LV6→7/20 ひっすアイテム:残0

 小学生初めての春休みは、ばあばの家へ泊まりに行ったり、サトちゃんの迎えで遊園地がある大きな公園で大はしゃぎしたり、お母さんが休みを取った日に友達と親子ランチ会をしたり海に出かけたりしてあっという間に過ぎていきました。

 そして迎えた4月。

 ぼくは2年生になりました。

 ランドセルの黄色い安全カバーと通学帽の下校班用色フェルトが外れて登校班の並び順がひとり分でも後ろに移動すると、ちょっぴりお兄さんになった気分です。

 えっへん。

 下校の時はお家の人たちが相変わらずいつもの場所で2年生を待ちます。良く見てみるといつまでも井戸端会議が止まらないから、そちらがメインなのかもね。

 ぼくはすぐにさよならして、1年生の時のようにサトちゃんと並んで歩きます。

 もう手は繋ぎませんけどね。

「クラス替えはどうだった?」

「仲良しのユウくんともまた一緒。香田先生はサトちゃんより年下のお兄ちゃんだって言ったよね?」

「嘘だろ!」

「あはは、負けちゃったね」


 共に過ごすと笑いが絶えないサトちゃんとの味噌汁研究も、気付けば一年が経ちました。

 お母さんによる切り方だけでなく、野菜は種類がとても豊富で更に旬っていうものがあって、季節によって取れるものが違うとか旨味や味の濃さなども変わってくるという事も知りました。

 そうして試した組み合わせは数知れず。

 なのに皆さんにご披露したのはごく僅かでごめんなさい。

 ぼくの推しは変わらないけど、苦手だったほうれん草や小松菜みたいな緑の野菜が味噌汁の具になると嘘みたいに食べられるようになったのは本当にビックリです。(でもブロッコリーはやっぱり無理……)

 ぼくみたいな例も有るので、良かったらお試しあれ!


◆ ◆ ◆


「さて、弟子よ。俺たちはここまで数々の研究を続けてきたが、更なる高みを目指すべく、満を持して武器の装備を始めようと思うのだが、どうだ?」

 師匠がいつになく真剣な面持ちでぼくに問います。

「いつかこの日が来るのではと覚悟してきました。師匠、準備は万端です、行きましょう!」

 いよいよ技の習得が始まるのかと、ドキドキと胸が高鳴ります。

「何を格好つけてるのよ、早く包丁を持ちなさい」

 あー、お母さん、もう少し世界に浸らせて!


 今日はお母さんの仕事が休みなので、二人で包丁の練習をすることになりました。

 ぼくは幼稚園で使い方を学んでるし、たまにお手伝いをしながら教えてもらってるのでそんなに不安はないんだけど。

「サトル、押さえの指は丸めるって何度言ったら判るの、商売道具が減るわよ!背筋伸ばして真っ直ぐ立ちなさい!まな板は斜めに使わない!ほら、また押さえの指!!」

「頭ごなしの指導は時代遅れだぞ、姉ちゃん!」

「口より手を動かしなさい、昭和男子」

「限りなく平成だろうが!」

 ……師匠、こてんぱんにやられてる。

 が、頑張って!


 幾らか包丁に慣れたところで、冷凍用の野菜を切ります。

 サトちゃんはど素人なので基本的に〈ざく切り〉または〈ぶつ切り〉で。

 にょきんとそそり立つ長葱を緑の部分まで、ザン、ザン、ザン。

 皮をこそげた牛蒡を斜めに切るから遅めに、ターン、ターン、ターン。

 人参と大根を5㎝くらいの長さにに、ダン、ダン。

「うっ、俺、もう力が入んねぇ」

「包丁を無駄に握り過ぎよ」

 あはは!師匠は降参みたい。

 後を引き継いだぼくは人参と大根の〈拍子木切り〉に挑戦。

 サトちゃんが切ったそれらを立てて上から約1㎝幅でトーン、トーン。

 一枚を横倒しして端から同じくらいの幅で更に切ります。仕上がりはお母さん曰く、習字の文鎮、だって。まだ学校で使ってないからイマイチわからないなぁ。

「まあちゃん、ゆっくりでいいからね」

「うん、こね太のお手てだよね、大丈夫」

 野菜を押さえる指を猫手のようにニャンと丸めて刃が当たらないように注意します。

 大根に包丁が入るとシャクってする感触が結構好き。

 人参は少し細くて硬いからスルッと刃が進む時がちょっと恐い。

「おぉ、まあちゃん、スゲェな」

 師匠の手を煩わせないように日々鍛練してますからね、えっへん。


◆ ◆ ◆


 手分けして切った野菜をジッパー付のビニール袋に入れて冷凍します。

「二人ともお疲れさま。まあちゃんはさすがです。サトルは少し練習しなさいよ」

「「あざーした」」

「何だって?」

「「ありがとうございました!」」

「良いお返事です。まあちゃん、ついでに冷蔵庫からお出汁を取ってくれる?」

「はーい」

 冷蔵庫の右扉を開けていつもの場所から粒だしタッパーを手にすると、しゃらしゃらではなくカラカラと音がします。

「お母さん、粒だし入ってないよ」

「え、嘘、買い忘れ?」

「やっちまったなぁ、姉ちゃん」

 うーん、今から買いにいかないとね。

「ウフフ、そういう時は、これだね」

 ぼくの手からタッパーを冷蔵庫に戻して、代わりにとあるものを手にします。

「じゃーーん、かつお節!」

「それを入れるの?」

「おやおや、君たちお出汁が何で出来てるか知らないのかな?」

 前に、指に付いた粒を一舐めしたらしょっぱかったから、塩かな?

「半分当たり。だけど一番重要なのは、昆布、煮干し、そしてこのかつお節です」


 水を入れた鍋の中で。

 昆布は、水から沸騰直前まで煮だします。

 かつお節は、ぶくぶく湯から入れて火を止めたら底に沈むまで待ちます。

 煮干しは、水から入れて沸騰してから暫く煮ると……。

 美味しいお出汁が出来るんだって。

(超簡単に作るには、麦茶ポットに水と昆布を入れて一晩冷蔵庫で寝かせるんだそう)


「本当は汁だけ使うんだけど、面倒だからそのまま具と一緒に食べちゃおう」

「それは適当過ぎだろー」

「美味しい上に栄養もあって一石二鳥でしょう?嫌ならお帰りください」

「すみませんでした、飯、食わしてください」

 あはは、この二人ってば、幾つになっても仲良し姉弟だね。

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