LV13/20 新たな師匠

 3年生にもなると、お家の人の待機場所が各々の自宅近くに変わり行くサトちゃんとの帰り道。目の前の角を曲がるとぼくの住む南向き3階建てのマンションが見えてくるのだけど。

「おーーーい、おかえり!」

 あれ?

 ぼくたちに気付いて出入り口でぶんぶん手を振る人が居るよ。

 最近流行りのピスタチオ地のカットソーにアイスグレーの長め丈カーディガンを腕まくりをして羽織り、くるぶしを見せたぴちっと黒パンツがその細さを教えてくれるすらりとした背格好。ふわっとした短い髪をマッシュルームみたいに整えた、大きな瞳が印象的な綺麗な人です。

「ただいま。悪ぃな、待たせたか?」

 来たばかりだよ、とサトちゃんを見上げながら笑う感じがすごく優しそう。仲良しさんなのはわかるけど、一体誰なんだろう。

 ぼくの疑問を汲んだ答えがすぐに返ってきました。

「まあちゃん、こいつ、レイ。前に話した栄養に詳しい友達な」

「初めまして、ヨロシクね、まあちゃん」


 思い出した。

 あの時、ぶーーって吹いたお友達だ。

 約束通り彼氏と温泉に行きやがった!とあのあと更に嘆いた人とは別だったんだね。

「ん、何か言ったか?」

 いえいえ、何でもございません!と、ぶんぶん首を振って誤魔化します。

「今日はコイツに栄養面で色々教えてもらおうかと思ってるんだ、どうだ?」

 異論があるはずがないよ、こんな美人さんとお話出来るんだもん。

「うん、お願いします、レイさん」

で良いよ、サトルもそうなんでしょ?」

「ばーか、俺は師匠だか……」

「そうなの、サトって呼んでます。じゃあ、レイちゃん、よろしくお願いします!」

「はい、任せてください」

 やったぁ、師匠が二人に増えちゃった!

「いや、俺は師匠……」


◆ ◆ ◆


 レイちゃんは特に運動をする人向けの栄養に詳しくて、サトちゃんとは仕事の集まりで知り合って仲良くなったんだって。

 栄養に詳しいっていうと学校の給食の先生が思いつくけど、年齢が若いせいか雰囲気もちょっと違っててとても話しやすそう。

 何より、にこっと笑うとごく小さなえくぼが出来るのが、もともと綺麗なうえに可愛いなんてすごくない?

 あれあれ、ぼくは何を考えてんの?


「では、始めます」

「お願いします!」

 ぺこり。

 リビングのソファにぼくが座り、テーブルを挟んだ向かい側でレイちゃんがをこくんと飲みます。

 何故か学校の授業みたいに礼から始めてしまったので、栄養の難しいお話が続くんだろうなぁ、きっとサトちゃんはぼくが苦手なものを伝えてるだろうから食べて食べてって言われちゃうんだろうなぁ、と身構えていたら。


「まあちゃんは大根とお揚げの味噌汁が大好きなんだって?組み合わせバッチリだし、お味噌染み染みになって美味しいよね。

 大根って、生でサラダにしても、火を通してチーズ乗せてトースターで焼いでも、甘辛い煮物に使ってもどの味とも相性良くて万能だよね。

 おろしは食べられる?しっぽは辛いから頭の方を使うの。ショリショリすると栄養になり易いし消化のお手伝いもしてくれるよ。

 力業は師匠に任せちゃえばいいしね。

 葉っぱも苦くないし太陽の栄養がたっぷりだから絶対使ってね。細かく刻んで海苔や胡麻と炒めればふりかけが作れちゃう。お家の人とたくさん作ると楽しいかもって……ふふふ、ごめん、いっぱい喋っちゃった、大丈夫?」

 ほわぁぁぁ!

「はい!勉強になります!」

「本当に?良かった。でも、きのこは何がダメなの?」

 あぁ、そこは触れないで欲しかった!

「無理矢理食べさせないから安心して。ただ、お腹の動きを良くするから少しずつ慣れるといいなって。ヨーグルトにはない不思議な力がいっぱいあるの。もしかしたら花粉症も抑えちゃうかもだし、背が伸びる手助けになるかもよ?」

 凄いでしょう、きのこ。

 侮れないよぉ、きのこ。

「が、頑張ってみる!」

「匂いが気になるならお酒を振ってみるとか、味を染み染みにして貰えば挑戦し易いよ。でも無理なくね、ご飯は楽しみながら且つ美味しく食べたいじゃない?」

 どこかで聞いた気がする台詞だけど、最後まで優しい一言が嬉しいなぁ。


「では、今日はこれまで」

 長い指と形の良い爪の両手が合わさって、ぱちんとなります。

「有り難うございました。レイちゃんが教えてくれた栄養の話を聞くと苦手なものもちょっと興味が湧いてくるね」

 ぼくのこの一言に、ぱあぁ、と嬉しそうな顔でレイちゃんが見つめてきます。

「少しずつでいいから歩み寄ってみてね。あとは他のものと組み合わせて相乗効果を狙う、というやり方も有るんだよ」

 仲間と力を合わせて攻撃力を倍にする戦い方みたい。栄養の話って面白いなぁ。


「そうだ、サトちゃん、ちょっといい?」

 こそこそっと耳打ちするぼくのとある思い付きにサトちゃんも異論はない様で、眉尻を上げてニヤリ顔を見せます。

「あらら、仲間外れは寂しいなぁ」

 ならば、しょんぼりするもう一人の師匠にぼくの思いをお伝えしましょう。

「レイちゃんはお味噌汁の具は何が好きですか?今日のお礼に師匠と作ります!」

「えぇっ!一緒にいただいて良いの!?」

 全く予想外のお誘いをしたようで、レイちゃんは驚きと共に目を輝かせます。

「勿論です!時間は有りますか?」

「ふふふ、有りまくりです。でも、一番好きなお味噌汁は材料てんこ盛りだし切り方も特別難しいのが有るよ?」

 頭の中のイメージと照らし合わせて導き出される答え、それは、もしかして。

豚汁ぶたじる、です」

 んんん?

「とんじる、じゃないの?」

「こことは言い方が違う場所で育ったので」

 ふふふ、と長い睫毛が揺れます。

 師匠、どうしましょう!

「冷蔵庫と相談だな、牛蒡、人参、大根、あと何だ?お前も手伝えよ、レイ!」

「はいはい、最善を尽くします」

「レイちゃん、また栄養について教えてくださいね!」

「はい、喜んで」


◆ ◆ ◆


「牛蒡だけとんでもなく大きいけれど美味しく出来てる、二人とも凄いね!」

「「えへへ」」

「さてさて、豚さまはどこかな?」

「「…………」」

 あーーっ!入れ忘れてた!

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