中学③ 改心

 周囲の目に抗えず2年生で帰宅部となった為に生活の区切りを逃し、受験生としての自覚が未だに芽生えぬ梅雨の入り。

 母さんが入院した。

 2、3日前から腹に違和感が有るとは言っていたので土曜日に病院へ行く予定になっていたが、そこまで猶予はなかったらしく会社で突然倒れたのだ。

 学校に連絡が来たのでじいじと急ぎ病室へと向かうと、ばあばと談笑する母さんが罰が悪そうな顔で手をひらひら振ってきた。

 急性虫垂炎、所謂盲腸だそうで。

「急に下っ腹にグーッて刺してきてもの凄い脂汗出ちゃって、全然動けないの、ビックリしちゃった」

 それはこっちの台詞。

「心配かけてすみません」

 で、父さんは?

「ちょっと遅くなるって。暫く家を空けるけど、ばあばにもお願いしたから協力してちゃんと学校行くのよ?」

 そんな事は判ってる、寧ろ判らないのはもう一人の方でしょ?

「途中経過は口出さないけど生ゴミ処理は頼むわね、私はここでのんびりしてるわ」

 明日にでもおならが出るといいね。

「まあちゃんってば、ゆっくりさせてよー」

 とにかく、大したことなくて良かった。


 面会時間ギリギリまで喋ってたので、じいじ、ばあばと自宅に戻り遅めの夕食にする。

 あぁ、腹減った。

 コンビニ弁当を温めて食べ進めているとガチャっと玄関ドアの鍵が開く。

 やっとお帰りですか、お父様。

「遅くなってすみません、病院も面会が終わってて」

「大丈夫よ、お弁当でごめんなさいね」

 ばあばは優しい。

 じいじは目が物語ってるけど。

「わたしらはこれで帰るよ、まあちゃん、いつでも連絡しなさい」

 そう言って二人は帰っていった。

 後に残るは弁当を温めるウィィィンという音とオレの咀嚼音のみ。

 沈黙に耐えかねたか、父さんが口を開く。

「学校はどうだ?」

「変わらずです」

 あぁ、何だかな。

「勉強、判らないところとかは?」

「塾行ってるんで」

 ダメなやつだ、これ。

「朝は何時に出るんだ?」

「出勤後だからお気になさらず」

 そういうとこ、なんだよね。

「家の事、分担しよう」

 突然の父親面って、本当にウザい。


「随分な余裕だね。やる事がどれだけ有るか判ってて言ってんのかな。

 部屋の掃除、ごみ集めとごみ出し、資源の分別持ち込み、洗濯の干し取り込み、飯の準備後片付け、生ゴミの処理シンクの洗浄、食後のお茶出し、風呂の準備。言っとくけどこれ殆ど母さんが毎日してること。他にも買い出ししてスケジュール管理して雨の日の塾の送り迎えして、名もなき家事をこなしてる。

 朝早くに出て夜遅くに帰る人が、何をどれだけ受け持つ気なのか改めてお聞かせ願いたいね」


 名を呼び合う妻のピンチに駆けつけもせず仕事に明け暮れる人間が何をほざくのか。


「感謝はしてますよ、オレが不自由なく生活できるのは父さんが稼いでるお陰だし。

 でもそれは母さんも同じで、職場以外にも家族というコミュニティで母として尽くしてるのに父さんは何をしたの?オレの塾が何曜日に有るのかさえも覚えやしないのに。

 盲腸だってストレスでなるってネットで見たよ。オレが一番の原因だろうけど自分にも一端は有ると自覚して欲しいよ」


 違うんだよね、本当はこんなこと言いたい訳じゃない。これからについて真面目に話したかっただけなのに。


「生ゴミの処理だけやってくれれば後はオレが全部やるから」

 残るおかずを口に押し込んで後片付けをし、早々に部屋へ籠る。 

(はぁ、嫌になっちゃうな)

 これまで散々迷惑をかけてる癖に、自分を棚上げ正当化して他人を非難だなんて偉そうに。仕事を理由に甘えてばかりの父さんと変わらないじゃないか。昔はこんな考え方しなかったのに何かにつけて苛立ちが止まらない自分が一番ムカつく。


 こんな時、サトちゃんが居たら。

 思って、つい笑ってしまう。

 葬式の一件で気持ちの整理もつかなくて、盗み聞きもバレてるはずで気まずくて、受験を理由にこちらからの連絡も避けてしまったのに。

 そんな事など忘れるくらいサトちゃんを頼るオレがいる。

 何だ、悩んでたのがバカみたい。

 どうせ明日から家事に勤しむのだ。サトちゃんからの〈味噌汁通信〉のみをトーク画面に寂しく流し続けたお詫びも兼ねて、こちらからも毎日送ることにしよう。


 ◆ ◆ ◆


「父と息子の生活は、どう?」

「早速説教を食らった。今まで任せきりですみません」

「まあちゃんは我ながらうまく仕込めたので口うるさいかも、そこは許してね。それにしてもあの会社、良く説得できたね、特に片岡さんとか」

「逆に肩持ってくれて、助かった」

「私が居た頃とは別人ね、でも、そうやって少しずつでも変わっていくと良いね。まあちゃんも大丈夫だよ、何だかんだ言ってシュウジくんの事気に掛けてるんだから。サトルに比べればあれ位の反抗期なら可愛いものだし」

「そうなのか。サトル、そんな素振りは見せなかったけどなぁ」

外面そとづらは良かったからね、あの子も。まあちゃんと仲良くやってね」

「相手にして貰える様に絡み続けるよ」

「ファイト!」


 ◆ ◆ ◆


 母さんが入院して3日後。

 父さんが朝食の準備・後片付けと洗濯物干しをし始め、オレの登校時間に合わせてゴミ出しをしながら出社するようになる。

 入院を聞いたその日、仕事に区切りをつけて就業時間を調整したと判ったのは母さんのおならが順調に出た日に見舞った夕方だった。

 これ見よがしに作った味噌汁も幼い頃のように嬉しそうに食べるし。塾の迎えにも余裕持ちすぎなくらい早く来るし。勉強も見るぞ、なんて言い始めるし。

 でも、折角改心したんだ。余り邪険にするのもこれからの為にならないので、仕方がないから勉強くらいはピンポイントで教えて貰おうかと思ってる。


「今日の具は?」

「ニラと豆腐」

「卵も入れたいな」

「コレステロール、ヤバいんじゃないの?」

「まだそんな年齢トシじゃないだろ」

「いつまでも考えが甘いね、はい、よそいます」

「頼むよ、大大好物にしたいんだよ~」

「父さんは調子乗り過ぎ、はい、飯!」




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