LV2/20 まほうじんでぷちっ

 お母さんが仕事を終えて帰ってくるのはいつも夕方6時くらい。それから慌ただしくご飯を作ります。ぼくもお箸を並べたり盛り付けの手伝いをしながら。

 でも、たまにお父さんと同じくらいの夜7時過ぎになったりします。そういう時は連絡が入るのでぼくだけ先にご飯を食べちゃいます。

 ばあばが来てくれた時は、お母さん同様、ぼくがちょっと苦手な野菜やキノコがたっぷりと使われているのでたまに気が滅入ります、しょぼぼんってね。でも、肉メインの料理がてんこ盛りに並ぶことが多いので、思わずバンザイしたくなる程楽しくて堪りません、やったー!

 ちなみに、味はちょっとしょっぱめ。

 さて、サトちゃんが来たときはどうなるのか。それは、当然?

「コンビニ弁当や肉の総菜ばかりだから野菜を忘れずに食えってよ。野菜ジュースもサプリもいいが、ここはやっぱり味噌汁で摂るのが一番だろ。っていう事で、今日からはワカメ以外をたくさん使うぞ」

 うーーん、やっぱりそうなるよねぇ。

「まあちゃん、アレルギーは?」

「食べものでは無いよ」

「じゃあ、何でも大丈夫だな」

「でもね、キノコとホウレン草とブロッコリーと……」

「苦手なもの=食っちゃ駄目なもの、じゃねぇから口答え無し!」

 うわーーーん、サトちゃんの意地悪!


◆ ◆ ◆


 平日に仕事をしているお母さんは、週末に買いだめをするので冷蔵庫にはたくさんの野菜が入ってるけど、即席味噌汁に使えそうなお湯を注ぐだけで食べられるものって結構限られちゃう。何せぼくたちは包丁という武器を装備してないから、どれだけ頑張っても洗って千切ちぎるぐらいしか出来ないんだもの。

「レタス、プチトマト、きゅうり、これは当然生で食えるが、豆苗、サラダほうれん草?世の中には色んなものが出回ってんなぁ」

 サトちゃんが野菜室を全開にしてガサゴソと漁ります。

「お、スプラウトって最近良く聞くぞ、洒落たもの買ってんな、姉ちゃん」

「それ、ぼくもCMで見たから知ってる。スルスルハン!」

 えへん、と胸を張って言ったものの、ちょっと違ってたみたい。

「スルフォラファンな。最早、呪文だな」

「ねぇ、こうやって探してるのもゲームっぽいね」

 ぼくたちは顔を見合わせニンマリ。

「サトちゃんは師匠、ぼくは弟子になってお野菜を探します!」

「料理出来ねぇのに師匠かよ、荷が重いな」

 そこは何とか頑張っていただきたいところですよ、師匠!


「長ねぎは切れてねぇからペケだな、ここは冒険してサラダ系で選ぶか。弟子よ、紙とペンを用意だ」

「はい、師匠!」

 リビングの引き出しから紙とペンを持っていくと、サトちゃんもとい師匠は難しい顔をしてペンのおしりを額に付けて何やら呪文めいたことをブツブツ呟きます。そして、突然カッと目を見開いて「ハァッ!」と気合を入れたかと思うと一心不乱に直線と曲線を駆使して紙一杯に模様を書き込んでいきます。

 おでこに小さな丸い痕をつけながら鼻歌がこぼれてるから絶対楽しんでるよね、これ。

 弟子であるぼくは後学のためにもダイニングテーブルの側で身を乗り出して様子を見守ります。


 先ずは、視力検査の上向き輪っかを中心に向かって六重に書きこみます。

 次に、輪っかと輪っかの間を繋ぐような、直線や輪っかの上をぽこんとさせた曲線をたくさん加えていきます。中心が気持ち多めに。

 最後に、輪っかの片端に①~⑥と数字を記入します。

「おおぉ、まるで魔法陣!」

 我が師匠は、ふふん、とドヤ顔をしながら続けて紙端の空白部分に①から⑥の内容をメモします。

 ①レタ

 ②プトマ

 ③きゅ

 ④豆

 ⑤ほ草

 ⑥スプ

「さあ、何も書いてない方の切れ目からひとつ選べ。師匠の俺は、うー、むにゃむにゃ、はっ!これだ!」

「弟子のぼくは、むにゅむにゅ、むーむー、だはっ!これ!」


 それでは、姿勢を正して、深く一礼。

 選んだ切れ端から線をゆっくりと辿っていきます。

「あみだ~、あみだ~、どれが当たるか、あみだ~」

 師匠の謎の歌がダイニングに響きます。

 ぼくたちが引いたのは、

 ②プチトマト

 ⑤サラダほうれん草

という組み合わせ。

「ねぇ、これ合うのかな、よりにもよってトマトだよ?」

「冷製パスタなら最適だがな。まぁ時には挑戦も必要だ、行くぞ!」


 具材を、ぽいぽい

 粒だしを、しゃらー

 味噌を、ぼーん

 お湯を、ざばー

 ぐるぐるぐる。

 ほわほわ~ん。


「「お先に、いただきます!」」

 ふぅ、ふぅ、ごくん。

 沈黙が流れます。

「まあ、在りがちな葉っぱの味噌汁だな」

「トマトはトマトでしかないね」

 ぼくは続けてもう一個、お湯を注いだら皮が割れちゃった、いまいち存在が疑問なプチトマトを転がさないよう慎重に口に運びます。

 すると!

「ん?んんっ!サトちゃん、じゃなくて師匠!トマトは中身が出てる方が酸っぱい味とお味噌汁とが合わさっていい感じですっ!」

「嘘つくなよ、まあちゃ……マジか、やってみるわ」

 絶妙な返しをしながら先ずはお箸で刺そうとする師匠。でも、丸みが邪魔をしてツルツル動いちゃうみたい。持ち方が幾らか違うからお箸遣いも上手くないのかも。そのうちイライラしてきて無理矢理挟んで潰そうとしたから、

「「あーーーっっ!」」

 ぼいーん、とお椀から飛び出しちゃった!

 プチトマトはテーブルをてんてんと跳ね、床に落ちてころころ転がっていきました。

「あらら」

「やっちまったな」

 ぷぷっと見つめ合って笑ったところで玄関から物音が。

 ガチャ、バタン、トタトタ。

「ただいま、遅くなってごめんね、お野菜食べてる?」

 あぁ、お母さん待って、そこ、歩いたら!

 ぶちゅ!

「え?………いやあぁぁぁ!」


 不肖な師匠がごめんなさい、お母さん。

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