サトちゃんとぼくの味噌汁研究室

Shino★eno

習得 編

LV8→10/20 ぷるぷるとにょろん

 キーンコーンカーンコーン。

 校内のチャイムが高らかに鳴って授業の終わりを告げます。

「き立、れい、ちゃくせき!」

 静かだった空間に机や椅子を引く音と緊張の解けたみんなの声が重なると、ロッカーからわれ先にとランドセルを持ってきて教科書とノートを突っ込みます。特に競争好きな男子。何故かというと、ぼくたちと一緒に持ち上がった、タレ目を漫画のような糸目にしてフフッ、と優しく微笑む香田先生が、黒板を消しながら帰り支度が済んで姿勢を正す様子を窺っているから。

 さてさて、今日は誰が一番かな?


「話は以上です、わすれ物のないように持ち帰りましょう」

「先生さようなら、みなさんさようなら」

 ―――帰ったら公園集合な。

 ―――今日ピアノの日だ。

 ―――おやつ何だろう。

 わいわいガヤガヤ。

 教室にみんなの元気な声が響きます。

 2年生ともなると、肩ベルトがようやく柔らかくなってきたランドセルをぼんっと机の上に立てて、よいしょと背負うのにも随分慣れてきました。 

 そうそう、手提げバッグを持つのを忘れずに。

 おしゃべりしながら昇降口を目指します。

「ろう下は走らないこと」

「外に出たら下校班でならびましょう」

 ぼくたちの後を追いながら先生が帰りを促します。

 下靴に履き替えた先では、わらわらと出てきたみんなが方向別の班に並び、ズラリと横へと広がっていきます。最後尾の副班長が1、2、3……と人数を数えて、揃ったのがわかると先頭の班長へ伝えて順に進み出すお約束に倣って、

「出発進行!」

と、元気よく班長のタカちゃんが振り上げた腕とともにぼくたちの班も動きます。

 さあ、急げ、急げ!

 信号はずっと青のままで続け!

 実際に走って帰ることは出来ないけれど、心の中は駆け足状態で今日もいつも通りワクワクしているぼく。

 だって。

 学校近くの帰り道に待機しているおうちの人たちの中に。

「ただいま、サトちゃん!」

「おう、おかえり、まあちゃん」

 ぼくのおじさんが待ってるから。


 1年生のうちは幼稚園児の名残のように自宅まで安全の為にと繋いでいた手も、今は防犯ブザーの輪っかがゆらゆら揺れるランドセルの肩ベルトに落ち着いています。

 それでも歩きながら「今日は何をやった?」と出来事を振り返るのはお約束で、話す気分によってはジーパンの後ろポケットに突っ込んだサトちゃんの袖口をちょっぴりつまんだり、ぎゅっと腕にしがみついてぶら下がったりします。

 ぼくって、いつまでも甘えん坊だね。

「聞いて、体育の時間にドッジボールやったんだけど、グキッて指をいたくした」

「相変わらず球技は苦手だな、帰ったら良く診てやるよ」

 そう言うと、

「痛みはあるのか?」

と、ぼくの手を取り繁々と見つめてくれます。

「今はもう大丈夫。サトちゃんが来るからガンバっちゃった」

「週末に父ちゃん誘って取る練習しろよな」

 てへへ、言われちゃった。


 サトちゃんは、ぼくのお母さんの弟です。

 三駅先の病院で柔道整復師として働いています。このお仕事、ぼくはイマイチ分からないんだけど、骨折とか捻挫とかを手術をせずに治すお手伝いをするそうで、リハビリセンターや整骨院・接骨院などで活躍することが多く、最近では介護施設でお年寄りの生活向上のケアなども担っているようです。

 いつも仕事が休みの日に隣町からぼくの面倒を見に来てくれる、いわゆるぼくの叔父さんなんだけど、見た目がお兄ちゃんなのでいつも名前呼び。

 そして、何を隠そう、ぼくの師匠でもあるのです。

「ねぇ、今日はどうするの?」

「そうだな、ちょっと攻めてみるか?」

 うわぁっ、何かドキドキするっ!


