりしてお腹の空き具合も全然違います。身体を動かすって大事なんだね。
お父さんとお母さんがぼくを待っててくれたので、家族で食事の準備をします。
「まあちゃん、合気道教室はどうだ?」
「面白いよ、お父さん。ぼくより身体の大きなお兄ちゃんがクルンて返っちゃうの。楽しくできるようにわざとやってくれてるんだろうけど、自分が強くなったみたいで嬉しいよね。
あと、同じ学年の子がいた。アキヒロくんは春から、ケンジくんは夏休みから始めたんだけど、話してみたら年少組で一緒だったって、お母さん知ってた?」
「そう言えば居たかも、まあちゃんとは絡みが無かったから忘れてたよ。で、どうする、まあちゃんも始める?」
「やる!やってみたい!」
「では、先ずは今日の疲れを取りましょう。ビタミンB1の豚バラとカロテンたっぷりカボチャのお味噌汁です」
うわぁ、お母さんも攻め始めてるね。
「因みに食べ合わせの良さは知りません」
ありゃりゃ。
後で一緒にレイちゃんに聞かなきゃね。
◇ ◇ ◇
「どうだって?」
「始めるってよ、ありがとうな」
「お役に立てて光栄です、師匠」
「お前もそうだろうが、管理栄養・師匠」
「ふふふ」
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