LV16→16/20 レベチなガキ
昨晩、サトちゃんの勇気100倍きのこ汁を鼻をつまみながら20分かけて飲み干したお陰で、次の日の朝、昇降口で気まずさをぴゅーんっと吹き飛ばしてユウくんに声をかけ、無視しちゃった事をキチンと謝ることが出来ました。
クラスの栽培係のぼくたちは、昼休みに授業で育て始めたホウセンカの鉢植えの周りでしゃわわ、と水をあげながらたくさん話しました。
ユウくんは、ずっと前から言おうとしてたけどぼくの顔を見ちゃうとどうしても言えなくて、苦しくて、ズルズル先延ばしにしちゃったそうです。ハヅキちゃんはユウくんのご近所さんだから、お母さん同士の井戸端会議で知ったみたい。
『言う必要がないから』っていう理由じゃなくて本当に良かった!
それからは今まで以上に遊んで喋って、涙なみだでお別れしました。
その後もたまにお母さんのスマホで連絡し合ってます。
◆ ◆ ◆
「ちゃんと話せて良かったな、その縁は大事にしないとな」
「はい!愛ある手厳しいキノコ汁をありがとうございました、師匠!」
ぺこり90度で深々と感謝すると、ソファで寛ぐサトちゃんが苦笑します。
「一言多いが、まあ、聞き流すとしよう。さて我が弟子よ、お主はササガキを知っているか?」
「ううん、知らない。果物?野菜?かき、柿、牡蠣の仲間?」
「ははは、野菜の切り方だよ、牛蒡のな。簡単に言うと、鉛筆削りだな」
ん?
はてなマークのぼく。
「あの穴に入れるの?鉛筆削り機って小さいよね、一度細長く切るの?」
んんん?
同じく、はてなマークのサトちゃん。
「あー、はいはい」
サトちゃんがくくく、と笑う。
「小刀で鉛筆を削ったことがねぇ世代か」
小刀。カッターとは違うのでしょうか?
「幅広の斜めの刃が付いて、もっと刀に近いヤツ。それでしゃっしゃっと鉛筆を削るように切るのがササガキなんだが、そんな風に牛蒡を切ると繊維が断たれて仕上がりも薄く食べやすくなるんだ。
ただし、包丁はデカイし小刀のように指添えが出来ねぇから気を付けねばならない、膨大な集中力が必要だ」
「へえぇぇ、じゃあ、もしかして……」
「コレが出来た暁には手のひら豆腐と同じくらいのレベルアップが見込める。どうだ、やってみるか?」
お椀に放るだけの即席味噌汁に始まり、アイテム・鍋の使用、包丁を装備しての様々な技の修得、からの豆腐バトルの輝かしい勝利。
それは当然やるしかないでしょう!
ところで突然のコレって一体誰情報なの?
「それは当然、シリリ様」
微妙に目が泳いでないですか?
「よし、やってみるぞ!」
「はい、師匠!」
◆ ◆ ◆
ササガキは、昭和世代が鉛筆を削るように牛蒡を縦に構え、寝かせた刃を牛蒡の先に沿わせるように手前から動かして切り落とすそうで、まずは師匠が試します。
しゃっ。じゃっ。ぎゃしゃっ。
ぼくより格段に小刀経験値が高い筈なのに、端から削っていく音が何やら不穏な雰囲気を醸し出します。牛蒡の切られ様がムダに大きくなるにつれて徐々に鈍くなっていくその音が、ぼくの焦りをますます誘います。
「サトちゃん、側で見てるとこれ、かなり怖い!普通にまな板で切ろうよ、無くなっちゃうよ、サトちゃんの商売道具!」
これは多分、いや間違いなくぼくたちのレベルでは無理なヤツです。
「あー、確かに指添え無しだから包丁が全然安定しねぇし加減も掴めねぇ、これはレベル不足は否めねぇわな。でも、これが出来るとサラダやきんぴらにしても顎が疲れることなく食えて食物繊維の消化も早くなるって……」
「レイちゃんが言ってた?」
「うぐっ、バレた!」
まあねぇ、栄養大師匠の存在を知っちゃったら小学3年生でもわかるよ、普通。
「師匠、互いに鍛練してからにしましょう」
「不甲斐なくてスマン」
っていうけど、いやいや、ぼくたち結構頑張ってると思うよ、大丈夫!
「まあちゃんーー!」
鍋の中には、まな板の上で出来る限り薄く斜め切りにしてササガキに見立てた牛蒡とピーマンの味噌汁。選んだ青物が稀に見る冒険の理由は、精神をポッキリ折られたぼくたちの目に一番に飛び込んだ旬の野菜だったからです。
同時に、牛蒡のみゴロゴロで存在感たっぷりだったいつかの様な豚汁には、大きさを合わせたこれくらいが合うんだなとようやく理解します。
ほかほか、ほわ~ん。
「「ではでは、お先にいただきます!」」
うんうん、牛蒡の旨味がきいてます。
でも、いつも以上に汁が茶濁っぽくて全体の色味が悪いんです。お母さんに話したら、牛蒡を茹でる前に水にさらしてアク抜きっていうのをすると良いよと教えてくれました。
ジャガイモにもでんぷんが付いてるので同じくさらすのは聞いてたけど、サトちゃんの誕生日祝いの時にはすっかり忘れてました。
ぼくってば、うっかりさん!
◆ ◆ ◆
今日は近所にできた鶏から揚げ屋のお弁当。お父さんとお母さんにはおかずだけを購入しました。ここの唐揚げはひとつがとても大きいので、はふはふ、あちち、とかぶり付きます。
ご飯を一口パクついたところでサトちゃんに伝えたいことがあるのを思い出しました。
「ねぇ、ぼくはもう3年生だし大丈夫だよ」
「何がだ?」
「休みの日はデートにでも使ったらって話」
ぶーーーっ!
盛大に吹くなぁ、さすが師匠。
「あのね、毎週来なくても一日くらいは一人で待てるよ。宿題やって明日の準備してゲーム配信見てたらお母さん帰ってくるし。だからね、ぼくの事は気にしなくて、むむ、んむむーーっ!」
両手でぱんっと顔を挟まれてから、むにゅっとタコちゅー顔にされちゃった!
「お前は判らねぇヤツだなぁ。俺は好きでここに来てんの、楽しんでんの、癒されてんの、それを勝手に奪うな!どうしても来て欲しくないなら別だが、そうでないなら子供の癖に大人の顔色窺うな、このバカ弟子が!」
うーん、そういう事じゃないんだよ。
「単純に心配なんだよね、30歳過ぎてるのに甥の子守りに心血注いじゃうってのが。誰かしらいい人が居るのなら放っとくと愛想尽かされちゃう……いっ、いへへっ!」
「大きなお世話だ!」
痛い、ほっぺ引っ張るのはナシだよ!
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