LV1/20 ぼわーん、はじめまして

 ぼくは、お父さんとお母さんの三人家族。

 ちょっと前までこね太っていうおじいちゃんが居たけれど、今は夕暮れの一番星に住んでいます。

 こね太とはお父さんとお母さんが結婚した時から一緒に暮らしていて、ぼくがもっと小さな頃もずっと側で見守ってくれて、良く話し相手になってくれてたの。でも、ぼくが大きくなると同じように年を取って段々おじいちゃんになるでしょう?そうすると病気がちになっちゃっていつも寝てばかりで。ぼくの後ろを優しい瞳でついて来てくれる事も少なくなってきちゃって。

 それで、とうとうお空に旅立っちゃった。

 雲一つない、満月がとっても明るくて、お星さまもきらきら輝いていた、とある夜に。

 ちょうど、小学校入学と同時にお母さんが仕事を始めた頃だったから、一人ぼっちになる気がしてとても淋しかったの。よく同じ布団で寝てたから、もうあの温かさはないんだなと分かると、こっそり涙が出ちゃったりして。

 でも、いつまでも泣いてばかりでは居られないよね。最期を一緒に過ごしてちゃんとサヨナラも出来たから、もう大丈夫。夜空を見上げれば、お月さまの光を身に纏ったこね太がいつでも「ふにゃお」ってお返事して優しく見守ってくれるしね。

 その事はちゃんと話したんだけど、お父さんとお母さんは心配症だから、学校帰りにばあばがウチに来れないときに様子を見てくれる人を探したの。

 それが、叔父さんのサトちゃん。


 サトちゃんは平日に仕事が休みの時があって、ぼくが帰る頃に合わせて他のおうちの人たちと道端で待っててくれたり、お母さんから残業で遅くなるって連絡があると夜ご飯を一緒に食べてくれます。その他にも、算数の宿題を見て簡単な計算の仕方を考えてくれたり、クラスのみんなが知らないようなゲームのとっても近道な進め方とかもこっそり教えてくれる、頼もしい存在なんです。

 ちょっと言葉遣いが荒くてたまにお母さんに怒られるけどね。


 そんなサトちゃんとぼくは、ある日からお味噌汁を作るようになりました。

 それは、その年のお母さんの誕生日がきっかけ。

 母の日には似顔絵を書いちゃったし、お小遣いでプレゼントするには気持ち足りないし、そもそも何を贈ったらいいかが全然わからない。

 お手伝いは進んでやってるけど、特別に何か出来たらなぁっと思ってお父さんが帰ってくる前にサトちゃんに相談したら、

「俺は乗っかって金出すだけだったからなぁ」

 だって。

 うーん、どうしよう。

 頼みの綱はお父さんだけど、お母さんの方が先に帰ってきちゃうから相談しづらいな。

「姉ちゃんがカレーとか作ってたけど俺は料理出来ねぇし……ん、待てよ、味噌汁ならいけんじゃねぇか?毎回お茶だと口寂しいし、日本人たるもの一日の締めはやっぱり味噌汁だろ!」

 おぉ、さすがサトちゃん!

 それはナイスアイデアですよ!


◆ ◆ ◆


「ヘイ、シリリィ」

 ぼくの家のタブレットはロックが掛かっていて使えないので、サトちゃんのスマホから料理サイトを開き〈みそ汁〉を検索してみます。

「ほわあぁぁぁ!」

 美味しそうな画像とタイトルが縦スクロールいっぱいに、そして何百ページにも渡ってずらずらーと並びます。

 いっぱいあるねぇ、どれにしよう、お野菜切れるかな、このって何だろうね、うわぁ具沢山ってもうおかずだ、豆乳とかキムチも入れちゃうなんてスープみたい、お味噌汁って“miso-soup”だっけ……etc.。

 あちらこちらと目移りしながら二人ですいーっとページをめくります。

 余りの多さに目が疲れて休憩を始めたぼくは、眉根を寄せて気難しい顔のままスクロールを続けるサトちゃんに尋ねます。

「ねぇ、作り方、わかる?」

 帰ってきた答えは……。

「さっぱり判らん、から、あれ方式でいく」

 とは?

 じゃーん、即席味噌汁方式!

 試しにやってみます。


 ①お椀を出します。

 ②乾燥わかめを投入。

 ③味噌を入れて、

 ④お湯を沸かして注いで、

 ⑤よーく溶かしたら、完成!


 自宅の近くにある商店街の大型スーパーへサトちゃんと買いにいったお惣菜と保存してある冷凍ご飯を温めて、お箸や皿を出して夕食の準備をしながらパリパリわかめがふやけるのを待っていると、大事件勃発!

「うわ、うわ、うわー!」

 なんと、お椀の中で、ぼわぼわーん、と大量発生!

 乾燥わかめってこんな事になっちゃうの?

 待って、汁はどこ!?

 しかも一枚がとんでもなく大きくない?

 呆然とするぼくへ、サトちゃんが神妙な面持ちで近付きます。

「まあちゃん、大変だ、パックの説明書きに『15倍にふえます』って書いてある」

「それって、どういう事?」

「1枚の煎餅が15枚に化けることだ」

 あらら。

 それは嬉しくて凄いことだけど、わかめだとその有り難みがイマイチ感じられません。

「以後、気を付けよう」

「はい」

 思わぬ量に増えたしっとりわかめは、お父さんとお母さんのお椀にこっそり移動してラップをかけ、冷蔵庫で来たるべき時までスタンバイさせます。

 こんなことが有ったんだと言わなきゃバレないから、しーー、ぼくたちだけのヒミツにしてね。


「「では、お先にいただきます!」」

 ふぅふう、ごくん。

 生まれて初めて作ったお味噌汁を二人で堪能します。

 すると、何という事でしょう!

「……サトちゃん、全然っ美味しくない。薄めたお味噌の味しかしない」

「何だ、この物足りなさは!あと一味が足らねぇ残念さが物凄く腹立たしいな。まあちゃん、サイトで再確認すんぞ」

「はい!」

 スマホの小さな画面を二人で覗き込みます。

 数あるレシピの内容とぼくたちの作り方をよーーく比べてみると、とある違いを発見!

 ぼくたちの作り方で足りないのは。

 〈でじる〉=だし!

 RPGで宝箱を開けまくる様に冷蔵庫を下から上から漁るけれど、と書いてある品がどこにも見当たりません。

「お母さん、どこにあるのか教えて!」

 キッチンで叫びながら、念の為に何も書かれていないタッパーを軒並み開けて探してみると、ぼくの手のひらサイズの花柄タッパーから漸く粒つぶだしが姿を現しました。

 早速、しゃらっと適当に入れて溶かして飲んでみます。

「「あぁ、これこれー!間違いない!」」


 皆さん、味噌汁つくりの最重要事項です。

 ───だしは絶対に忘れない!





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