中学② 真実

 男女の熱量の違いにより一悶着あった校内合唱コンクールが行われた初冬、母方のひいばあちゃんが亡くなった。

 遠くに住んでいたから会ったのは数える程度だが、我が家同様、共働き家庭だった母さんにとっては夏休みなどでお世話になった人なので家族で葬式に出席した。

 サトちゃんも居た。

 噂話は笑顔の最奥へひた隠し、母さんとこれまで通りを装い輪の中に入る。

 何年ぶりかに会ったサトちゃんは髪が若干短くなった他は全く変わらなくて、背が伸びただけでなくまさかのヤンチャなオレに嘆き悲しみながらも、いつかの様に頭をグシャグシャにしたがって正直困った。


 ひいばあちゃんと最期の別れをし、収骨を待つ間はとても長くてちょっと飽きてくる。親戚もバラバラに捌けていくなか、父さんがオレに尋ねる。

「なあ、ユリさん知らないか?」

 両親は今でも互いを名前で呼ぶ。

 お年頃のオレは恥ずかしい。

「知らない」

「ばあばが探してるんだよ」

「散歩するから見掛けたら伝える」

 オレは早々にその場を離れる。

 父さんとはめっきり話さなくなった。

 学校からの呼び出しが増えてからは特に。

 この人には永遠に、はみ出し者の気持ちは判らない、話すだけ無駄だとこちらも撥ね除けてしまう。そんな状態がずっと続いている。


 斎場内をブラブラする。結構な広さだ。

 奥行きが狭くて長い庭と小さい池を囲むような造りで、奥の奥には自販機とフリースペースが有るらしい。

 待合室の緑茶にも飽きたので自販機を目指すと、母さんとサトちゃんが居た。

 他には誰もいない、ひっそりとした空間。

 大きなガラス窓から池を眺めこちらに背を向けて小声で話している。僅かに開かれた窓をそよ風が通り、その会話が少しずつ流れてくる。


「……帰ってきたらいいんじゃない?」

「甘いな、『人の噂も』なんて今の時代通用しねぇんだよ。どうせすぐにバレる」


 噂、彼女を奪ったっていう例の話か。

 思わず隠れて耳をそばだてる。


「もう別れたんでしょ?あっちに居る義理も無いじゃない」

「姉ちゃんの心配は俺じゃねぇだろ」

「どういう事?」

「自分の知らないところで身近な男共が俺とやり取りしてたら気が気じゃねぇよな。先輩は別として、まあちゃんは俺好みに育ってるし」

「何を言ってんの?」

「俺がこっちに居りゃ少なくとも目が届くし、そりゃ安心だわな」

「どうしてあんたはそうなの?」

「それ聞くか、じゃあ何度でも言うわ、俺がだからだろ?」


 ………え?


「姉ちゃん。いつか皆にバレるっていうのにこっちに帰っても俺の居場所はない。それに、そういう心配は正直ウザい。理解したつもりでいる奴ほど土足で至るところを踏み荒らす。これ以上ムカつくものはない。当事者の気持ちは永遠に判りゃしねぇんだよ」

「……そうね、確かに判らないわね。でも、それはあんたも同じでしょ?自分は周りと違うからと一線引いて全てを拒絶して。そういう態度のあんたには姉として単純に弟を思ってる私の気持ちなんて判りはしないのよ、永遠にね」

 そのやり取りを最後に暫し沈黙が訪れる。


 あぁ、成程。

 あれはそういう事だったんだ。

 やっと納得がいった。

 あの時からの疑問が漸く解決する。


 ピコピコン♪

 ポケットに入れたオレのスマホが鳴る。

 父さんからだ。間が悪いったらない。

 誤魔化すように歩きスマホをして二人の傍にある自販機へと歩みを進める。

「あぁ、ここに居たんだ。母さん、ばあばが呼んでるってさ」

「そう、マサト、案内して」

 よいしょ、とベンチから立ち上がる母さん。

「その前に炭酸を奢れ、まあちゃん」

 ニヤリとほくそ笑んで振り返るサトちゃん。

 何事も無かったように完璧に振る舞う二人。

 そしてオレもその空気を読む。

 伊達にこの人たちの血が流れている訳じゃない。

 そして皆さんもご存知の通り、オレはそういうのは大の得意だから。


◆ ◆ ◆


 快晴の日曜日。

 早めに目が覚めてリビングへ向かう廊下で、洗濯物を運ぶ母さんと鉢合わせする。

「……手伝うよ」

「ありがとう、まあちゃん」

 だから、名前で呼んでくださいってば。


 父さんはまだ、仕事の疲れを睡眠で癒しているらしい。二人でベランダに出れば、冷たい風が肌をチクチクッと刺してくる。

 あれからずっと誤魔化してきた思いをぶつけてみる。

「あの事、いつから知ってたの?」

 手を休めることもなく、ハンガーに体操服を掛けた母さんから答えが返る。

「まあちゃん、お願いがあるの。その話は二人きりの場所でだけにして」

 自宅では駄目という事か。

 またもや敷かれた箝口令。

 洗濯物を干し終わると、父さんが朝食用のトーストセットを頬張っていた。

「シュウジくん、まあちゃんとお昼の買い出しに行ってくるけど、何か欲しいものは有る?」

「急いで準備するから一緒に行くよ」

「思春期王子とデートしたいのよ、邪魔しないで」

 ガーン、とショックを受けて項垂れる様子を横目に出掛ける準備をする。


 車内にオレのオススメ曲がガンガンと流れる。少しボリュームを下げた母さんが先に口を開く。

「サトルの事は、絶対に口外しないで。アッキーにもけんちゃんにも、勿論シュウジくんにも。恥とかじゃないの。サトルの根幹を抉りかねない行為だから。ただ、どうしても吐き出したくなったら迷わず私に話して。誰にも言えない秘め事は、時に自分をも押し潰して思わぬ方向に進みかねないから」


 さすが母さんだ。

 あれからずっと考えていたが、どうしても着地点が見つからなかった。

 確かに、決して外に出せない誰かの秘密を持つことは自分の事よりも胸が締め付けられて、もやが溜まる一方で、重くて苦しい。


「本人から許可が出るまでは、私と半分を背負ってください。ごめんね、ちょっと、ツラいよね」


 多分、当事者に比べたらなんて事ない重みだろうけど、さすがにショックはでかい。


「あの時は感情に任せて口をついただけだから嫌わないで、と言いたいけれど、無理に合わせようとせず、まあちゃんはまあちゃんらしく接すればいいと思う。何て、説教するから怒られるのよね、てへへ」


「……オレ、混乱してて今はどうしても受け入れるのは無理。だけど、いつかは理解したいと思う。立ち聞きしてごめん。それと、お願い。ポテト増量、シャカカチキン追加して」


 ユウくんへの塩対応で泣きついた時のサトちゃん同様、見守るような優しい表情で走らせる車は、買い出しの後に幾らか遠回りしながらハンバーガー店のドライブスルーへと滑り込んでいった。

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