LV12/20 たまねぎの涙

 今日はビッグニュースがあります。

 それをサトちゃんに一番に話すことになるのだけど、どのタイミングで言おうかと、今日を振り返る話で盛り上がりながら帰り道をどきどきして歩くぼくです。

 家に帰ると早速ランドセルからプリントを三枚取り出し、サトちゃんへ駆け寄ります。

「じゃーん、見て、100点がみっつ!」

「おぉ、スゲェじゃん」

 その言葉に反応するように、ぼくはすかさずテスト用紙を持ちながらさっと両腕を頭の上で交差して、にょきっと伸びる腕から必死に防御!

 これでいつもの攻撃を受けずに済むはず、だけど、あれれ?

 しっかり身構えたのが逆に恥ずかしくなるくらい、頭ぐしゃぐしゃ攻撃がない。いつもならニヤッと笑ってちょっとゴツめの大きな手に捕まって髪の毛が大変な事になるのに。

「???」


 よく観察してみると、今日はサトちゃんの様子がおかしい。

 勉強を教える時もゲーム対戦の時も、ぼくがトイレに行って独りの時も、ぼーっとどこか一点を見つめたり、ふぅっと溜め息ばかりついてる。

「どうかしたの、サトちゃん?」

 聞いても、

「別に何も」

としか言わないし。

 体調が悪いのかなぁ、心配だなぁ。

「ニュース始まったよ、今日の具はどうするか決めよう?」

「もうそんな時間か」

 そう言うと、一緒に冷蔵庫の前に立ち尽くしたサトちゃんは暫く考えて、ぼくがたまにやっちゃう、周りに心配をかけさせないように元気に見せる笑顔で答えます。

「今日は俺のリクエストでいいか?」

 勿論ですよ、師匠。


◆ ◆ ◆


「ほれ、ひっぺがせ」

 サトちゃんの捜索で飛び出したソフトボール大の色黒小僧が、ぼくの手でみるみるうちに色白イケメンに大変身。がさがさだったお肌もつるつるぴかぴか。トンガリ頭もモサモサ脛毛も綺麗にカットします。瑞々しい姿が、またイイね。

 そこまで進んだところで、いつものニヤッとした笑顔に戻ったサトちゃんの手がぽん、と頭に伸びます。

「念のため、ゴーグル着けとけ」

「了解です、師匠!」

 元気になったみたいだ、ぼくの気のせいだったんだね、良かった!

 部屋のハンガーラックに掛けてあるスイミングバッグを開き、すちゃっと装備します。通ってる日曜日以外につけるのは、スイミングを始める前に道具を揃えてウキウキしていたあの夜以来かも。

「お待たせしました、師匠」

 低く落ち着きのある声と髪を後ろに撫で付けたすまし顔でびしっとポーズをとります。

「ぷっ!そう来るか、さすが我が弟子」

 くしゃっと顔を緩めて、わはは、と笑う様子を見て、もう大丈夫だねと安心します。


 手のひら豆腐バトルで腕前が上がった事でギザ刃の園児用から小学生用へとレベルアップした包丁は、子供用とはいえ切れ味が抜群。なので、まん丸い不安定さと〈こね太のお手て〉を忘れずに、まるで大きな岩に立ち向かうように慎重に玉ねぎを両断します。

 ぱっかーん。

 これを半分ずつ交代で〈薄切り〉に。とは言ってもぼくたちの手元は覚束ないので、昔の女性が髪に飾っていた〈くし形切り〉みたいに分厚くなっちゃうけどね。


 ぼくの後にサトちゃんが切ります。

 しょりん、しょりん、しょりしょりん。

 ゆっくりと断たれていく玉ねぎ。

 ずび、ずび、ずびび。

 鼻を啜る音が静かな台所に響きます。

「サトちゃん?」

 見上げると目には止まらぬ涙。

 ぽたぽたと色白イケメンに滴り落ちます。

「目、痛い?鼻、ツーンてするの?」

 聞くと、大丈夫だ、と答えるのみ。

 ティッシュを取りにリビングに消えると、その動きが暫く止まります。

 ゴーグルをそっと外し、踏み台を動かしてサトちゃんが立っていた所からクンクンと嗅いでみるけど、ぼくには臭いも痛みも余り効かないみたい。

 子供だからかな?

 それにしても、未だに鼻水が止まらずお肌が真っ赤になっちゃいそうなのが心配だよ。

 本当に大丈夫なの、サトちゃん?


 鍋に玉ねぎを入れてもうひとつ具を選びます。お肉、お魚、お野菜、お揚げ……組み合わせるのは何にしようかな?

 頭を突っ込む勢いでガサゴソ探してサトちゃんが手にしたのは、まさかの!

「きのこはダメ~!」

「最近便秘ぎみなんだろ?菌活って言って腹に良いんだから好き嫌いするんじゃねぇよ……って……はっ!……好き、嫌い、……ううぅ」

 ピーピーっと冷蔵庫に怒られながら、思い切り引き出したままの冷凍室に突然うずくまるサトちゃん。

「ど、どうしたの、やっぱり調子悪いの?苦しいの!?」

「う、う、うわーーーん!まあちゃんっ!」

 ええぇ!?

 急に抱きつかれて、戸惑うぼく。

 ガチャ、バタン。

「二人ともやってるな……って何だ、妙に騒がしいな?」

「ありがとう、後は代わるわね……って、一体どうしたの!」

 おかえりなさい、って普通に返したいのだけど。

 お父さん、お母さん、サトちゃんが大変だよ!


◆ ◆ ◆


「うわーん、先輩、聞いてくれよ!」

 お母さんと食事の準備を代わったサトちゃんが漸くぼくから離れ、今度はお父さんに泣きつきます。ちなみに二人は部活で知り合って以来の仲良しさんです。

「密かに想ってたコに彼氏が居たんだよ!今度泊まりでリゾート温泉行くって。3ヶ月前に聞いたらフリーだって言った癖に、ひでぇじゃねぇかよぉぉ!」


 あぁ、サトちゃん、それ以上はイメージが。


「それだけ時間があって何で動かないのかなぁ。いい年齢トシしてピュア男気取るとかイタ過ぎるわよ、サトル」

「姉ちゃんは黙ってろ!」

「ほぅ、そういう態度をとりますか、我が弟よ」


 お母さん、落ち着いて、ご飯、ご飯が先!

 サトちゃんは涙と鼻水をどうにかして!


 もうお分かりでしょうか。

 あのね、サトちゃんって、普段はツンとした口の悪い俺様っぽくて結構カッコ良く見えるんだけど、実はメンタルが絹豆腐みたいに繊細でやわやわなんです。しかも泣き虫。

 情けない?

 カッコ悪い?

 そうかもね。

 けど、そんなところもぼくは大好き。

 だって常にカッコいいだけじゃお互いに疲れちゃうじゃない?

 サトちゃんが今日の味噌汁に玉ねぎを選んだ理由も、こらえていた悲しみを玉ねぎのせいにすれば涙とともに流せるから、だって。

 俯きながら恥ずかしそうに言うところも、その発想も可愛いと思わない?

 これがギャップ萌えっていうヤツだよね。


 そうだ、こういう時にかける言葉は何だっけ、お父さん。

 ふむふむ?

「サトちゃん、よしよし。新たなデアイを心よりオイノリ申し上げます」

「その文言はやめてくれ、まあちゃん!そして息子におかしな事を吹き込むな、先輩!」

 お父さんとお母さんにもてあそばれておもちゃと化しているサトちゃん。

 そしてぼくは優しく宥める役。

 不思議な血縁関係だね。

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