◆ ◆ ◆


 サトちゃんとぼくが師匠と弟子として肩を並べる場所は、必ずと決まっています。夕方になると暗くなりがちな自宅のこの一室はこのままではちょっと危ないので、ぱちぱちっと電灯のスイッチを入れて手元を明るく照らします。

 そして今、ぼくの手にはきらりと光るやいばが。

「では始める」

「はい、師匠!」

 ちゃら、ちゃら、ちゃららーん。

 目の前に白いぷるぷるがあらわれた!

 つやつやで、冷え冷えで、しっとりとした四角い顔の、それ。

「ど真ん中狙って真っ直ぐだ、ゆっくりな」

 師匠のアドバイスを良く聞き、ぼくの動きに合わせて小刻みに震えるにスッと刃を入れます。

「こわい!何も感じないよ!」

「大丈夫、そのままゆっくりやいばを下ろせ。そして、どこかが当たったら慌てずそっと持ち上げて来た道を戻る、絶対に押し引きするなよ!」

「はい!」

 そろそろ武器レベルを上げたいぼくのギザギザの刃が思っていたところにそっと触れたので動揺せずゆっくりと戻していくと、白いはぷるるんと二つに分裂していきます。

 ふうぅぅぅ、緊張の一撃!

「そう、それでいい。弟子よ、素晴らしい攻撃だ」

 ニッと笑みを浮かべた師匠から賞賛のお言葉をいただきました。

 そして! 

「出来た、てのひらの上で切れたよ、お豆腐!」

「やったな!一気に3レベルアップだ」

 あはは、それは上がりすぎじゃない?


 栄養のことも考えて、夕食の足しにとあれやこれやと続けてきた二人で作るお味噌汁。サトちゃんも料理はだから超超超手抜き。

 お椀にぽんと具材を入れて湯を注ぐだけとか、ざく切りの冷凍野菜を鍋にぶちこんで温めただけとかそんなのばかりだけど、これがお父さんとお母さんにも好評だからつい頑張っちゃう。

「具がこれだけでは寂しいね、他に何を入れますか、師匠?」

「ぷっ、師匠はやめろって。豆腐で集中力減らしたから簡単なモンでいいな」

 笑いながらそう言って野菜室をガサゴソと漁ると、緑のにょろんを取り出します。

「ほれ、洗って千切ちぎったら全部お椀に放れ」


 にょろろんワケギを、ぶちっとポイ。

 ひえつや豆腐を、どん。

 つぶつぶのだしを、しゃらー。

 スプーンですくった味噌を、ぼーん。

 跳ねないように注意してお湯を、ざばー。

 ぐるぐる回して溶かして、出来上がり!


 お父さんとお母さんはまだ仕事から帰らないから、サトちゃんが買ってきてくれたおかずとレンジでチンしたご飯をふたりで広げて席につきます。

「「それでは、お先にいただきますっ!」」

 今日は味噌の量が丁度いい。

 ものぐさ太郎のぼくたちは、全部が目分量だし調理器具を使うか否かもその場のノリで変わるので、日によってはしょっぱかったり薄かったりするのです。

 ぼくの一撃で半分こになった豆腐はその大きさでお椀に入れてあり、食べるときにお箸で崩します。

「今回は在庫切れで絹を使ったが、木綿は弾力があってしっかりしてるから掌の上でも崩れず落ち着いて切れるらしいぞ。だが、安全の為にもまな板を使うのが間違いねぇだろうな」

「了解です!」

 サトちゃんはぼくにいろんな事を教えてくれます。ゲームの裏技も勉強の仕方も味噌の栄養と健康についても。

「友達の受け売りだから俺は詳しく知らねぇけどな」

 そういうサトちゃんの顔が何だか嬉しそうだから意地悪してみます。

「彼女じゃないの?」

 ぶーーーっ!

 嘘でしょう、漫画みたいに吹き出した!

「ば、何、違っ、うっ、ゲホゲホっ!」

「あはは!サトちゃんってば、わかり易い」

「だから友達だっつーの!後々面倒くさいから父ちゃんと母ちゃんには絶対に言うなよ」

「男同士のヒミツだね」

「こいつめ、大人を揶揄からかった罰だ!」

 きゃー!

 髪の毛ぐしゃぐしゃにしないでー!



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